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人生どん底に落ちてもあきらめない!這い上がるヒントは「あきらめる」の語源に

『陸王』がくれた、人生どん底でもあきらめない勇気

こんにちは、山本真紀です。

年末、怒涛の最終話が感動だったTBSドラマ『陸王』(原作・池井戸潤)。
最終回の平均視聴率は20.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。涙があふれ勇気づけられたという声を多く聞きます。

くしくも1月3日には、『陸王』の陸上監修・出演もした原晋監督の率いる青山学院大学が、箱根駅伝(第94回)で総合4連覇を達成。ドラマに有終の美を飾りました。

「人生どん底に落ちても絶対にあきらめない」

これが『陸王』のテーマだったように思います。だからこそ、これほど多くの人の感動を呼んだのではないでしょうか。

どん底でもあきらめない勇気と「人生マラソン」

日本人は、とてもマラソンが好きですね。

元日から社会人駅伝や大学駅伝があるのは日本だけではないでしょうか。日頃忙しい人も、元日にテレビで(あるいは沿道で)みんなで駅伝を見るのは、それだけマラソンに深い哲学を感じるからではないかと思います。

よく人生はマラソンに例えられます。

スタートしてから、はじめ猛スピードで走り始めると、途中で疲れてくる。だからといって上位を狙うには、ある程度のスピードが大事。だからこそ、42.195キロというゴールを意識して走ります。

山あり谷あり、天気の良い日もあれば悪い日もある。脇腹をおさえ、太ももの痛みに耐え、後続のランナーに追い抜かれながら、それでも走らねばならないこともある。順風満帆の時ばかりではありません。いや、苦しさに耐えて走り続ける時間のほうが、むしろずっと長い。

人生もマラソンに似ていますね。

壁にぶつかり、くじけそうになった時こそあきらめない

そんなマラソンで最も大事なことは、ゴールに向かって全力を尽くすことでしょう。
しかし、走っていると、予期せぬアクシデントが起きます。

人生も苦難・困難の連続です。

古いしきたり、やり方、時代とともに変化が求められる中、取り残されることが多くあります。成功したことのある人ならば余計に過去の栄光にとりつかれ、新しいことに挑戦することをためらってしまう。そして、失敗してくじけそうになります。

まさに「あきらめて」しまいます。

新しいことに挑戦するには多くのリスクを伴います。リスクのない勝負はありません。だから、よいと思っていても実行は難しい。壁にぶつかることばかりです。

それでも頑張って、また失敗して、もう一度、気持ちを振るい立たせてまた頑張っても、また壁にぶつかる。そんなことがよくあります。

どん底の人生でも、味方になってくれる人がいる

生きるか死ぬかのどん底に落ちると、未来を見失ってしまいます。
どん底まで落ちると、誰も味方になってくれない。調子のよい時は人は集まるが、落ちると協力してくれる人はいない、ように思います。

けれどマラソンで走っていると、周りから「頑張れ!頑張れ!」と声援が起きます。

「あきらめるな!」

つらい時にこそ、味方になってくれる人が、本当の信頼できる人であり、仲間です。
そんな人が、きっといるはずです。

あきらめる?あきらめない?語源を知り人生のどん底から這い上がる

そんな励ましてくれる仲間とともに、ぜひ持ちたいのが、人生のどん底に落ちても絶対にあきらめない「哲学」です。

そのヒントを「あきらめる」の語源に探ってみましょう。

本来「あきらめる」「断念せよ」という意味ではありませんでした。
実は「あきらめる」の語源は、仏教にあります。しかも、今日使われている意味とは「真逆」の意味が、本来の「あきらめる」だったのです。

もとは「諦観」と書き、「あきらかにみる」と読みます。

これは「大宇宙の真理をあきらかにみよ」ということ。

もとは「あきらめる」ではなく「あきらかにみる」なんです。

では、何をあきらかにみるかといえば「因果の道理(いんがのどうり)」です。

「因果」とは「原因と結果」。結果には必ず原因があります。
「道理」とは、いつでも、どこでも変わらないこと。

原因なしに起きる結果は1つもありません。
どんな小さな結果にも、どんな大きな結果にも、必ずそれ相応の原因があります。
そして原因が変われば、結果も変わります。

それは、私たちの幸せや不幸の運命も同じ。

「今の結果はどんな原因によって生じたのか」

その「原因と結果」をあきらかにみよ、ということです。

「まいた種は必ず生えるが、まかぬ種は絶対に生えぬ」

頑張れば、必ずそれに応じた結果が現れます。もし今の種まきで結果が現れないなら、種まきを変えてみる。それが「あきらかにみる」です。

努力が無駄になることはありません。
けれども、あきらめて種をまくのをやめれば、結果は出ません。

「まいた種は必ず生えるが、まかぬ種は絶対に生えぬ」

この道理にたち、どんな逆境からでも絶対あきらめず、這い上がる無限の向上心を教えられたのが、仏教の「因果の道理」であり、「諦観」(あきらめる)なのです。

だから、「あきらめる」は「あきらめない」なのです。

もし、人生のどん底で、あきらめそうになったときは、ぜひ、「あきらめる」の語源「諦観」の教えを思い出してください。
どん底に落ちても絶対にあきらめない勇気を与えてくれるのが「諦観」です。

人生のどん底から新生した4人の物語

最後に、読むと勇気を与えてくれる、人生のどん底から新生した4人の物語をご紹介します。




ぜひ、読んでみてくださいね。

この記事を書いた人

仏教講師:山本 真紀



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