
「常に変化しているのだから、月に誓ってはならない。それではあなたの愛もまた変わってしまうだろう」
イギリスの劇作家、シェイクスピアの名言です。
満ちている月もやがては欠けてしまうように、ようやくつかんだ人生の喜びも満足も、変化するときがやってきます。
今回は、そんな無常の世を知らされる、神奈川県に住む音楽家、吉野真知子さん(仮名)の手記を紹介いたします。
こんなに苦労してまで、なぜ生きねばならないの?
子供の頃から、温かい家庭に憧れていました。
父は、穏やかな、おとなしい性格の人で、仕事で留守の多い人でした。
母は社交的で趣味の多い人でした。今思えば、母は、夫が常にいないのが寂しかったのではないかと思います。
父が帰れば、いつもケンカしていました。
両親のケンカが絶えないからか、夏休みの間は川崎のおばの家に預けられました。
おばには双子の娘がいて、私と同い年。いとこたちと遊ぶのがささやかな楽しみでした。
趣味で嗜んでいたおばのピアノを聴くうちに、自分でも弾いてみたくなり、4歳から親に習わせてもらうようになりました。
これがピアノとの出会いです。私は、音楽に救いを求めるようになりました。
やがて、母は頻繁に出歩くようになり、私が14歳の時に家を出てしまいました。
父がその時、私と弟に土下座して言った「俺のせいだ」の言葉が、忘れられません。
弟は寂しさから非行に走り、学校から何度も呼び出しがありました。
しかし、懸命に働く父には心配をかけたくなくて言い出せず、いつも自分が親代わりに謝りに行っていました。
「こんなに苦労してまで、なぜ生きねばならないの?」
当時は母を恨み、よく、こんな思いを抱いていました。
一方で、母の姿は自分の姿ではないか、とも思っていました。
自由奔放で、寂しさに耐え切れずどこかに行ってしまいたい心を、自分も持っている。
そう思うと自分が怖くなり、こんな自分は幸せになれないと思っていたのです。
この心を何とかしたいと思い、当時流行していた心理学の本を読み漁りましたが、どうすれば幸せになれるかは、どれだけ読んでも分からない。
だから、常に答えを求めていました。
突如の暗転 生きるので精一杯
その後、好きな音楽の仕事に就きたいと思い、東京の国立音楽大学に進学し、教育音楽学を専攻しました。
やがて適齢期になり、一流企業に勤める男性と結婚、横浜にある新築の高級マンションで暮らし始めました。
週末には、大勢の同僚や友人とワインパーティーを開き、手料理でもてなす。
やっと手に入れた楽しい日々に、すっかり酔いしれていました。
ところが、結婚5年目、職場に反りの合わない年下の上司が転勤してきてから、夫は塞ぎ込むようになりました。
そして突然、服毒自殺を図ったのです。一命を取り留めながらも、薬の副作用で体が動かなくなってしまいました。
世はリーマンショックで、不況のまっただ中。
私も解雇の憂き目に遭い、50社以上に履歴書を送っても、次の仕事が決まらない。
貯金を切り崩しながらの生活に、「とにかく働かないと、共倒れする!」。
思いは「どう生きるか」の1点に集中しました。
ようやく就職先が決まった時、再び夫が服毒自殺を図り、ついに昏睡状態となりました。
夫の面倒は最後まで見るつもりでした。
しかし、同居の家族にある程度の収入があると、補助金が下りなくなるという理由で、「弟のことを思うなら、別れてやってほしい」と義兄からの説得を受けたのです。
義兄の説得に従って、泣く泣く離婚。
住み慣れた高級マンションも売却し、独り小さなアパートに移りました。
「アナタとつきあうと不幸がうつる」と、友人たちも潮が引いたように去っていく。
「懸命に生きてきたはずなのにどうして……」
人目を避け、全てを忘れようと、安酒をあおる毎日でした。
好きなピアノも「賽の河原の石積み」
現実を忘れたいと思い、友人の紹介でピアノを弾く仕事を始めました。
企業の社長が集まるパーティーで演奏する仕事です。
1日1時間の演奏で1~2万円になりました。
最初は楽しく感じていましたが、だんだん苦しみになってきてしまったのです。
1曲きちんと弾けるようになるには、おおよそ1カ月の練習が必要です。
それが毎週ありますから、曲を決めてひたすら練習しました。
ある時は、20曲弾かねばならない依頼もありました。
汗と涙でひたすら練習しても、演奏が終わってみれば何も残らない。また、同じことの繰り返し。やってもやってもキリがないと感じ始めたのです。
「ああ、私は、こんなふうにして、同じところをグルグル回っているうちに、死んでしまうのかな」
ちょうど、「賽の河原の石積み」のようで、地獄のように感じました。
仏教に「なぜ生きているのか」の答えがあった!
ちょうどその頃、友人に誘われて参加した仏教の講座で、こんな話を聞いたのです。
一つ乗り越えて、やれやれと一息つく間もなく、すぐ次の波がやってくる。
これは、今も昔も変わりません。
家庭や職場での面倒な人間関係、子育ての不安、病や老いとの闘い、家族の介護、借金の重荷、交通事故、地震、台風、火事など、次々と「苦難」「困難」「災難」の波に、襲われます。
そんな海で私たちは、「少しでも楽しく快適に、長く泳ぐには、どうすればよいか?」と、一生懸命、悩んでいます。それも大事なことです。
しかし、「どう泳げばよいか」「泳ぎ方」しか考えていないとすれば、その結末はどうなるでしょう。
ズッキーンと心に響きました。思わず、固唾を飲んで聞き入りました。
室町時代に書かれた有名な『御文章』といわれる本には、次のように書かれています。
「まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ」(御文章)
“病にかかれば妻子が介抱してくれよう、財産さえあれば、衣食住の心配は要らぬだろうと、日頃、あて力にしている妻子や財宝も、いざ死ぬ時には何一つ頼りになりません。一切の装飾は剝ぎ取られ、独りぼっちの死出の旅路は丸裸、一体、どこへ行くのでしょう”
最後は、人生においてどんなに大切にしているものも、私から離れてゆく。人生には、もっと大事なことが、あるのではないでしょうか。
この話を聞いた時、「まさに、私の姿そのもの!」と思いました。
こう聞いた時、「私は今まで、相対の幸福が崩れることに涙するばかりで、それでもなぜ生きるのか、最も大事な目的を忘れていた」と感じました。
頬を引っぱたかれて、目の覚めた思いでした。
仏教を聞かせていただくようになり、今とても幸せです。
かつての私のように、「生き方」しか考えられず苦しんでいる人々にも、内容を知ってほしいと思います。(手記:了)
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