幸せとは

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フライザイン 死に対して自由な心を求めた僕と彼女と妹の物語

こんにちは!

今日から、『フライザイン 死に対して自由な心を求めた僕と彼女と妹の物語』の第1章を挿絵つきで公開いたします。

余命1カ月の愛する人に本当の幸せを伝えようとする美桜(みお)と、妹のために生きる意味を懸命に探す進一が出会い、そして、二人が共通して知っている「フライザイン」という言葉に導かれ……

という内容です。

主な登場人物

田中進一……平凡な大学生だったが妹の自殺未遂によって人生が大変わりする
田中春奈……進一の妹
早稲田美桜(わせだ・みお)……天才哲学少女 龍一郎に好意を持っている
滝川龍一郎……新進気鋭の画家

それでは、どうぞ!

「そなた、『フライザイン』を知っているか?」

 突然、そう切り出すなんてありえない。自己紹介もしてないのに。
《何それ?》と、誰もが困惑するだろう。 
でも……。でも、僕は知っていた。『フライザイン』は人類三千年の謎を解く鍵、ということを!

 真上から叩きつける雨に全身を打たれ、よろめき走る僕が、悲鳴をあげる肺に手を当てた時、美桜さんとの、あの衝撃の出会いが蘇った。
 あの日から、わずか一カ月で最大の謎が解けたんだ。奇跡のように……。そうだ、僕は遂に『しあわせの地図』を手にしたんだ。この地図さえあれば、春奈に幸せの花を届けられる。
 身がブルリと震え、僕と美桜さんと春奈のとても短くてとても長い、物語のような一カ月を思い返した……。

第1章 めぐりあい

【しあわせの地図】早稲田美桜の世界(三月三日)

「ミオ、誕生日おめでとう。もうお前も十七になったんじゃな」
 笑い皺の多いじいじの顔は、あの時、夕色に染まってちょっと奇妙な陰影を浮かべていた。
静かにうなずくと、じいじの目が柔らかく細まり、節くれだった指が枕元の茶封筒へ伸びた。セピア色に彩られた紙が、ゆらりと差し出される。それはA4くらいの大きさで、何やら地図のようなものが描かれてある。
「これ、吾輩にか」
「ミオ、何度言ったら分かるんじゃ。自分のことを〝吾輩〟というものでない」
「じいじもよく言っておるぞ」
「じいじはいいんじゃ。女の子はいかん。お前は、男の子の使う、それも古臭い言い回しばかりでないか」
「どうして、女性は女性の言葉を使わねばならんのだ」
「それはじゃな……。とにかく、先生や、お父さんから教えてもらった言葉遣いをしなさい」
「考えておく」
「やれやれなんとも……」
 じいじは軽く首を振って、目を伏せた。
「ところでこれは何の地図なのだ?」
 吾輩の言葉に、クリクリした目が輝きをもって開かれた。
「おお、これか。これはなミオ、『しあわせの地図』なんじゃよ
「しあわせの地図?」
 じいじは、メガネに手をやりながら地図の左上に『しあわせの地図』としわしわの字を書きこんだ。
「なあ、ミオ、大切な人に、本当の幸せになってもらいたいと思うじゃろ」
「本当の幸せ?」
「うむ。幸せと思っていたものが、実は、みせかけにすぎなかったら残念じゃろ」
「残念だ」
「だから大好きな人には、みせかけの幸せでなく、本当の幸せになってもらいたいと思わんか?」
 うなずくと、じいじは顔にたくさんの笑い皺を寄せた。
「じいじはな、やっと見つけたんじゃ。本当の幸せの花のありかを。これはその地図じゃ。もちろん実際の地理上の地図じゃなくて、思想上の地図じゃ。この地図には、古今東西の英知が凝縮されておる」
 一呼吸おいて、じいじは言った。
「幸せの花を知らないと、大切な人に幸せの花を渡すことはできんのじゃ」

 その時、じいじの顔に心を打たれた。そこには、輝きという言葉も安っぽくなる美しさがあったから。人は、こんなにも幸せそうな顔が出来るものだろうか?
《幸せの花を知らないと、大切な人に幸せの花を渡せない》
心の中で反復し、クイッとメガネをあげた。
「じいじ、この『フライザイン』って何だ」
「うむ、いい質問じゃ。フライザイン。フライザインとはな、人類三千年の謎、それも最も大事な謎を解く、鍵なのじゃ
「人類三千年の、謎?」
じいじはうなずくと、ハッと何かを思い出したように時計に目をやった。
「ああミオ、いかんいかん。もうこんな時間じゃ。残念じゃが、じいじは今から大事な検査があってな。今日は、これだけでも渡しておこうと思って来てもらったんじゃよ」
「さようか」
「また、古臭い言葉……」
 そういいかけた時、じいじは咳き込んだ。ヒューヒューという変な音ととも息を吸ってはミニ爆発を繰り返す。背中をさすり、大丈夫かと声をかけると、心配いらんと言うように痩せこけた右の掌をこちらに向け、左の拳で弱々しく胸を叩いた。
 大きく揺れていた肩が、やがてゆっくりとした上下運動に変わる。じいじは静かに息を吐き、真っ白でボサボサの髪の間に手を入れて頭をかきながら、柿色に染まった壁の丸時計へ目を向けた。吾輩も同じように時間を確かめてから、その下に貼ってある一枚の写真を見つめた。じいじと父上、そして、赤ん坊だった頃の吾輩を抱いている母上。吾輩以外みんなこちらを見て笑っている。
「退院はいつになりそうなのだ?」
 そう尋ねようと思ったが、唇のところで止めた。そのままクリクリしたじいじの瞳を見つめる。
「ミオ、じいじは、もう字がうまく書けなくなってしまってな。このプリントの内容はしゃべったものをビデオで撮ってもらったんじゃよ。今、編集してもらってるんじゃが、あと数日もしたら届くじゃろう」
じいじはそう言って、またもビックリするくらの笑顔をつくった。
  ・・・
 三年前の今日、交わしたこの会話が最後となった。あの夜、じいじは意識を失い、そのまま息を引き取ったのだ。
後で聞いたことだが、じいじの病は重く、もう何年も前に死んでいておかしくなかったそうだ。それがあの日まで長生きしたことは、医師団全員を驚かしたらしい。
じいじは、まるで為すべきことを為し終えたかのように旅立っていったのだ。
だが、ただ一つ誤算があった。とても大きな誤算。それは、届くべきビデオが届かなかったこと。いまだにどこにあるのか不明だ。
 あの病室にかけられていた家族の写真が、今、目の前にある。一人一人の顔を順番にしっかりと見つめる。そして、じいじから受け取った地図を清書したものを、茶封筒から取り出す。


 頬杖をつき、窓の外に目を移す。自分の重みでつぶれゆく熟しすぎた柿のように夕陽が沈みゆき、世界は思い出のワンシーンのようだ。手前には堅い蕾を風に揺らす桜並木。横切る大小二羽の鳥。はしゃぎ合う子供たちの声。
「フライザイン……人類三千年の謎……」
 口から洩れた言葉は、風に乗って桜道へと運ばれた。

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