病気

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シリーズ 難病に折れない心(3) 日常が難病に変わるとき

こんにちは。難病のフリーライター 松井二郎です。

難病というのは「クローン病」です。
めずらしい病気なので、知らないかたがほとんどでしょう。私も自分がなるまで知りませんでした。

ひとことで説明すると、何を食べても食中毒になる病気です。

それがどう始まったかというと……
きっかけはドーナツでした。

夜のドーナツ事件

もう16年も前になりますが、忘れもしません。

当時わたしは東京・丸ノ内周辺でバリバリ働くサラリーマンでした。

といっても、みずからすすんでバリバリやっていたわけでなく、就職した部署がとにかく忙しくて、ねっからのグウタラながら、しかたなくモーレツ社員を演じていました。

その日も、業務は夜中までおよび、どうやら終電ごろまで帰れそうにない雰囲気でした。

「ハラへったなぁ」

ちょっと何かつまんでおこう。パソコンのキーボードから手を放し、席を立ちます。

他の部署はすっかり人もいなくなり電気も消えていて、うす暗い廊下をとおって外に出ると、とっくに日が落ちたオフィス街は帰宅時間のピークも過ぎて、ひとけのない黒い道路を街灯がぼんやり照らしていました。

そのなかでこうこうと輝くコンビニに入っていきます。
いつもお世話になっております。だいたい食べ尽くしてしまったけれど、きょうは何にしようかな。

これでいいか。
100円で4つ入っている小さなドーナツを買って、職場に戻ります。

再びパソコンのモニターとにらめっこしながら、すぐに4つとも平らげました。

脳のブドウ糖を大量に消費する仕事なので、大の甘党になっていたのでした。

終電がちかくなり、一人、また一人、上司が帰っていきます。
うむ。そろそろ、ヒラの私も帰宅してよかろう。

地下鉄に乗ると、疲れ切った顔をしたサラリーマンがまばらに席を埋めています。私もそれにまじり、疲れた体を座席にしずめる。とちゅうで乗り換えがあるので、寝過ごさないようにせねば。

ウトウトしそうになりながら乗り換えの駅で電車を降り、構内を歩いていたとき、それは起きました。

「うっ!?」

突然、腹が痛くなってきたのです。それも激痛。いっぺんに目がさめました。

うずくまった直後、こんどは猛烈な便意が。
これは……まずい!
一刻の猶予もない。トイレ。トイレ。

懸命に歩く。腹の痛みが脳天に突きあげてくる。便意がますますひどくなる。
トイレ。トイレ。ついた。あいてる。助かった!

しばらくしてトイレから出るとき鏡をみると、顔が真っ白。

「ちっくしょ、あのドーナツだ。くっそ~あのコンビニ、ひでぇもん食わせやがって」

悪いのは自分の腹だったことを、私はまだ知りませんでした。

くり返すナゾの腹痛

その数日後。

「終電がなくなりそうなんっスよ、泊めてくんないっスか」

年下の友人から電話がかかってきました。彼もまた仕事のための人生ではないと思いつつモーレツ社員をしているクチです(といっても私とちがってグウタラではない)。

友人はコンビニ袋をさげ、私の6畳アパートに現れました。袋にはチューハイ2本が入っていました。

「つまみは?」
「ないですよ」
「なんだ、気がきいてんだかきいてないんだかわかんねぇな」
「はぁ? この時間、酒飲んで寝るだけっしょ」

いや、おれは食べる、と戸棚をあさりましたが、うちにもつまみになりそうなものがありません。
しかたないので、もらいものの未開封のクッキー缶をあけました。
ふつう酒のつまみになるものではないですが、甘党なので私は平気なのです。

「よくそんなもので酒飲めますね」

文句を言いながら友人も何個かつまんでいます。

おたがい明日の仕事も早いので、飲み終えたらサッサと電気を消し、友人にはザコ寝してもらいました。

すぐに友人の寝息がきこえてきました。
私はベッドですが、寝つけません。

おなかが痛いのです。

はじめは、チクリ、チクリ痛むていどでしたが、だんだん痛みが鋭く、重くなってきます。

なんだ? このまえのドーナツのときもこんな痛みだったぞ……。
こんどはこのクッキーか? それともチューハイとの食べ合わせ?

友人はグーグー寝ている。なんともないようだ。
なんでオレだけ……?

とにかく、一晩寝れば、治るだろう。

痛みはおさまりませんが、酔いが回ったのも手伝ってか、しだいに意識がうすれていきました。

通勤電車で痛恨の一撃

翌朝。

起きると、おなかは何ともなくなっていました。

うーん。なんだったんだろ。気になるけど、まあ、助かった。会社に行こう。
友人と駅に向かい、満員電車に乗りこむ。

「じゃあ、オレはここで。ホントありがとうございました」

彼が降りていったあと、駅を2つ通過したあたりでした。

うっ!?

痛い。

腹が痛い。
それも、ゆうべの比ではない。激痛が腹を殴りつける。気が遠くなりそうだ。

便意もきた。爆発しそう。

満員の電車は四方八方から体を揺さぶる。

うぐぅぅ。
つぎの駅はまだか。まだか。

まだか!

この区間、こんなに長かったか?
額に汗がにじんでくる。電車がひと揺れするたび、腹がナイフでえぐられるよう。
肛門はいまにも決壊しそう。

電車が止まった。

「降ります、降りますっ……」

声をふりしぼり、満員電車から転げるようにホームへ出る。

トイレはどこだ?
なにしろいつも通過するだけの駅、降りるのは初めてで、トイレがどこか分かりません。

どこだ? どこだ? ああ、もう間に合わない!

「あった」

飛びこむと、個室は1つ。朝のラッシュ時にもかかわらず、それがあいていました。助かった!

ふう……。
死ぬかとおもった……。

水の音を背に、ふら、ふら、トイレからよろめき出て、それでもまだ、腹が痛い。

駅員室にのそのそ入っていって、

「すみません、ベッドがあったら、休ませてほしいのですが……」

ベッドはありませんでしたが、私は長イスに寝かされました。

犯人を探してみればおれの腹

このときすでに「クローン病」という難病になっていたのですが、おなかを壊した原因が自分にあるとは、考えもしませんでした。

おれをこんな目にあわせる奴は誰だ。へんなドーナツを売ったコンビニか。
未開封なのにあのクッキーはどうなってんだ。

よもや自分に悪いところなどなかろう。

まさか自分が病気など、まして難病になんてならないだろう。

20代、人生は右肩上がりに良くなっていくもの。
こんなにがんばっている自分の未来は無限に明るい。

難病は、ひとがなるもの。テレビ番組のドキュメンタリーで他人事として見るもの。
よもや自分が。まさか自分が。

うぬぼれというやつです。

自分にほれているために、自分を正しく見ることができないのですが、これを仏教では「慢」といい、こんなうぬぼれた心が誰にも7種あると説かれています。「七慢(しちまん)」といいます。

体が不自由になっても何のために生きるのか。
どんなに苦しくても、生きて何を果たさないといけないのか。

自分が正しく見えなければ、生きて何をなすべきか、人生の目的を見極めることもできませんが、その目をくもらせているのがこの「慢」だといいます。

話を戻しまして、

長イスの上で私はしばらく駅員室の天井をみつめていました。

ドーナツのときは、あのドーナツがいたんでいたのだと思った。でも、こんどはチューハイとクッキーだ。いたむものではないし、どちらも開けたてだ。

そして同じものを飲み食いして、友人はなんともなかった。
条件が同じなら……原因は食べ物ではない。
ドーナツもクッキーも悪くない。

おれだ。おれの腹が、おかしくなっているんだ!

――それからまもなく私は、難病中の難病といわれる「クローン病」を宣告され、特にドーナツやクッキーのような洋菓子は厳禁されることになります。

え? まじ?
甘党のおれが、甘いものを封印されたら、これから仕事、どうすんのよ。

と、心配するのはそこじゃないのですが、まだそんなものでした。

つづく。

P.S.
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この記事を書いた人

フリーライター:松井 二郎



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