病気

病気

シリーズ 難病に折れない心(1) 障害者でも健常者でもない私がサービスエリアで遭遇したこと

1日20回から30回。
私がトイレに行く回数です。小のほうではありません。

こんにちは。松井です。

私は「クローン病」という難病にかかっています。
珍しい病気なので、初めてきく方がほとんどかもしれませんね。

クローン病の主な症状は、腹痛と下痢です。

あなたも食中毒にかかったことが一度はあるのではないでしょうか。
経験したことのないような腹痛におそわれた、とおもったら猛烈な便意をもよおし、トイレに駆けこむ。
トイレを出て、ほっとひと安心とおもったら、また激しい腹痛と便意でトイレに戻る。
そうこうしているうちに熱が出てきて、へろへろで体にチカラが入らず、往復するトイレも、はっていくような状態。

だいたいあんな感じです。
あれが24時間、365日続いているのがクローン病といえばイメージしやすいのでは。

正確には食中毒だけの病気ではないのですが、ざっくりいいますと「慢性食中毒」なのです。

まれに落ち着くときもありますが、たいていおなかを壊しています。
それで1日に20回から30回トイレに行くのです。

小のほうではありません。

トイレから離れられない!

こんなふうですから、つねにトイレにスタンバイしていないと生活ができません。仕事も在宅ワークです。

さてきょうも仕事を始めるかとパソコンの前に座ります。座ることもできないときは寝そべって、とにかくパソコンに向かいます。
すると、

「うっ」

とたんに便意をもよおし、トイレに駆けこむ。

用をすませ、パソコンの前に戻り、やれやれと再びモニターをにらんで集中しはじめると、

「うっ」

トイレに駆けこむ。

戻ってきて、ええと、何をしてたんだっけ、いいアイデアが思いついたはずなんだけど、なんだっけ。
ああ思い出した、と記憶をたどりながら作業を再開して、よしよし、ノッてきたぞと思うと、

「うっ」

いつまでたっても仕事が片づきません。

それでも駆けこめるときは、まだいいのです。
立ち上がる体力もないときだと、はっていきます。

そして食事タイム。

食べるものには非常に気をつかいます。なるべくおなかに刺激のないものを食べるのですが、その食事をしていても、

「うっ」

とちゅう1回は席を立ち、日によってはテーブルとトイレを何度も往復して、ようやくハシをおきます。

外では戦々恐々……

基本、こうして1日じゅう家にいますが、たまには外出することもあります。

妻が運転する車に乗せてもらうのですが、その移動中も気が気ではありません。
車に乗る前は必ず用をすませます。それでも、

「うっ」

コンビニに急行してもらうことがしばしば。

目的地に着き、まず最初にすることはトイレがどこにあるかの確認。
病院に行っても、買い物に行っても、トイレにお世話にならないことはありません。

映画に行っても、だいたい盛り上がってきていちばんいいところでトイレに立つことになります。

はい。不便です。

便がひっきりなしなのに不便とはこれいかに、と冗談のひとつも言いたくなるほどです。

それでもトイレがあいていれば、まだいいのです。

女性のかたには想像しにくいかもしれませんが、男性トイレは個室が少なく、小さな施設では1つしかないところがよくあり、しかも個室に用がある人は必ず長いほうの用事。
扉が閉まっているときは、とうぶんは開かずの扉となっております。

ショッピングモールを歩いていても、

「うっ」

まいど前兆なくやってくるのですが、ふつうの便ではないので風雲急を告げています。

入ったトイレで扉がすべて閉まっているときの絶望感ときたらありません。

夜も病気はおかまいなし

それでも日中は、まだいいのです。

問題は夜。

おなかの痛みに耐えてようやく眠ったかとおもうと、

「うっ」

便意で目がさめます。

ねぼけまなこでトイレに行き、ベッドに戻るころにはすっかり目がさえています。
しばらくして、ウトウトしたかとおもうと、

「うっ」

用をすませ、ふらつきながらベッドに戻り、ようやくウトウトしたかとおもうと、

「うっ」

食中毒の経験があるかたなら、夜中ひっきりなしにトイレにいって眠れなかったことを思い出すのではないでしょうか。

はい。あれが毎日です。

1時間から2時間に1回は目がさめるのですが、2時間も持つことはまれで、夜中トイレに立って時計を見たとき針が2時間進んでいると
「おっ、2時間も眠れたか」
とうれしくなります。

これがひどいときは10分から15分に1回となり、それどころか、いまトイレから帰ってきて寝床に横たわった、とたんに、便意をもよおすことがあります。
トイレへの往復に要する体力が常人の比ではないため、このときはさすがに、気分がなえます。

はい。不便です。

朝も必ず便意で目がさめるので目覚まし時計がいらないのがまあ「便」利、と冗談のひとつも言いたくなるほどです。

決死の!? 長距離移動

こんな生活のなか、ひとつ知らされることがありました。

高速道路で遠出したときのこと。

こんな体で何の用事かというと、病気といえどたまにはレジャー、ではなくて、珍しい病気ですから治療できる医師がたくさんはおらず、実績ある大阪の医院までわざわざ出かけていくのです。

トイレに行かなくてすむよう、前日の夜から食事を減らし、当日は朝から水分以外は口にしないで出発。
それでも10回から20回は便意がきます。とちゅうのサービスエリアにこまめに立ち寄ることがミッション達成に不可欠です。

「うっ」

妻が運転する車の助手席に横たわっていると、れいによって前ぶれなく便意が。
最寄りのサービスエリアまで、この時間の長いことといったら。

休日のサービスエリアは行楽客でイモを洗うようなにぎわい。

「トイレあいてるかな……」

風雲急を告げているのですが、不安は的中。みごとにすべての扉が閉まっている。

並んで待ちますが、れいによって開かずの扉。

おしりは決壊寸前。

うう……。
ああぁ……。

しかたなく列を離れ、トイレを出ます。

向かう先は障害者用トイレ。

障害者と健常者のはざまで

私は、外目からは病人に見えにくいです。

服をぬげばアバラ骨が浮き出ているので見た人はギョッとするでしょうが、服を着ているとわかりません。

腕と足は棒切れのようにやせ細っているので、Tシャツ姿なら病人だと判別してもらいやすいですが、これも夏でないとわかりません。

それでも本当にひどいときは頬(ほほ)がこけてくるので、そこまでいくと、あれ、このひと病人かなと気がついてもらえるかもしれませんが、もっとひどくならないと、クローン病は法的な障害者とは認められません。

どうなれば障害者に認定されるかというと、厚生労働省が定める「身体障害者障害程度等級表」(身体障害者福祉法施行規則別表第5号)によると、

・小腸の機能の障害により社会での日常生活活動が著しく制限されるもの。(中略)永続的に小腸機能の著しい低下。

・小腸の機能の障害により家庭内での日常生活活動が著しく制限されるもの。(中略)永続的に小腸機能の一部を喪失。

・小腸の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの。(中略)永続的に小腸機能の大部分を喪失。

とあります。

具体的には、小腸を摘出するなどして口から栄養がとれなくなり、首に点滴注射をさしっばなしにしないと生きられないという末期症状になると、障害者として認められます。

さいわい私はそこまでにはなっていません。ひどいときには点滴しますが、ふだんは口からの食事だけで生きていますので、法的な障害者ではないのです。

自覚症状としては、けっこうキツいんですけど……。

とにかく平時は、見かけではふつうの人とあまり変わらないので、障害者用トイレに入っていくとき心理的に抵抗があります。

ですからこんな体になってからもしばらく障害者トイレは使わないでいたのですが、あまりに不便なので、思い切って利用させてもらうようになりました。

「よかった、こっちはあいてた」

でもこの混雑だ。いつ私のような人がやってくるとも限らない。なるべく早く用をすませて出たい。

といっても用事が用事なので、すぐにとはいきません。
便座に腰かけた、そのとき。

コンコン、と扉を叩く音が。

うわ、やっぱり。しかも思ったよりも早かったぞ……。

ノックを返したいのですが、障害者用のトイレは広いつくりになっており、便座から扉まで2メートルくらいあります。ノックを返すためには扉まで歩いていかなければなりません。
しかし用事のまっさいちゅうなので、それもできない。早く終わらせねば。

コンコン、とノックが続く。
ちょ、ちょっと待ってくださいね。

コンコン。

あ、あせるとよけい遅くなる……。

コンコンコンコンコン。

「はあーい、ちょっと待ってくださあーい」

そう言うとノックはやみました。

ようやく用がすみ、大急ぎで服をととのえてドアを開けると、果たして、車椅子に座ったおじいさんとその車椅子を押す息子さんとおぼしき中年男性が立っておられた。

ちょこんと頭を下げ、その横を通りぬけて外へ出る。

直後、背後から声が。

「なんだよ! ふつうの人じゃねえかよ」

……そうなんですよね。

いちおう、難病なんですけれども、私も、そのおじいちゃんに劣らないくらいこのトイレを必要としているのですけれども、見えないですよね。混雑しているからと平気で障害者トイレを使う非常識な人にしか。

さぞや気分を害されたろうなあ。
ごめんなさいね。

でも、自分も、こういう体になるまで、こんなこと、わからなかった。

気がつかないところでどれだけ人を傷つけるような言動をしてきたことか。いや、いまだって、どうだろうな。

それに病人だからと、いろいろと大目に見てもらうことを期待する心がないだろうか。

気をつけよう。

と、殊勝らしいことを書いていますが、昔は、こんな心の余裕はありませんでした。
こんなふうに考えられるようになったのも、何のために生きているのか、生きる目的がハッキリしてからのことです。

思うように生きられなくてもなぜ生きなければならないのか、わからなかったころは、むやみに社会をうらみ、人にかみつき、愚痴をタラタラ言っていました。

そんな私が、おかげさまで少しは、まともな人間になってきたのかなと思っているのです。


P.S.
ここまで、きょうもトイレを何度も往復して書きました。あなたに読んでもらえて、とてもうれしいです。ありがとうございます。

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この記事を書いた人

フリーライター:松井 二郎



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