仕事

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小説『ガラタンッ!』~人生をガラリと変える『歎異抄』(19)

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(前回の内容はこちら)

忙しがって、どこへ行くのか?

雪が融けたとはいえ、まだ肌寒い富山。しかしよく見ると街路樹の枝には、淡い緑色の新芽が、寒空の下でしっかりと膨らみ始めていた。

4月の勉強会は、「人生の優先順位」についてである。西田は今日も元気はつらつと、参加者たちへ語りかける。

「限られた時間の中で、何を優先的にやりくりするか。私たちは常に考えずにいられません。例えば、赤城さんはどんな時にそう感じますか」。そう問われて、晴美があわてて発表した。

「締め切りの迫った会社の業務や、病気や事故などでしょうか」

「そうですね。これらの行動は放っておくと、自分の生活が成り立たなくなってしまう事態にもなってしまいますね。仕事をしなければ収入は得られないですし、病気を放っておくのも危険です。だからこそ優先して行う必要があります」、西田が説明する。

「先日、時間の大切さを学びましたね。では、ひねり出した時間という燃料を、どこに投下するか。間違えたところに投入したり、あちこちに分散させてしまったりしては、元も子もありません」

西田はいつもの丁寧な筆跡でホワイトボードに板書した。

 ・どこに(集中)
 ・どれだけ(時間)

「つまり、限られた資源を『どこに』『どれだけ』投入するか、が肝心なのです」

立山豊は、思わず低い声でうなった。

すかさず西田が指名する。「立山さんは、いかがですか」

「あ、はい」。豊が、飛び上がるようにして答えた。

「まるで、自分のことを言われたみたいで……」、豊は頭をかきながら話す。

「最近、時間を記録するようになったんです。そうしたらけっこう活動を整理できて、開業以来、初めて定休日に休みが取れました。おかげさまで、家族サービスができましたよ」

先日の瑠華との再会を思い出したのか、熊谷ララが微笑んで聞いている。

「時間の記録の効果は、たしかにすごいと思いました。でも、私、いつも焦ってしまって、一度にあれこれ手を出してしまうんです」。豊がうなだれる。

西田がにっこり笑う。

「大丈夫。我々は聖徳太子じゃありませんから、全部いっぺんに成果をあげようとしても、なかなかできるものではありません。川の水を飲み干すことができずとも、のどの渇きは癒せるように、1つ1つ誠心誠意、できることから着実に対応してゆけば、必ずゴールに近づいていくんです」

西田がほかのメンバーを見回しながら説明を続けた。

「しかし、皆さんの声を聞いていると、大忙しで、『時間が足りない!1日30時間は欲しい!!』という声が聞こえてきそうです。いつになったら、この忙しい日々から解放されるのでしょうか?明日?来週?それとも来月?あるいは来年でしょうか?」

参加者は皆、顔を見合わせる。

「『今日は忙しいから、明日頑張ろう』『今週よりも来週の方が、自由な時間をとれるはず』。こんなふうに思うこと、ありませんか?残念ながら多くの場合それは、都合のよい幻想・妄想です。『昨日の私』がやり残した仕事をするのは、『今日の私』です。忙しい日々は何かに追い立てられるように過ぎ去り、それは年を取るほど加速していくと感じる人が多いようです」

西田の話に、ララが言う。「確かに、もう1週間経ったんだ、早いなーって、よく思います」

「そうでしょう。忙殺という言葉の通り、『忙しい、忙しい』と言っている間に、ふと気づけば一生終わってしまうのかもしれません。『忙』という字は『りっしんべん』に『亡くす』で、『落ち着いた心が無くなる』ということです。あまりに忙しい毎日を過ごすうちに、最初は抱いていた『何のためにこんなに忙しくしてるんだろう』『このままで、いいのかな?』という問題意識すら、かき消えていきます」

(こういう物事の本質を指摘するところが、この勉強会の意義なんだよな……)俊介はひとりごちた。

西田は続ける。「問題は、何に忙しくするかです。大切なのは、忙しく時間を使うに値する対象を知っているか、どうかです。それを知らねば、せっかくたっぷりの時間をもらっても、『小人閑居して不善をなす』(つまらない人間が暇でいると、ろくなことをしない)で、残念な結果に終わってしまいます。これを知ることほど、優先すべきことはありません」

「この勉強会に参加するようになって、人生で大事なことが分かってきたような気がします」。豊は胸を張ってこう発言した。

「素晴らしいですね。では、『歎異抄』には、何に向かって時間を使えば、充実した人生になると説かれているのでしょうか?」
豊は言葉に詰まった。いざ聞かれると、なかなか言葉にするのは難しい。

「それこそ、摂取不捨の利益(せっしゅふしゃのりやく)なのです」

(ああそうだった、変わらない幸せ、だったな……)

充実感を覚えながら、豊は西田を見つめた。

(つづきはこちら)

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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