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小説『ガラタンッ!』~人生をガラリと変える『歎異抄』(28・最終回)

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本当のしあわせ

早くも季節は初夏の兆しである。いよいよ『歎異抄』勉強会も佳境に入った。

今日の参加者は、赤城晴美、荒川俊介、立山豊の3名だ。画家の島田宗吉は、前回の宣言通り欠席だった。

そして、熊谷ララも突然欠席することになった。

「えっ、ララちゃん欠席なんですか」、晴美が残念そうに言うと、「あとで理由を話しますね」、西田はなぜかニヤリと笑った。

「さあ、今日は、『歎異抄』第2章について、お話ししましょう。まず冒頭を引用しましょう」

おのおの十余ヶ国の境を越えて、身命を顧みずして訪ね来らしめたまう御志、ひとえに往生極楽の道を問い聞かんがためなり。
(『歎異抄』第2章)

(意訳)
あなた方が十余カ国の山河を越え、はるばる関東から身命を顧みず、この親鸞を訪ねられたお気持ちは、極楽に生まれる道ただ一つ、問い糺すがためであろう。

「『歎異抄』がいかに有名な古典といえど、『ヒマがあったら聞けばいい』などと思う人が多いようです。ところが有名な『歎異抄』第2章には、決死の覚悟で仏法を聞きに行った人たちのことが生々しく書かれています。

世の中に、命懸けても聞かねばならないものがあるでしょうか。どんなに面白い落語や漫才でも、素晴らしいオーケストラの演奏でも、ビジネスに役立つ講演でも、『これを聞くためなら、死んで悔いなし』といえるものはないでしょう。

『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』という言葉もあるように、人間にとって最も大切なことを聞いたならば、その晩に命尽きたとしても、心残りはないのです。『歎異抄』には、それほど大切なことが説かれています」

「それが、第1章に書かれていた『摂取不捨の利益(せっしゅふしゃのりやく)』という幸せなのですね」。晴美の発言に、西田がうなずいた。

「『利益』とは、もともと仏教の言葉で、幸せということです。『摂取』とは、がちっとおさめとる。『不捨』というのは、捨てない。摂取不捨の利益とは、変わらない、ずっと続く幸せのことです」

立山豊が先陣を切って発表を始めた。

「私は、ここに注目しました。生きるための手段として、仕事が大事なことは言うまでもないでしょう。しかし、仕事をするために生まれてきたのではありません。人生の目的は、この摂取不捨の利益になることです。『歎異抄』2章の冒頭を読んで、『優先すべきことは何か。目的と手段を間違えて、本末転倒になってはなりませんよ』と諭されているように感じました。この勉強会で学んだ『歎異抄』の言葉は、まるでうちのカフェの事情を知っているみたいに正しく導いてくれて、何とか最近、軌道に乗ってきました」

カフェ〈スマイル・ウェルカム〉は最近、メディアやSNSで話題になりつつあった。西田がにこやかにうなずいた。

「そうですね。目的がハッキリすれば、何を優先すべきか、おのずと決まります。私たちは、これまでの人生、振り返って、目的に向かって迷いなく生きてきたでしょうか。生きる理由を知って、悔いのない人生を送りたいですね」

3人がそれぞれに自分を振り返っていた。最初に比べ、『歎異抄』の示す生きる目的を、たしかに心に刻みつつある。そんな手ごたえを感じていた。

生きる目的を知れば、人生は輝く

荒川俊介が手を挙げた。

「僕たちは、仕事を通じて社会とつながるんですよね。会社もそれを欲している。でも、それが肝心の生きる目的につながっていなければ、どれだけ突っ走っても、いわば目先のニンジンに向かって燃え尽きるだけになってしまう。言うなれば速度計だけで羅針盤のない船みたいなものです。方角が分からなければ結局は無駄、それがしみじみ分かりました。『歎異抄』は、生きる目的を抜きにして、人は幸せに生きられないことを、教えてくれたように感じます」

俊介が同僚の退職にショックを受けていたことは、西田もそれとなく察知していた。しかしその出来事を、俊介は確実に学びに変えていた。

「荒川さん、ありがとうございます。24時間年中無休の精神で飛び回り、人生を振り返る余裕もなく、ただ年月を擦り減らし、『オレの人生何だったのか』と嘆く人が少なくありません。荒川さんの言うように、生きる目的があればこそ、いきいきと過ごせるのでしょうね」

誰もが、その言葉を噛みしめていた。

最後に発表したのが赤城晴美だ。

「私、前回の勉強会で島田さんがおっしゃったことが、ずっと胸に刺さったままでした」

――人生とは、成果をあげることなのかね。

他のメンバーも深くうなずいた。晴美がとつとつと語る。

「島田さんの言葉を噛みしめなければならないと思うんです。『歎異抄』は、『どんな人にも生きる意味がある』と言っています。この『生きる意味』とは何かを考えることが、島田さんの言ってくれたことであり、『歎異抄』もそういうことを知ってもらいたいという願いで書かれているような気がするんです」

すると、西田が思い出したように言った。

「ところで、知っていますか。島田さんのもとに、若い弟子が入門したそうです。確か、『アダチ』さん、って言ったかな。営業の仕事に疲れていた時、マハロっていう喫茶店の絵に心打たれた、と言って、やってきたそうです。『歎異抄』にも関心を持っているそうで、絵の指導の合間に、話をしているとか」

「足立!」、弾かれたように俊介が顔を上げる。「もしかして、足立涼平、ですか!」

「そうです。お知り合いですか」。あまりの勢いに、西田が驚きの表情を俊介へ向ける。

「ええ、僕の、友だちです」、俊介の目に、涙が浮かぶ。

(足立、おまえも『歎異抄』に遇えたんだな……)

パタン、と西田が『歎異抄』を閉じた。感無量という表情だ。

「以上で、今日の『歎異抄』勉強会を終了します。お疲れさまでした。みなさんがそんなにも真摯に『歎異抄』を読み、人生の糧になさっていること、本当に素晴らしいと思います。本当に……『歎異抄』を読むと……」

いつも流暢でさわやかな弁舌をふるう西田が、言葉に詰まっていた。

「『歎異抄』を読むと、その人の人生が輝き始めると、私は思っているんです。それが、『歎異抄』の魅力ではないでしょうか」

みな、すぐには立ち上がれなかった。名残惜しそうに教室を見回す。

晴美がふと訊いた。

「ララちゃん、どうして今日来なかったんですか?」

「急展開がありまして」。西田は、青空の写真のポストカードを取り出した。

西田先生、オーディションは3次まで合格しました。

『歎異抄』を読んでるって言ったら、「すごいね」って評価されました!

来週いよいよ最終面接。キンチョーで眠れない日々!

         熊谷ララ

わっと歓声が上がる。

「ララちゃん、本当にアイドルになっちゃうかもしれないな!」

「この勉強会の内容を、一番実践しているかもしれないね」

いま、それぞれの人生に、『歎異抄』の学びが輝いていた。

『歎異抄』には魔力が宿っている、と誰かが言った。

少なくともここにいる勉強会メンバーは、それに魅了されていた。

ララの報告が嬉しくて、お互いの成果が嬉しくて、子どものように笑い合っていた。

晴美はあらためて、手元の『歎異抄』に視線を落とした。

(まだまだやるべきことはたくさんあるけれど、もう大丈夫。私には立ち返るべき場所がある)

『歎異抄』を通して知り合った、心通じ合うメンバー。

それは、まばゆいほどに光り輝く、この勉強会の「成果」そのものだった。

(おわり)

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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