仕事

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小説『ガラタンッ!』~人生をガラリと変える『歎異抄』(25)

(第1回はこちら)

(前回の内容はこちら)

改善ポイント

今日の荒川俊介は、午前から気が散ったままだった。

パソコンに向かってはいるものの、頭の中は他のことでいっぱいだった。

――人生とは、成果をあげることなのかね。

島田宗吉の去り際の言葉は、俊介の胸に刺さったままだった。

――人ってさ、働くことで何か大事なものをすり減らすんじゃないかな……。

かつての同僚、足立涼平の心の叫びが、耳の奥でこだまする。

俊介は首を打った。(働くことは、けっして、人生をすり減らすことじゃない)

思考が堂々巡りをしていた。最近の俊介がたどり着くのは、いつもひとつの言葉だった。

(目的は幸せになること。自分の仕事が幸せにつながれば、それは生きがいになるはずだ)

周囲がざわめく。

気がつけば、営業会議が始まる時間だった。俊介も慌てて手帳を手に会議室へ向かった。

「7月号の目標数字まで、あと182万6000円です。みなさま、いかがでしょう」

先月から目標数字の管理と司会を、加藤課長に代わって30代の女性社員が担当することになった。

数字に強い彼女を見込んでのことである。

司会が代わると、営業会議の空気もまったく変わる。

『歎異抄』勉強会の成果か、各自を思いやりながら、組織の目的に貢献する風土が醸成されつつあった。

そんな彼らを、加藤課長はどっしり構えて見つめていた。気づけば、ミント味のタブレットをがりがり噛む癖がなくなっていた。

俊介は営業数字の話が一段落してから、ある提案を持ちかけた。

「僕からちょっと、いいですか?」

俊介もまた、以前の萎縮した自分ではなく、伸び伸びと意見できるようになっていた。

「どうした、荒川」、加藤課長が俊介を促した。

「はい。みんなで『歎異抄』を学び、社内報の記事で社長のお考えを知り、『利他』に意識が向くようになりましたよね。

そして僕ら営業4課は、『売上を追いかけるだけの世界』から、『クライアントや読者に変化を与えられる世界』へシフトしていこう、と話し合いました」

メンバーたちがうなずく。

「その実現のために、何ができるかをこの場で話し合いませんか? たとえば、担当しているお客様の最近の声を、ここで共有してみてはいかがでしょうか」

それぞれがひとしきり考えたあと、20代女性が言った。

「年間契約をいただいているネイルサロンには毎月顔を出していて、前回どうでした?みたいな雑談をしています。この間は、『おかげさまで忙しいのはいいんだけど、シンプルグラデーションのお客さんばかりで、私が本当にやりたい仕事ができなくてね』とおっしゃっていました」

「何だろう、やりたい仕事って」

「そこまでは伺いませんでした」

続いて、20代男性が切り出す。

「僕の担当しているヘアサロンは、集客が難しいと言っていました」

「どういうこと?うちの広告、効いてないの?」

「いえ、土日と平日の夜は満席になるのですが、平日の昼がガラガラだそうで」

「とすると、主婦層にアピールしなくちゃいけないよな。原稿はどうなっている?」

「OL向けの内容です」

「どうしてだよ」

「ずっと流用なので。制作に任せっぱなしでした」

30代男性も続く。

「居酒屋Rさんでも、原稿のミスマッチがありました。年末年始の宴会需要に向けて『お得な女子会コラーゲン鍋コース』で何度かご出稿いただいたのですが、ここ3カ月ほど掲載がありません。それで久しぶりに訪問してみたんです。

すると、本当は日本酒の品ぞろえと産地直送の魚介類に自信があり、単発利用の新規来店を増やすより、こだわり層に訴求して固定客をつくりたかったのだそうです。ですので、今度は店の想いをきちんと汲んだラフ案を持っていくご提案をして、OKいただきました。

しかも、同席していた先方の若い副店長が、『今日はっきり、うちの店の方向性を理解した』とおっしゃっていました。固定客をつくりたい店長さんと、月次の売上高を追う副店長さんで、ご認識が異なっていたようです。これまで気づきませんでした」

みな黙り込んだ。誰かが、ぼそっと言う。「もしかして、うちの問題?」

「担当営業がきちんとクライアントの求める成果をヒアリングして、それを制作に伝えていないから起きたことが多いような気がする……」

「制作もバタバタしているし、俺たちも数字追いかけるので必死だし……」

「そこだな、改善ポイントは」。加藤課長が乗り出した。

「俺たちが営業をするときは、数字を取ろう取ろうとするのではなく、クライアントにとっての幸せは何かということを常に意識する。クライアントの求めるものを制作にしっかり伝える。それができなければ、いま聞いたような事態が起きてしまうわけだ。クレームまでいかなくても、黙って離れていったクライアントもいるだろう。対処していこう」

それぞれが、過去のクライアントとのやりとりを省みていた。

「あの……」、これまで黙り込んでいた司会の女性が口を開いた。

「実は、クレームがあったんです。すみません、報告してなくて……。昨日、Sホテルさんに訪問した際、担当の方が商談中に立腹されてしまいまして……」

「おい、そういうのは早く言わないと」、加藤が不機嫌な顔になった。

「すみません」、身を縮めるように話し始めた。

「勉強会で学んだ『自利利他の精神』という言葉に感銘して、私なりに、クライアントの喜ぶことを探ろうと思って、ヒアリングを強化していたんです。ただ、それがヤブヘビになってしまったというか……。

4月号でSホテル様のブライダルフェアの見開き2ページを受注したので、その後のフェアの来場人数について昨対比をお聞きしたところ、20パーセント増とのことでした」

「ほう、いいじゃないか」、加藤が言う。

「ですが、さらに掘り下げてお聞きすると、フェアの来場人数が増えても、成約率は下がっていることが判明したんです。それで担当者さんが『よく見たら、たいしたことねえな。おたくでは本来の広告効果が出ないことがわかったよ』と」

加藤課長も顔をしかめた。

「ご立腹のままにしておくわけにもいかないな……。荒川、同行してやってくれ」

俊介は静かにうなずいて、胸の内で加藤課長に感謝した。

営業マンとしての自分を加藤課長が頼る日が来るなんて、ほんの半年前の俊介には想像すらできなかった。

自利利他の営業

かくして、Sホテルへ同行の日。

「すみません、荒川さん。お付き合いいただいて」

「いえいえ、僕でよければ。一緒に先方の願いを聞いてみましょう」

Sホテルは富山駅から徒歩5分ほどに位置するシティホテルだ。

老舗と違い、低価格の宿泊プランなどで観光客利用も多い。

県内食材をふんだんに使ったランチバイキングが人気で、俊介も来たことがある。

打ち合わせ場所は、3階のブライダルサロンだった。

担当者が出てくるなり、文句を言い始めた。

「おたくの担当さんが、『マチ・ニュース』の効果を調べろって言うから、調べましたよ。こっちも暇じゃないんですけどね。今年はフェアの数自体を増やしたので、おたくのおかげと言い切れませんが、新規来場者数は昨対2割アップでした。

ただねえ、成約率が下がっているんですよ。単に来場者が増えても、成約につながらなければ、試食コースをただ食いされるだけですからね。おたくの読者層と合わないのかもしれませんね」

昔の俊介だったら、こうしたクレームを聞くだけで、胸を痛めていたかもしれない。しかしいまは、頼るべき『歎異抄』の思想がある。

俊介はSホテルの成果を考えてみた。Sホテルにとっても、やはり「自利利他」のはずだ。成約件数だけが、追いかけるべき成果ではないはずだ。

改まって俊介は話し始めた。

「ご所望の結果につながっておらず、大変恐縮です。御社はブライダルフェアにおける成約率を高めたくて、ご出稿くださっているのですね」

「そう言っているじゃないか」

「ありがとうございます。僕たちも力の限りお手伝いさせていただきたいと思います。ひとつ、お教えいただけますか。御社で成約されたカップルにとって、何が決め手だったのでしょうか。『Sホテル様にしてよかった』と思われた理由は何でしょうか」

「それは……」

「よろしければ、一度アンケートを取りませんか?打ち合わせに来られるカップルや挙式を終えられたカップルに、Sホテル様にしてよかった理由をうかがって、それを原稿に反映させてはいかがでしょうか。

成約件数が増えるのはもちろんですが、最終的には、Sホテル様で結婚されたみなさまの笑顔が増えることが一番ですよね。それをお手伝いさせていただけませんか」

Sホテルの担当者は、意外な展開に一瞬たじろいでいたが、さっきまでの渋面はどこへやら、真剣な表情で身を乗り出し、具体的な打ち合わせが始まった。

「荒川さん、本当にありがとうございました。何だか胸がいっぱいです」

Sホテルからの帰り道。後輩は笑顔で言った。

「アンケートが始まって、ご成約の理由が明らかになる。その結果をクライアント様と共有して、うちの制作にしっかり伝えれば、きっと制作も頑張ってくれて、いい原稿ができると思います。それを見て共感した読者さんが、Sホテルのブライダルフェアに行き、幸せな結婚式をあげられて喜ぶ……。私、こういう仕事がしたかった」

俊介もうなずく。

「自分のしたことが世の中につながるんだ。ニンジンを追いかけるんじゃない。さざなみのような小さな変化でもいい、自分の仕事で社会に変化を起こすんだ」

2人の声がそろう。「自利利他の精神!」

この一言を使い続けるほどに、エネルギーに満ちていく感じがした。

(つづきはこちら)

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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