仕事

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小説『ガラタンッ!』~人生をガラリと変える『歎異抄』(24)

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新企画

眠れない夜を過ごした赤城晴美は、早朝にぱちりと目を覚まし、ベッドから降りてカーテンを開けた。

窓を開けると春の風が室内に入ってくる。鳥のさえずりが聞こえる。

無心になって部屋の掃除をした。室内が清浄に整ってから、晴美は昨夜もらった島田宗吉の絵を取り出し、飾り棚に置いた。

それは大きな船が、青空の下、波をかき分け進んでいく、爽やかな絵だった。空と海が、果てることなく広がっている。「たのしい、『歎異抄』勉強会」というタイトルがつけられていた。

晴美はその絵を飽くことなく見つめていた。

(働くばかりが人生じゃない、のかもしれない。でも、仕事は生きる手段として大事って学んだわ。この仕事に、本気で日々に向き合いたい。この絵だって、本気で描かれているじゃない……)

意を決した晴美は、一心不乱にメモを取り始めた。

「いったいどういうことなんですかっ!」

月曜日になり、晴美が普段より一時間早く出社すると、まだ誰も来ていないと思っていたオフィスの中から怒号が聞こえてきた。

この甲高い声は、〈フォーユー〉の一級資格をもって活躍している契約講師の五木あかね先生だ。

晴美は腰を低くして、南原社長に詰め寄る五木に背後から近づいていった。

「契約解除ってどういうこと?いままで私の人気を利用して稼いできたじゃありませんか。会社が傾いたからって、契約講師を一斉に切るなんて」

激昂する五木に、南原は立ち上がって深々と頭を下げた。

「あかね先生、当社の体制変更にあたり、ご不安を感じさせてしまいまして申し訳ございません。ですが、こちらをご覧ください。今後も弊社の1級講師としてご活躍いただきたく存じております。変更点は、専任契約の解除、つまり当社専任ではなく、外でも広くご活躍いただくという意味です。私はこれからもあかね先生を応援させていただきますよ。仲間じゃないですか」

「ものは言いようね。でも南原社長が研修を再開すると聞いたわよ。落ちたものね、フォーユーも。そこまで経費削減しなければならないなんて」

南原が釈明しようとしたところへ、晴美の声が響いた。

「あらあ、あかね先生!おはようございます。今日も素敵ですね。黄色いスカーフ、よくお似合いです。ちょうどよかった、ぜひあかね先生に聞いていただきたい、新企画があるんです」

五木あかねは、怪訝そうな顔で一瞬ひるむ。南原は目で訊いていた。

――何だよ、新企画って。

晴美はバッグから手描きの紙を取り出して、テーブルに広げた。細かい字でびっしりと書かれたA4用紙8枚に渡る企画書だった。

「この土日、ずっと考えていたんです。1級講師の先生たちにもご相談したいと思っていましたので、あかね先生がいらしていてラッキーでした」

フォーユー精神で働く富山
 ・富山ホールにおいて、「働く」をテーマにしたイベントを実施
 ・研修会社の枠を超えて誰でも参加できるイベント
 ・『強みを生かせ!』、多種多様な「自分らしさ」を生かして働いている人の見本市
 ・会社や立場の枠を超えた、未来のための合同研修
 ・今年度秋頃の実施を検討

「晴美、これ……」

晴美はにっこり笑って南原社長を見た。

「はい、社長と同じ視点で、原点に立ち返って考えてみました。私たちフォーユーは『研修を売る』のではなく、『働く』の可能性を高めるためにあるべきだと思うんです。それをよりよく社会に伝えるためには、『強みを生かす』というテーマがぴったりかと」

企画書の冒頭には、こんな言葉が記されていた。

仕事は同じ目的に向かう仲間との共同作業
~ひとりひとりの強みを生かし、助け合う~

「このイベントの内容を、『強みを生かして働いている人の見本市』としてみました。この言葉にあるように、『強みを生かす』ということは、目的に向かう組織の基本姿勢であると思うんです。だからこそ、このイベントを1回きりではなく定期的に開催し、私たちが強みの見本市のような会社であり続けるべきだと考えました」

さっきまでいきり立っていた五木あかねも、思わず企画書に見入っている。

「あかね先生、ぜひお力をお貸しください。あかね先生ならではの強みが、これからもフォーユーの財産であればとても嬉しいんです」、晴美は深々と頭を下げた。

南原もここぞとばかりに続く。

「あかね先生、晴美の言うように、俺たちが俺たちらしく働いて、『働く』富山のフォーユー精神をこれからも一緒に広めていきましょうよ」

五木あかねの表情は硬いままだ。

しかし、内容には興味があった。

会場が富山ホールだということも、五木の心を揺さぶっていた。

南原だけでなく、五木にとっても、富山ホールは原点だったのだ。

あのとき、20代の部で入賞した南原の応援に、五木も駆けつけていた。

〈フォーユー〉を一緒に大きくしていこう、と胸を熱くしていたものだった。

しかし、南原が再度の船出にあたり、自分たちを切ろうとしているのだと思い、五木の心は深く傷ついていた。

「何だか矛先をそらされたような気がするわね。今日はもう失礼するわ。南原社長、かつての仲間を排除していくやり方には納得できないわ」

複雑な表情をして、五木あかねは踵を返した。

「だから違うって! 待ってください、あかね先生。待って、あかねちゃん!」

南原が大股で追いつき、五木の肩をつかんだ。

「ずっと一緒にやって来たじゃないか。誤解だよ。説明の仕方が悪かった。ちょっとこの写真を見てくれよ! 覚えているだろう」

南原は慌てて1枚の写真を取り出した。

先日落とし物として見つかった、富山ホールの座席を写したものだ。

「一緒にふざけながら撮ったよな。あのとき話したじゃないか、俺たちで富山の『働く』を変えようって。最近はそんな青臭い話をしていなかったけど、あかねちゃんがうちの講師でいてくれているのは、そういう意味だと思っていたよ。俺たち、同志じゃないか」

晴美は改めて、五木あかねと南原のつきあいの長さと深さに驚いた。

五木は、目をつぶってかぶりを振った。

「もう、よくわかりません。とにかく帰ります」

歩き出した五木あかねの背中に、南原が大声で言った。

「富山ホールのイベント、一緒にやりましょう、ねっ! あかね先生!」

五木が出ていったドアがパタンと閉じた。少し優しい閉じ方だった。

「社長、すみません。私、タイミング悪かったですか」

晴美が謝ると、南原は低い声でうなった。

「いや、いいんだ。それにしても、これはすごい」、と手書きの紙を取り上げた。

「何で俺の考えていることがわかったんだ?」

晴美はファイルを取り出して見せた。

南原の過去の発言や、パブリシティの切り抜きをスクラップしたものだ。

数年前の雑誌記事には、嬉しそうに笑う南原社長の写真の下に、こんなキャプションがついていた。

「『働く』富山にフォーユー精神を広めたいんです、と語る南原社長」

思わず南原は晴美に目を向けた。

「私、『歎異抄』の『どんな人にも生きる意味がある』という内容に感銘を受けました。そして、『自分らしさが生かされると仕事が楽しい』ということも最近学びました。それで、自分の強みについて考えてみたんです。強みと弱みが表裏一体であるなら、私の弱みをひっくり返してみようと思ったんです」

晴美は満面の笑みで続ける。

「これまで私、ずっと指示待ちOLでした。社長のご指示を細かく確認して、その通りに仕事をしてきました。受け身と言ってしまえばそれまでですが、逆に言うと、これも私のキャリアなんです」

南原が驚いた表情をする。

「ひっくり返して考えると、膨大な量の社長のトレースをしてきた、ということになります。ですから、私には誰よりも、社長のご意向がわかります。これは、私の強みです。社長のお考えを形にするお手伝い、私だからできるんです」

「なるほど、その通りだ。よくそんなこと気づいたなあ」

「いえ、素直に考えてみただけです」

その素直さこそ晴美の強みである。南原には、それが宝物のように思えた。

「いやはや、晴美にはまいったよ」

南原は、富山ホールの具体案を練るために立ち上がった。

「よし、朝イチで全体会議だ。イベントを、秋にやろう。現在進行している俺主導の研修案件も、若手が頑張っているつながり作戦も、全部徹底的にやってみよう!」

息も絶え絶えだった〈フォーユー〉に、新たな命が吹き込まれた瞬間だった。

(つづきはこちら)

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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