仕事

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小説『ガラタンッ!』~人生をガラリと変える『歎異抄』(7)

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生きる目的がハッキリすれば、毎日がイキイキする

「うわっ、灯油がない。すいません、灯油を入れてからストーブつけ直しますんで」

オーシャン学習塾を経営している西田敦志は、シャツを腕まくりしてバタバタと駆け回っている。

今日は2回目の『歎異抄』勉強会だ。

西田は『歎異抄』を掲げて高らかに言った。

「いよいよ、今日から勉強会形式に入ります。すでに気になったところ、好きなところ、わからないところ等々、いろいろあると思います。それをこうして車座になって、語り合うのです。どんなコメントでもかまいません。安心して、楽しんでやりましょう!」

西田はそう言って笑いかけた。

「ではさっそく、発表してもらいましょう。どなたから始めますか」

赤城晴美の手がおずおずと挙がった。

「赤城です。よろしくお願いします。私は、先回、西田先生が仰った『なぜ、生きる』という言葉が気になっています」

「歎異抄には、人は、なぜ生きるのかの答えが示されているといわれていました。私は、これまで自分のところに来た仕事をどう、的確にこなすか、しか考えていなかったんです。これからは『自分は何のために生きるのか』『人生において自分のなすべきことは何か』っていうのを意識してみようかな……って心が動きました」

西田が晴美にうなずいてみせた。

「トップバッター、ありがとうございます。『人は、なぜ生きるのか』、これはとても重要なメッセージですので、みなさんも意識しておいてください。ただ自分のやりたいようにやるのとは大きく違います――。

毎日が慌ただしく、周りにふり回されがちな現代、自分自身が【ぶれない軸】を持っていることが大事ですよね。毎日がイキイキして、輝く自分になり、内側から湧き上がる喜びと日々への感謝で、心が満たされている。そんな生きる喜びを実感できる毎日を送りたいと、誰もが思っています」

晴美は先日買ったお気に入りのノートに、熱心にメモを取っている。

「まず、皆さんに知っていただきたいのは、【生きる目的がハッキリすれば、毎日がイキイキする】ということです」

(生きる目的――)。晴美は、もう一度心の中で反芻する。

「私は勉強会の主宰者として、いろいろな方から相談を受けます。その中でも、特に多くの方からお聞きする悩みが、『ただただ毎日、仕事や家事をしているだけの人生を送っていて、本当にこれでよいのでしょうか?』というものです。じつは、同じように悩んでおられる方は、本当に多いです」

西田が次の発言を促すと、「じゃあ」と立山豊が手を挙げた。

「前の職場で飲みに行った時に、上司がつぶやいていたんです。『もうすぐ50歳、何をしても楽しくなくなった。ここ数年、何をしても楽しくない』ってね。外出しても、人と会うのもつまらない。仕事は惰性で続けているだけで、正直、意欲もやりがいも感じない、と聞かされました。会社では快活に振るまっていますし、お洒落で、周囲からは充実したアラフィフと思われていた上司でしたが、その時は正直、驚きました」

「ありがとうございます。そうですね、こんな方は、1人や2人ではありません」。そう聞いて、豊は、考え込むような表情だ。

「これらの方に共通しているのは、『人生を通じて、とても頑張ってこられた方なのに、なぜか生きている喜びを感じられない』という点です。これって、よく考えてみるとおかしくないでしょうか?一生懸命頑張るのは、『生きててよかった!』といえるような充実感、満足感を感じるためのはずです。それなのに、努力していても幸せに近づいている実感がないのは、何かがおかしいと考えるのは当然なのです」

・一生懸命頑張る
・生きててよかった!

西田はホワイトボードに几帳面な字で縦書きし、こう説明した。

「こんな悩みに対するアドバイスとして、一般に、『一度きりの人生、楽しく生きる、丁寧に生きる、自分らしく生きることが大事』『少しでも前向きに生きられるように、日々の暮らしの中で小さな喜びや愉しみを発見するように努めましょう』といった励ましがなされます。もちろん、これらのアドバイスが、全く無意味だとは思いません。でも、私のところに相談に来られた方々は、自分らしく生きたいと思って【自分が人生で大事にしたい価値はなんだろう?】と自分の心に尋ねてみても、なかなか答えが出ないんです」

西田は、先ほどの文字の横に、

・自分らしく生きる

と記すと、そのそばに大きく「?」を書き加えた。

「そもそも、これまでだって、いろんな選択を自分の意志で積み重ねてきたはずです。それが間違っていたのではと感じているから、自分の根っこが揺らぐような感覚を味わっているのです」

立山は、西田の言葉に大きくうなずいた。

「実は、意外に思われるかもしれませんが、こういう悩みを持たれた方はチャンスです。それは、『今の自分は、何かが間違っている』と気づき、『これからは、本当の幸せに向かって生きる!』と生まれ変わる、よい転機になるからです。もし今、同じような気持ちを抱え、どうしようもなく困っておられる方がいるならば、まず私がお伝えしたいのは、【『歎異抄』に教えられている生きる目的、摂取不捨の利益を知れば、その悩みは解決します。だから安心してください】ということです。生きる目的がハッキリすれば、毎日がんばって生きることに、どういう意味があるのかが知らされます。『そうだ、このためにがんばっているんだ!』と生きる意味を感じ、人生そのものがイキイキと輝き出すのです」

晴美は西田の言葉を噛みしめていた。

「『歎異抄』は、『生きる目的って何だろう』という人生最大の疑問を切り口に書かれた本なのです」

(何のために生きるのか、ハッキリすれば、人生がイキイキと輝き出す――)

南原社長に言われたことが、改めて晴美の胸に迫った。これまでの自分は、惰性で指示命令に従っていたのだろう。まずは、何のために働いて、生きるのか、ハッキリさせなければならないんだ……。

まさにいま、意識転換が自分に起きていた。晴美はノートにしっかりと書き留めた。

居酒屋のぬくもり

勉強会終了後、西田、俊介、豊の3人は、近くの居酒屋に立ち寄った。

飲み物がそろったところで、西田がグラスを掲げた。

「これから、ともに『歎異抄』の学びを生かしていきましょう。乾杯!」

3つのグラスが音を立てた。

「ところで赤城さんは帰っちゃったんですね」、西田が俊介に聞いた。

「よっぽど今日の内容がガツンと来たみたいで。この気持ちのまま内容をまとめたいから帰る、って言っていました」

「赤城さん、燃えていましたよね。これからが楽しみです。荒川さんはどうでしたか?」

「はい、家で予習はしたのですが、初めて理解できたところがたくさんありました。1人で読んでいると難しくて」

「そうなんですよね」、豊がしみじみとうなずく。「西田さんの解説つきで読むと、断然、面白いですね」

「そう言っていただけると、幹事冥利に尽きます。少し手がかりがあるだけで、『歎異抄』の世界がぐんと近づきますよね。この勉強会から、たくさんの気づきと喜びが広がっていくのが何より幸せなんです」。西田は手酌しながら続ける。

「他の方の目線や意見を取り入れ合うことで、それぞれの理解が一段と促進されるんですよね。うちの学習塾でも、質問タイムを充実させるようになってから、子どもたちの成績がぐんぐん上がり始めました」

「わかる気がします。中学の頃の英語の先生がそうでした。教室が劇場みたいになって、みんながどんどん質問して盛り上がっていくんです。あの授業は楽しかったなあ……」。俊介は切れ長の目を細めた。

飲み物のおかわりを重ね、座はだんだんとくつろいでいった。

「それにしてもサラリーマンばかりかと思ったら、高校生がいたり、画家の先生が見学に来ていたり、面白いですね」、俊介がジョッキ片手に西田に話しかけた。

「今回は面白い顔ぶれですね。熊谷ララちゃんは学習塾にも通ってきていますが、積極的で、非常に優秀な子です。きっと勉強会からも何らかの学びを得るでしょうね」

「画家の先生は?」、俊介が聞いた。

「彼は、私の古い知り合いなんです。まさか見学にいらっしゃるなんて驚きだったけれど。その話はまた今度、ご本人もいるときにしましょう」

店に新しい団体客が入ってきた。新人らしき若い従業員が案内をしている。団体客はすでに酔っていて、若い従業員をからかっている。

ふと西田が話題を変えた。「そういえば、立山さんのところ、従業員さんは?」

「うちはアルバイトが1人です」

「へえ。学生さん?」
「20代後半くらいかな。前からの知り合いで」

「優しそうな青年でしたよ」、先日拓哉に会っている俊介が合いの手を入れる。「立山さんのお店、コーヒーも美味くて、本もずらっと置いてあって、いい雰囲気なんですよ」

俊介がそう褒めると、豊が照れた。

「へえ、それはそのうちにぜひ行ってみなければね。ところで立山さんはどうしてカフェを始めようと思ったんですか?」

豊はその質問に、オープン前夜のレセプションパーティーに顔を出してくれた信用金庫の中村との会話を思い出した。

豊が大学時代、サークルの同人誌に、カフェにまつわる雑文を書いていたのを村上は覚えてくれていた。

「大学時代に文学サークルに参加していて、同人誌に雑文を書いたことがあります。『読書喫茶』という変なタイトルの短いエッセイなんですけれど」

「読書喫茶?」

「はい、昔からとにかく本を読むのが好きで。だけど落ち着きがないタイプなもんで、いざ読もうと思っても、環境が整っていないと気が散って集中できないんですよ。実家は青果店で慌ただしいし、学校じゃ味気ない。公園のベンチじゃ日差しが強いし、喫茶店に入っても音楽がうるさすぎたり、客の話し声が騒がしかったり……。せいぜい深夜か早朝に殺風景な自分の部屋で読むぐらいでした」。豊は遠い目をして語る。

「それでも、その時間が本当に貴重でした。本を読む時間というのは、人生においてかけがえのない時間だと思ったんです。だから、もっと良質な読書の時間が欲しい。だけど、そういう場所がない――。読書のための特別な場所がほしい。静かに音楽が流れている場所がいい。美味しいコーヒーが飲めたらもっといい。誰も邪魔しなくて、落ち着いた雰囲気で、本の世界に没入できる場所があってほしい……。誰の人生にも、そういう場所と時間が必要だと。そんな想いを抱えたある男の叫び、ですかね」

豊は少し照れて頭をかく。「変なエッセイだったけど、ストレートに気持ちが湧いてきて、するっと書けたんです。意外と周りの評判もよくて」

「なるほど。その叫びがいまの店につながっている、と」。西田がうなずく。

「ええ。書いたときは自分でもびっくりしたんですが、内なる叫びに気づいたら、無性にやりたくなりましてね。当時は紫煙立ち込める喫茶店や、談話室的なところばかりで……こんな店があったらいいとか、暇にあかして想像するようになったんです」

俊介も、先日聞いた以上の深い話に思わず聞き入っている。

「保険の営業時代、北陸圏内の喫茶店はかなり行きましたから、すっかり舌も肥えて美味しいコーヒーのイメージがついてきました。本も次から次へと増えまくって嫁に怒られるぐらいで。床が抜けちゃうから、他の場所借りておいてよ、なんて」。豊は肩をすくめる。

「溜めに溜めた本をずらりと並べて、読書喫茶を実現させるのも悪くないな、もうすぐ不惑だし、挑戦するならこのタイミングかな、と。不思議なもので、そう思い立ったら、ピッタリな物件に出会えました」

「想いは叶うものですねえ」。俊介も同調する。

「そうしたら、一緒にやりたいと言うやつも出て来て……ようやく実現しました」

「起業って出会いなんだよな」、西田は赤い顔で上機嫌になっている。

「いやあ、これだから楽しい。応援しますよ、立山さん! その想いがあって、しかも『歎異抄』と出会っているんですから、百人力ですよ!」

3人はおかわりを頼んで、また乾杯した。

富山の冬の凍るような寒さは、暖かい酔いや湯気やぬくもりを引き立たせ、居酒屋で過ごす夜をとても居心地のいいものにしていた。

(つづきはこちら)

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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