人生の目的

特集:人生の目的 なんのために生きてるのか「とにかく生きよ」で自殺は止められるか

特集:人生の目的(6)◆第4章◆ 生命 なんのために生きてるのか

もし、「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。
生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。
なのに、 「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。
本当にそうでしょうか。何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。
1度きりしかない人生、後悔しないためにも、まず、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えてみましょう。

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なんのために生きてるのか(1)「とにかく生きよ」で 自殺は止められるか

 平成27年(2015)年の自殺者は、2万4025人(警察庁調べ)。過去最悪を記録した平成15年の3万4427人と比べれば、1万人減少していますが、それでも毎日、日本のどこかで70人近くもの人が自ら命を断っている計算になります。

 同じ年の交通事故死者は、4117人(警察庁調べ)ですから、 「交通戦争」の死者の、実に6倍近い人が自殺しているのです。
 あの東日本大震災の犠牲者が、1万9418人(2016年3月1日現在消防庁まとめ)。それを超える数の人が自殺しているのですから、今も日本列島が、東日本大震災クラスの地震に、毎年襲われているに匹敵するのです。

 もし、年間2万人が殺されるような戦争が発生したら、それは恐るべき悲惨な出来事として、世論は沸騰するでしょう。
 しかし、私たちは、自殺者2万4000人と聞いても、あまりに慣れっこになってしまっているのではないでしょうか。もちろん、精神的に追い詰められている人に、経済的、福祉的な対策を講じることも大切なことにはちがいありません。それによって自殺を思いとどまることも多くあるでしょう。しかし、それはあくまで表面上の解決にすぎません。

ある作家は、このように疑問をなげかけています。

「人がみずから死を選ぶのは、経済や政治の問題だけではない。公共投資や、福祉政策の充実によって自殺が目に見えて減ると考えるのは、あまりにも人間の心を知らなすぎる見かただろう。
だからこそ、いま、あらためて『人生の目的』などという野暮なことを考えてみたいと思うのである」

 政治や経済や福祉の充実は二次的対策であって、まず、「人生の目的」を明らかにすべきだ、という指摘は、ズバリ的を射ています。野暮どころではない、最も重大なテーマといえるでしょう。

 当然、次に期待する言葉は、 「どんなに苦しくても、なぜ、生きねばならないのか」の答えです。ところが、残念ながらこの作家は、 「人生に目的はあるのか。私は、ないと思う。何十年も考えつづけてきた末に、そう思うようになった」 と書いています。知識人と言われる人の中には、同じような発言をする人が多いのですが、しかし、よく考えてみてください。「人生の目的がない」とは、「生きる意味がない」と言っているのに等しくなります。

 では、世の知識人は、どのようにして生きろと、言うのでしょうか。
「私たちが選ぶもっとも自然な道は、あたえられた運命と宿命を、人生の出発点として素直に受け入れることだろう」
「耐えて、投げださずに、生きつづける。それしかない」
など、「とにかく生きよ」のオンパレードです。

 果たしてこれで、自殺を止めることができるでしょうか。
 自殺者の、最大の苦悩は何なのか。いくつかの事例から考えてみたいと思います。

なんのために生きてるのか(2)波紋呼ぶ、江藤淳氏の自殺 病苦、老苦に負けてはおれぬ

 大江健三郎氏や石原慎太郎氏らとともに、日本の知的存在といわれていた文芸評論家の江藤淳氏が、平成11年7月、自殺しました。
 江藤氏ら、知識人たちは、人道主義のもと、地球より重い生命の尊厳を訴え、「自殺してはならない。どんなに苦しくても生き抜けよ」と書き続けてきただけに、社会に大きな衝撃を与えました。

 芥川竜之介や太宰治の自殺にも冷徹な批評を加えてきた江藤氏です。
 それらの前言を覆し、自ら死を選んだ理由は何だったのでしょうか。
 遺書には、次のように記されています。

「心身の不自由は進み、病苦は堪え難し。去る6月10日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ」

 妻に先立たれた失意と、病苦が重なっての自殺であったようです。
 おかしなことに、マスコミには自殺を賛美する論調が目立ちました。
「奥さんの後を追って死んだんだね。とっても美しい」(石原慎太郎)
「奥さまへのいたわりや、やさしさも生涯、深く貫かれ、本当に後を追うように逝かれたのですね」(瀬戸内寂聴)
 妻の後を追って自殺するのが美しいのだろうか。
 老苦や病苦に襲われたら、みっともない姿をさらす前に自殺するのが賢明なのか。

 一方では、「人命は地球より重い」といいながら、矛盾ではないのか。
 一般人の自殺は愚行として止められ、高名人の自殺は素晴らしいと賛美されたのでは子供も納得しないでしょう。
 朝日新聞には、江藤氏の自殺に、400通の投書が寄せられたといいます。『江藤さんの決断』(朝日新聞「こころ」のページ編)という本にまとめられていますが、その中から何通か紹介しましょう。

 江藤さんの自殺が報じられた日に、私は都内のリウマチ専門病院に行っていました。リウマチのため何十年も身体のあらゆる関節がおかされ、毎日激痛と共に生きている私たちリウマチ患者に、江藤さんの「病苦は堪え難し」の遺書は、「では私達の苦しみは何なのよ」と叫びたいような気持ちになりました。(千葉県・主婦・62歳)
 江藤氏自死の報に接した時、心身耗弱のせいかと一瞬思った。しかし、二日後に公表された氏の実に明快な遺書を読み、これが「日本の知性」と称せられた人の発言かと、鉛が胸に沈殿するような気分を味わったものである。 「形骸と化した自己を処断する」のなら、同じ病状に苦しみ、懸命にリハビリに取り組んでいる幾多の人々を、江藤氏はどう見ておられたのだろうか。それらの人々を無視する発言ではないか。(東京都・女性・65歳)
 身体不自由になったことで、「生きる意味がない」と断じた江藤淳という人は、人生の意味をどこに見いだしていたのだろうか。(東京都・男性・80歳)
 人間が老いるということは、早かれ遅かれ、「形骸」に過ぎなくなることに他なりません。「形骸」に過ぎなくなることによって、かつての赫赫たる名声も名誉も、一瞬にして地に落ち、老醜の身を人目にさらすことが、「生き恥をさらす」ことになり、このことが「怖くて怖くて仕方がなかった」のではないでしょうか。(愛知県・大学教授・63歳)
 一般人の自殺には、声高に「死んではいけない」と繰り返すマスコミや評論家も、こと知的水準の高い人物の自殺となると、どうしてこうもだらしないのか。
  日本だけではない。ノーベル賞作家、ヘミングウェイ(米)やポスト構造主義の旗手と言われた哲学者、ドウルーズ(仏)など、知性を謳われた人物の自殺は、海外でも後をたたない。多くの人は彼らに対する尊敬と、自殺という悲惨な結末とのギャップから、「あの人が人生の敗北者であってほしくない」という願いにも似た気持ちで、結局は、その死を美化し、賛美するのではないだろうか。「苦しくても、生きねばならぬ根拠」を、今こそ我々は知るべきだろう。(富山県・会社員・40歳)

 江藤氏の自殺を賛美すれば、重病患者や身体障害者に生きる意味はないのか、と波紋が広がるのは当然でしょう。
 重病を患い、苦しい治療が続いても、耐えねばならぬのはなぜか。
 身体に障害を持ち、不自由な生活を強いられても、負けてはならぬのはなぜか。
 年老いて、生き恥をさらすことになっても、早まってはならぬのはなぜか。
 借金地獄で倒産し、名誉も地位もすべて失っても、自殺してはならぬのはなぜか。
 これらの解答が「人生の目的」です。 「人生の目的」を知らずして、自殺を止めることはできません。

 言葉で言うのは簡単です。 「死ぬな」 「耐えるんだ」「とにかく生きよ」……。
 しかし、いざ、逆境に直面すると、そんな根無し草のような信念はどこへやら。もろくも崩れ去ってしまうのです。

 日本の知性といわれるような人でも、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」という『人生の目的』を知らなかったのです。今、取り組んでいるテーマが、そうやすやすと分かるような簡単なものではなく、限りなく深くて重い問いであることを、知らされるではありませんか。

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