人生の目的

月とスッポンほど違う「人生の目的」と「生きがい」の3つの違い 生きる目的とは?生きがいとは?

特集:人生の目的(3) ◆第2章◆ 月とスッポンほど違う 「人生の目的」と「生きがい」の3つの違い 生きる目的とは?生きがいとは?

もし、「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。
生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。

なのに、 「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。
本当にそうでしょうか。何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。
1度きりしかない人生、後悔しないためにも、まず、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えてみましょう。

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なぜ幸福になれないのか 「人生の目的」と「生きがい」の違い

 幸福を求めて、すべての人は生きています。努力しています。それなのに、なぜ、幸せになれないのでしょうか。
 それは、「人生の目的」と「生きがい」を間違えているからですよと、お釈迦様も、親鸞聖人も教えられています。
 赤玉と白玉ならば、だれも間違わないでしょう。しかし、「人生の目的」と「趣味や生きがい」の相違を知る人は少ないのです。
 趣味や生きがいの実例を、ある作家は、次のように列挙しています。

「希望の大学に合格すること。
 安定した職業につくこと。
 自分の能力に向いた仕事で活躍すること。
 理想の恋人を獲得すること。
 四十歳までに自分の家を建てること。
 外国語やパソコンをマスターすること。
 スポーツに熱中して国際的な大会に出場すること。
 芸能界にはいって有名になること。
 行政府や立法府で国の経営に参画すること。
 アルマーニのスーツをビシッと着こなすこと。
 介護や福祉の仕事について働くこと。
 大金持ちになること。
 美容師の国家試験にパスすること。
 バイクを走らせること。
 幸せな家庭を築くこと。
 病気を克服して健康をとりもどすこと。
 運転免許をとること。そのほかいくらでもある」

 世間一般の人が抱くであろう生きがいを、ほとんど挙げたうえで、 「人生の目的というものは、それらの具体的な目標(生きがい)とはちょっとちがう問題のような気がする」 と指摘しています。

実際、 「人生の目的」と「生きがい」は、「ちょっと」どころか、月とスッポン、天と地、以上に違うものです。
 では、どこに違いがあるのでしょうか。大きく分けると、次の3つです。

「生きがい」と「人生の目的」3つの違い

  1. 趣味や生きがいは人それぞれだが、
         人生の目的は万人共通で唯一のものである。
  2. 趣味や生きがいには、金輪際完成ということはないが
         人生の目的には完成がある。
  3. 人生の目的は、臨終に達成されても
         人生の勝利者といえるものである。

 
 趣味や生きがいは、人それぞれであって、上から強制されたり、他人に合わせなければならないものではありません。スポーツでも、野球、サッカー、水泳、相撲など、好みは人それぞれです。「日本人は全員、野球を好きになれ」と言うものでもないし、そんな押しつけがあれば、おかしいでしょう。 「面々の楊貴妃」という諺もあるように、自分が好きになった女性は世界一美しく見えるもの。「もっと美しい人がいるぞ」と、他人が文句を唱える筋合いはありません。だれを楊貴妃と思おうが自由です。爬虫類を見ただけでゾッと震え上がる人もいれば、蛇やトカゲを家の中で飼っている人もいる。農業に力を入れる人もあれば、都会で働く人もある。 趣味や生きがいは、百人百様、人それぞれです。それが生きる活力を与えるならば、それはその人にとって、なくてはならない大切なものに違いありません。

これに対し、人生の目的とは、万人共通唯一のもののこと。「なぜ、自殺してはならないのか」の答えです。日本人も、中国人も、アメリカ人も、ロシア人も、命の重さに差別はありません。すべての人は幸福になるために生きています。 「人生の目的」は、古今東西すべての人の究極の関心事であり、最も知りたいことなのです。

本当は怖ろしい「死ぬまで求道」の落とし穴とは 「人生の目的」と「生きがい」の違い

「人の一生は 重荷を負うて 遠き道を行くがごとし」
 天下取りの生きがいを、人生の目的と誤認した家康は、最期に、このような言葉を残しています。
 戦国時代に生まれ、逆境から立ち上がった徳川家康は、幾多の困難を乗り越え、ついに天下を取ります。征夷大将軍として江戸に幕府を開き、徳川家300年の礎を築きました。しかし、武将として稀に見る成功を収めた後、「生涯、重荷を下ろせなかった」と告白しているのです。重荷とは苦しみです。
 人質暮らしの少年時代も、江戸城から天下に号令するようになってからも、重荷は少しも変わっていない。人生の目的は、この重荷を下ろすことです。

 領地を広げ財を築いても、命懸けで地位や名誉を獲得しても、「これで満足」ということはありません。「生きがい」は、どこまで追求しても、真の安心、満足を与えてはくれないものです。
 家康は、「遠き道を行くがごとし」と述懐しています。「遠き道」とは、ゴールのない道です。

 私たちが、旅行に行くとき、重い荷物を背負っても、それはホテルへ着くまでです。「あのホテルへ着いたら、この荷物を下ろして、温泉でゆっくり休める」と思うから、つらくても耐えることができます。
 ところが家康は、「自分の一生は、重荷を背負ったまま、休むことも、止まることもできず、遠い道を歩き続けているようなものだ」と告白しています。
 それはちょうど、グラウンドの丸いトラックを延々と走り続けるランナーのようなものでしょう。グルグル回っているのに、ゴールがない。「どこまで走ったら……」と苦しみながらも走り続けるしかない。これは言い換えれば、「死ぬまで求道」の人生です。

 剣道、柔道、書道、絵画、華道、茶道、政治、経済、科学、医学、法律など、「趣味や生きがい」には全て完成がありません。どこまで求めても、「求まった」ということのないものです。それなのに、「死ぬまで求道」が素晴らしい、と信じている人が少なくありません。
「死ぬまで求道」とは、100パーセント求まらないと知りつつ、死ぬまで求め続ける悲劇に、ほかなりません。

 宝くじを買う人は、「ひょっとしたら大当たりかも……」と思うからこそ買うのでしょう。いくらくじが好きでも、当たりが1本もない宝くじや、3年前の宝くじを買う人はありません。
 しかし、人生に関しては、どうしたわけか、100パーセント求まらないと知りながら、「趣味や生きがい」のみを追い求めている人がほとんどです。「死ぬまで求道」が素晴らしいと思わなければ、到底できないことでしょう。「死ぬまで求道」の「生きがい」を、「人生の目的」と思い込んでしまっては、 家康と同じ悲劇を繰り返すことになるでしょう。

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