なんで勉強しなきゃいけないの? あなたは答えられますか?

あなたは、「なんで勉強しなきゃいけないの?」と聞かれたことがありますか?
私は、あります。小学生からも、中学生・高校生、そして大学生からも。
大学生からよく聞く声は、
「高校生の時は『あの大学に入りたい!』という目標があったのに、今はそれがなくって」
「大学の授業内容が、思ってたのと全然違う」
「授業を自由に選べるようになって喜んだけど、何を選んだらいいのか分からなくて、とりあえず楽に単位をとれるかどうかで選んじゃってます」
「高い授業料を親に払ってもらってるのに、授業が休講になると喜んでしまう」
「今勉強してることが、将来何になるんだろうと思います」
「卒論のテーマが決まらない」
などです。
そして、
「なんで勉強しなきゃいけないのかな?」
となるわけですが、この問いを、
「私が学生だった頃は、そんなこと悩んだことないよ。理由が分からなきゃ勉強したくないなんて、ただ怠けたいだけなんじゃないの?」
と軽蔑する人も、いるかもしれません。
なんで勉強しなきゃいけないの? 多様性の海に溺れる若者たち
しかし、私はそうは思いません。
目的を知り、理解してから始めようとするのは当然のことです。
あなたの好きなこと・得意なこと・楽しいと思えることを思い浮かべてみて下さい。
そういったことなら、「なんでそんなことしなきゃいけないの?」という疑問は起きてこないでしょう。
それをやって楽しむ、それ自体が目的だからです。
ですが、嫌なこと・苦手なこと・苦しいことなら、どうでしょうか。
「やりなさい」と言われたら、「どうして?」「なんで?」と疑問が湧いてくるはずです。
その疑問に答えがあれば、嫌なことや苦しいことでも、前向きに頑張れます。
あの大学に入るために受験勉強を頑張ろう、海外旅行の費用を稼ぐためにアルバイトをしよう、試合に勝つためなら苦しいトレーニングでもやろう、治療のためならつらいリハビリにも耐えよう、と。
それが報われるものであれば、自ら進んで苦難を求めさえします。
「勉強しよう」という意欲が湧かず悩んでいる人は大勢いますが、それは勉強自体が嫌だから、苦手だからという以上に、「何のために勉強しなければならないのか」「どう報われるのか」がハッキリしないところに原因があるのです。
昔、日本が貧しかった時代・物がなかった時代は、今目の前にある貧しさこそが苦しみであり、それを解決すれば幸せになれると国民全体が信じていました。
勉強して、良い大学に入り、一流企業に就職し、死ぬほど働いて、出世して、結婚・マイカー・マイホーム…と敷かれたレール、皆が共有している価値観がありました。
そのために大変でも勉強を頑張るのだ、と思い、それに疑問を持つ人はあまりいませんでした。
しかし、国が豊かになり、科学は進歩し、物で溢れても、日本人の生活満足度は横這いのまま、変わりませんでした。
単に生活が便利で快適になれば、暮らしが豊かになれば幸せになれるわけではなかったと気づき、敷かれたレールから脱線した人たちは、自分なりの答えを探し始めました。
それが今日、多様性が重視され尊重される理由です。
しかし、自分なりの答えは、容易に見つかるものではありません。
「良い大学に入り、一流企業に就職し…」という答えを失った今、改めて「なんで勉強しなきゃいけないの?」の問いに回答が迫られています。
なんで勉強しなきゃいけないの? ありがちな答えと本当の答え
「なんで勉強しなきゃいけないの?」に対するよくある答えは、「良い大学に行き、良い仕事に就けるよ」「将来の進路の可能性が広がるから」「大人になれば分かるよ」などです。
先ほど述べたように、これでは根本的な答えにはなっていないのですが、応急処置としては、有効です。
成績が伸び悩んだ時、受験に失敗した時、希望していた研究室に入れなかった時、それまでがむしゃらに、或いはなんとなく周りに流されて勉強していたのが、ふと我に返って勉強の意義に悩む人は多いですが、容易に答えは出ません。
悩んでいるうちに、ますます成績が落ちてしまう、また受験に失敗してしまう、と思うと、「勉強の意義はたしかに大事な問題だけど、今は目の前のことに集中しないと」と封印して、何のためかは分からなくても勉強に取り組んだりするものです。
それはそれで大事なことですが、その場しのぎ・問題の先送りであって、根本解決ではありません。
大けがをした時、応急処置は大切です。
しかし、「応急処置をしたから、これでもう大丈夫。救急車は呼ばなくて良いよ」とはなりません。
救急車を呼んで、病院へ行き、本格的な治療をしてもらうための、応急処置です。
では、改めて、なんで勉強しなきゃいけないの?
多くの人の場合、それが就職・仕事に直結するからです。
では、なんで働かなきゃいけないの?
これは、ほとんどの人は働かねば食べていけないからです。
では、なぜ食べるのか?
当然、食べねば死んでしまうからです。
では、なぜ生きねばならないの?
問題の本質はここに行き着きます。
なんで勉強しなきゃいけないの?の本当の答えはただ1つで、それは何のために生きるの?の答えとイコールなのです。
さあ、勉強よりも学問をしよう
「勉強」は、強いて勉めるということで、「努力する」ということです。
もちろん、大事です。
長い時間をかけて洗練されてきた内容を勉強するのであり、社会に順応するために大切なことを教えられており、その時は分からなくても後になって「あの時、ちゃんと勉強しといて良かった!」ということも多々あります。
ですが、努力する時、最も大切なのは何に向かって努力するかであり、社会生活に順応して生きていくのは何のためか、これが1番大切なのです。
小学校・中学・高校・大学、いずれも勉強を勧めていますが、なぜ勉強しなければならないのか、そして何のために生きるのかは教えてくれません。
そこまでは学費に含まれておらず、自己責任、ということなのでしょう。
あるいは、教師・教授も知らないだけかもしれません。
待っていても与えられないならば、自らつかみ取るしかありません。
それは、「学問」です。学問とは、「問うて学ぶ」ということです。
「なんで勉強しなきゃいけないの?」
「勉強する目的は何?」
「私は何のために生きているの?」
大切なこと・知らねばならないことの問いを自ら立てて積極的に学んでいく、これが、根本的な問題解決の方法です。
「勉強しなきゃいけない理由を調べに来たら、もっと難しい問題に出会っちゃったよ」と思われた方あれば、悪しからず。
「でも、問題の本質が見えてきたな。解決すべき問題が分かればこっちのものだ、よし、学んでみよう」と思って頂ければ、幸いです。
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