「虚しい」と感じる気持ちと、どう向き合っていますか

あるマッサージ店の看板に「死ぬほど疲れているあなたへ」と書かれていました。体の疲れは、心の疲れにもなりますから、体を休めるのも、とても大事ですね。
でも心の疲れは、やっかいです。
体は元気でも、心が疲れてしまうことは、あります。
何が足りないわけじゃいのに、家事の合間の、ふとした瞬間、どうしようもない虚しさに襲われる、という方もあるかもしれません。
そんな虚しい気持ちを一人で抱えこんでいませんか。
今回は、特に仕事と家事、育児に頑張っている主婦ママの方へ、ブッダのアドバイスをお届けしたいと思います。
いつの頃からか「楽しい」が「虚しい」に……
幼い頃は、とても夢があった
幼い頃の夢は、純粋に、いい人に巡り逢って大恋愛をしたい!でしたよね。
ロマンティックなプロポーズ受けて、盛大な結婚式をして、新婚生活は甘ーいもの。
美味しい料理を作って、旦那さんの為に愛情弁当を作って……洗濯、掃除も大好きな人のためなら、幸せ……子供も宝っていうし……素直ないい子に育てるの(^^♪
勉強は少々できなくても、元気であればそれでいい。
愛情があれば、どんなことでも乗り越えていけるから。
白馬の王子様が迎えに来てくれる! なんて思ったこともありました。
ドラマのような未来が、待っているの! なんてね……
しかし……現実は甘くはなかった……
いつの頃からこうなった……
結婚式の準備している時が一番幸せだったかな。
夢いっぱいだったから。
新居を見に行ったり、家具を揃えたり、台所用品を購入したり、とにかく楽しかったあの日々……。
だけど、結婚して、しばらくはよかったけど、だんだん毎日同じことの繰り返しに意味が見いだせず、何で自分はこんなことしているのかと疑問が出てきて、料理作って片付けして朝起きたら、また食事作って片付けて、掃除して洗濯して、仕事に行って、帰ってきたら山のような家事が残っていて、なんだか虚しい。
専業主婦ならこうはならないのかとママ友に聞いてみても、やっぱり大変だと言ってた。
いつ頃からこうなったんだろう……
おしゃれなんて何年もしていない
毎日の家事に振り回されて、おしゃれなんて、ここ何年もしていない。美容院に行く時間もない。はっきり言って、女性捨ててる感じ……肌荒れも酷いし、こんなに大変だったなんて思わなかった。
そもそも家事をするのは女性だというのは誰が決めたんだ!昔の男性は、家事を一切手伝わないのが普通だったって聞くけど、それは昭和の時代の話でしょ。
今は、一緒に育てるのが本来でしょう。なのに、なのに……
イクメンなんて言葉があるけど……
夫がよく「おれ家事手伝ってるよ」って言ってるけど、「じゃあ、何してるの?」って聞くと「ごみ捨て!」
「・・・」
ゴミ捨ては家事じゃない!
大きな袋にまとめるのは結局私で、たばねたものをただ運ぶだけ、そんなの家事じゃない!!
イクメンなんて言葉があるけど、本当にいろいろしてくれる夫もいる。だけど、うちの場合はそうじゃないからと思ってる女性も多くあるはず。
子供と一緒に遊ぶとか、子供がぐずったら見てくれるとか、掃除するとか、洗濯するとか、料理作ってくれるとか、子供に食べさせるとか、とにかく私は自由な時間がほしい!!
結婚なんてするんじゃなかった
ふと「あーあ、結婚なんてするんじゃなかった。独身の時は自由になんでもできたのに、なんで結婚しちゃったんだろう……」
と、虚しい気持ちになることも。
結婚すると、ほんと、いろいろなものに縛られて、こんなことになるとは思いもしなかったと思ってしまうこともありませんか。
なんで私ばっかり……
主人の協力がなかったら、子育てなんてできないのに、なぜ私ばかりが苦労しなければならないの……。そもそも共稼ぎなんだから、仕事して、土日の時間のほとんど家事に追われて、どんなに頑張っても、「やって当たり前」と思われている。
私には、休日がない。
仕事には、休みがあっても、家事にも子育てにも休みがない。
誰にもわかってもらえない。
主人に言っても、愚痴を言っているとしか思われないし、親に言うと心配かけるし、話しても分かってもらえない。
いつまでこんな生活が続くのかしら……先が全く見えない。どうすればいいのか分からない。どうしようもなく虚しい。
しばらくの縁と思えば「虚しい時間」は「愛おしい時間」に
そんな、あなたの気持ちもブッダは全部受け止めて、やさしくアドバイスされます。
「そんな時は、心の向きを少し変えてみてはいかがでしょう」と。
仏教では、「しばらくの縁」と教えられます。
どんなに仲の良い人とも、悪い人とも「しばらくの縁」なのです。
「こんな毎日がずっと続く」と思うから、虚しく、苦しくなってくるのですが、実は、わずかな時間なのです。
「ずっと一緒にいたい」と思う人とも、「早く別れてせいせいしたい」と思っている人とも、いつまでも一緒にはいられません。
過ぎ去った10年、20年、早かったと感じられませんか。
これから、何十年といっても、過ぎ去ってしまえば、ほんのしばらくのことなのです。
しばらくの間のことと思えば、嫌な人とも、嫌なことも、すべて懐かしくなってくるのではないでしょうか。
ほら、小学校とか中学校、高校に毎日通っていた時は、つまらないなあと思っていたけど、卒業したら、懐かしいと感じるようになりますよね。
喧嘩ばかりしていた友達も、別れれば、何か妙に懐かしいですよね。
だから、どんなにつらい毎日も、しばらくのことです。
過ぎ去ってしまえば、「あんなこともあったよね」と思い出として語ることもできるようになるのではないでしょうか。
「虚しい気持ち」を「愛おしい」に変える「諸行無常」の真理
仏教では「諸行無常」の真理が教えられています。
どんなことも、続かないのです。
この世は無常の世界。しばらくの縁です。
つらいことも苦しいことも、ひとときのことです。
過ぎ去れば、夢幻の出来事です。
今の一瞬一瞬が、かけがえのない時間です。
「光陰矢の如し」
(こういんやのごとし)
と言われますが、光とは日のことであり、陰は月のこと。光陰とは「月日」のことです。
月日は矢のようにあっという間に過ぎ去ってしまうから、無駄な時間を過ごしてはなりませんよ、という戒めの言葉です。
ふと「虚しい思い」に襲われたら、「しばらくの縁」を思い、今日一日、悔いのない時間としましょう。
そして、人生という時間に限りない愛おしさを感じたら、このかけがえのない時をどう過ごせばよいかも、ぜひ仏教に学んでみてください。
仏教には、本当に悔いのない人生にするにはどうすればよいかが、はっきり教えられています。
「虚しい」を「幸せ」に、今から変えましょう。
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