幸せとは

幸せとは

生きてる意味を見失ったとき。『ロゴセラピー』から見つける生きてる意味とは

【目次】

  1. 生きてる意味がわかれば、どんなふうにでも生きていける。ニーチェの言葉
  2. 生きてる意味がわからない人は、気づかぬうちに虚無感に陥っている
  3. 生きてる意味は、「他人が望むこと」ではない
  4. 生きてる意味がわからないとどうなる?「実存的空虚」とは
  5. やがて死ぬのに、生きてる意味

はじめに

こんにちは、心理カウンセラーの月見草です。

今回はこんなお悩みについてです。

生きてる意味って何でしょうか。
次から次へと苦しみがやってくるので、生きてる意味がわからないと感じることがあります。

「生きてる意味」
とても重要なテーマですね。

人生最大の課題といえるのではないでしょうか。

『夜と霧』で有名なヴィクトール・フランクルのアンケート調査では、回答者の89%は ”人間は、そのために生きる価値がある「何か」を必要としている”と回答しました。

ジョンズ・ホプキンス大学、48大学の7948人対象にした調査では、「あなたにとって非常に大切なものは何ですか」という問いに対し、16%はたくさん稼ぐこと、78%は ”自分の人生における意味と課題を見つけること” だと答えました。

生きてる意味をなんとかして見つけ出そうとするモチベーションは、人間にもともと備わっている

と心理学でいわれます。

生きてる意味、いつかは見つけなきゃいけませんね。

そうですね。
生きてる意味を見つけるのは、早ければ早いほどいいものです。
なぜだと思いますか?

人生の選択をするときに、本来は絶対必要なものが「生きてる意味」だからです。

・なんとなくよさそう
・流れに身を任せる

こういう生き方もありますが、意味なく選択すると、あなたにとって意味のない結果(幸せにたどりつけない人生)になるリスクが高まります。

毎日の生活は、選択の連続。

生きてる意味を知って選択する(生活する)のと、
生きてる意味がわからず選択するのとでは、
結果(人生の幸せ)に大きな差が生じます。

今回は、ヴィクトール・フランクルの「ロゴセラピー」から、生きてる意味を学びましょう。(※参考文献 ヴィクトール・フランクル著『ロゴセラピーのエッセンス』赤坂桃子訳、2016、新教出版社)

生きてる意味がわかれば、どんなふうにでも生きていける。ニーチェの言葉

「ロゴセラピー」とは、ロゴ(意味)を知るセラピーです。
ここでいう「ロゴ(意味)」とは、生きてる意味のことです。

生きてる意味を見いだすことこそ、希望であるとする心理療法です。

なぜ生きるのかを知っている人間は、
たいていどんなふうにでも生きていける

ニーチェ

生きてる意味がわからないと、

ストレスを避けることが目的になっていく
・目の前の出来事(仕事、家族、育児、健康など)に一喜一憂する

という生き方になりがちです。

人が心から求めているのは、ストレスのない状態ではありません。
ストレスがない状態は、退屈で、それもまた苦痛なのです。

本当に必要なのは、「生きてる意味が感じられること」ではないでしょうか。

ニーチェが言うように、生きてる意味を知っている人間は、どんな困難がやってこようとも「私が生きてる意味はこれだ!」と、たくましくストレスを乗り越えて、生きていけます

しかし多くの人は、生きてる意味を知りません。

生きてる意味がわからない状態が、当たり前になっていませんか。

たしかにそうですね。
生きてる意味が、まだわかりません…

あなただけではありません。
じつは成功している人の中にも、生きてる意味がわからずに過ごしている人が多くいます。

インターネットで検索すると、著名人たちが「生きてる意味はわからない」「生きてる意味はないんじゃないか」と言っています。

「生きてる意味は、わからなくてもいい」
「生きてる意味なんて、ない」

生きてる意味がわからない人は、わからない状態に慣れ切っているので、こう言えてしまうのでしょう。

生きてはいけますが、ロゴセラピーからいうと、盲目なまま手探りで生きている状態です。

生きてる意味がわからない人は、気づかぬうちに虚無感に陥っている

生きてる意味はない、生きてる意味はわからないという人は、

底なし沼のような空虚感に苦しんでいる「実存的空虚」の状態に陥っている。

とフランクルは言っています。

実存的とは…「いま私がここに存在する」ということ
空虚(虚無感)とは…価値がわからない、からっぽな感じ

つまり、「いま私がここに存在する価値がわからない」ことを「実存的空虚」といいます。

実存的空虚とは、20世紀になって蔓延するようになった現象です。

何をしなければならないか教えてくれる本能がない。
何をすべきか導いてくれる伝統もない。

昔は「神のために働く」という伝統がありました。
しかし、ニーチェは「神は死んだ」と言い、それまで絶対的な存在だったものは無くなったことを示しています。

その結果、どうなったのか。

ほかの人々がしていることを望み、
ほかの人々が自分に望んでいることをするようになった。

とフランクルは言います。

生きてる意味は、「他人が望むこと」ではない

他人が望むことをするのは良いことですが、それだけでは「生きてる意味」になりません。

他人が望むことは、

・相手によって変わる
・その人の気分も変わる
・時代や社会に左右される

というように、コロッと変わってしまいます。

仏教では「諸行無常」と言われます。
すべてのものは、常が無い。つまり、変わっていくのです。

生きてる意味がわからないまま、他人の望むことをしていると、コロッと変わった時、これまでやっていたことが無意味になり「一体なにをやっていたのか…」と後悔することになりかねません。

今、成功しているように見える人も、例外ではありません。
盛者必衰の理(ことわり)と言われるように、盛んな者も必ず衰えゆくのが道理です。

いいえ、成功している最中にも、実存的空虚に陥っている人は多くいます。

「えっ、あんなに幸せそうな人がどうして…」

と思うような、事件や悲しいニュースをよく耳にしていると思います。

実存的空虚に陥ると、やがて

権力、金銭、快楽によって埋め合わせようとする。

とフランクルは言っています。

そんな虚無感に陥っている自覚はないのですが…

そうですよね。
気づかぬうちに虚無感に陥っているのが、恐ろしいのです。

自覚症状のない病気は、気づかぬうちに悪化してしまいます。

生きてる意味を知ることは、眼科医にかかるようなもの

フランクルは生きてる意味を知ることを、眼科医に例えています。

眼の病気にかかると、現実の世界がありのまま見えなくなってしまいます。

「生きてる意味」を知ることで、現実の世界をありのままに見ることができるようになります。
患者の視野を広げ、患者にとっての人生の全体像を見えるようにしてくれるのです。

虚無感という病気が悪化しないために、まずはどんな症状が「実存的空虚」なのか、みていきましょう。

生きてる意味がわからないとどうなる?「実存的空虚」とは

生きてる意味がわからないと、知らず知らずのうちに欲求不満が溜まっていきます。

フランクルは、この欲求不満を「実存的フラストレーション」と名付け、3段階に分けました。

(1) 人間だけが抱える、「生き方」の欲求不満
(2) 人間だけにしかない「存在の意味」がわからない欲求不満
(3) 自分だけにしかない具体的な「生きてる意味」がわからない欲求不満

1、人間だけが抱える、「生き方」の欲求不満

まずは「生き方」の欲求不満です。
どんな生き方をするのが、満足できるのか。

一休さんは、

人生は 食て寝て起きて 糞たれて 子は親となる 子は親となる

と歌いました。

「食べて、寝て、起きる」のくりかえし。あっという間に、子は親となる。

それでは動物となんら変わりません。

日々の生活をくりかえし、安定させることは大切です。
ですが、それだけでは、「生き方」の欲求不満は解消されません。

毎日毎日ぼくらは鉄板の 上で焼かれて 嫌になっちゃうよ

『およげ!たいやきくん』は、ギネス世界記録(2009)に「日本の最も売れたシングル・レコード」として認定されました。

生きてる意味がわからず、ただ毎日がくりかえし続いていく「嫌になっちゃうよ」の延長線上に、心からの満足はあるでしょうか。

2、人間だけにしかない「存在の意味」がわからない欲求不満

万物の霊長、つまり、万物(すべてのもの)の中でもっとも優れているのが人間と言われます。
動物とはちがう、人間だけにしかない「存在の意味」があるはずです。

「食べて、寝て、起きる」のくりかえしでは、動物と同じ。

人間だけにある「生きてる意味」は、一体何でしょうか。

結論を先に言いますと、これを詳しく学べるのは、仏教です。

「天上天下唯我独尊」

天の上にも、天の下にも、ただ人間だけにある尊い「生きる意味」がある

一度は聞いたことがある言葉ではないでしょうか。

とは、私のことではなく人間を指します。

お釈迦様が、7000巻以上のお経の中に書かれたのは、人間だけにある「生きてる意味」でした。

3、自分だけにしかない具体的な「生きてる意味」がわからない欲求不満

生きてる意味は、“その人” に実現されなければならないという点で、一回かぎりであり、独自のものである。

フランクルはこれを「意味への意思」と言いました。

生きてる意味は、ひとりひとりが、自分の手で実現しなければならないものです。

生きてる意味がわからないままでも、生きていくことはできますが、さまざまな症状になって現れ出てきます。

・仕事に行きたくない
・毎日が気だるい
・人間関係のストレスにうんざり
・病気がつらい
・愛する人を失って、生きる気力がなくなった

生きてる意味がわからない絶望感を、鎮静剤でおさえるのではなく、成長と発展のチャンスにすべきだとフランクルは言います。

やがて死ぬのに、生きてる意味

フランクルは『夜と霧』で知られるように、ナチスドイツのガス室に入れられた絶望的な状況でさえ、生きてる意味をなんとかして見つけ出そうとしました。

絶望的な状況に陥ったときや、変えることのできない運命に直面しているときにも、生きてる意味を見つけられる。

このように多くの人を励まし、勇気づけ、絶望的な状況を生き抜きました。

生きてる意味を “考える” だけでも、人に希望を与えるからこそ、フランクルは生きてる意味の重要性を訴え続けました。

人間には、悲劇を勝利に変えることができる。

意味を発見するために、苦悩が必要だということではないが、苦悩が取り除けない、不可避なものであっても、意味を見い出せる。

健康で余裕のあるうちは、忘れてしまっていますが、誰もが死んでゆかねばなりません。

死は、不可避です。

やがて死ぬのに、生きてる意味はあるのでしょうか。

残念ながら「ロゴセラピー」には「生きてる意味」の答えは明言されていません。

仏教には「生きてる意味はある」と断言されています。

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この記事を書いた人

ライター:月見 草

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