人間関係

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ブッダに学ぶアンガーマネジメント 悪人は怒らない!? 意外な解消法

こんにちは。仏教カウンセラーのまよです。

「ブッダの知恵に学ぶ アンガーマネジメント」について書いています。

前回から、怒りが生じる3つのメカニズムについて紹介しています。

・欲が妨げられたとき
・自分が正しいと思っている
・大切な相手だから

この怒りのメカニズムを知ることによって、無駄なエネルギーを使わずに済むようになります。

相手への思いやりの心が芽生え、自分の心を見つめ直すこともでき、成長できる良いきっかけにもなるでしょう。

前回は、1つ目の「欲の心が妨げられたときに腹が立つ」ことについて詳しく書きました。

今回は2つ目の「自分が正しいと思っている」についてです。

腹が立つのは「自分が正しい」と思っているから

腹を立てているとき、どのような思いがあるでしょうか。振り返ってみると、そこには必ず「自分が正しい」という思いがあるのではないでしょうか。

怒っている本人としては、次のような心の構図が成り立っています。

自分-正しい-善
相手-誤っている-悪

「正しい私が、間違っているあなたに腹を立てているのよ」
「善いことをしている私が、悪いことをしているあなたにイライラしているのよ」

という具合です。

では果たして、本当に自分は正しく、相手は間違っているのでしょうか。

自分は正しいはホント?怒りの根っこに必ずある「べきの境界線」

アンガーマネジメント協会で紹介されていることに「べきの境界線」というものがあります。

「べきの境界線」とは「~するべき」「~であるべき」などの、自分の中にある願望や希望、欲求、常識から出てくるものです。

自分と接する夫・妻・親・子供・会社・学校・上司・部下は「~であるべきだ」という考えは、皆さんにもあると思います。

その「べき」から外れた言動をした人に対して、イライラ、ムカムカと息まいてしまうのです。
ですから「べき」という思いが強ければ強いほど、怒りのスイッチは入りやすいといえます。

例えば、友達と10時に待ち合わせしたときに、あなたは何時ごろに行きますか。

10分前くらいには到着しておくべきだ
10時ちょうどに行けばいいだろう
5分くらい遅れても大丈夫だろう

いろんな感覚の人があります。

日本人であれば、時間に対する感覚はだいたい似ているので、10時の前後10分くらいは許容範囲という人が多いと思います。

仮に、何の連絡もなく、1時間くらい遅れてくる人がいたらどうでしょう。
この場合は、「一体どういうつもり?」とムカムカしてしまうと思います。

日本は世界的に見ても、時間に対しての感覚がキッチリしています。

電車が1分でも遅れれば「お急ぎのところ、遅れまして申し訳ありません」と車内アナウンスが入ります。
海外の人は、なんて日本人は時間にキッチリしているのか、と驚くそうですね。

私の主人は、以前に単身赴任でブラジルに1年ほど行っていました。
ブラジルでは、電車の時刻表がなく、来た電車に乗るのだそうです。時間通りに電車が来るということがないので、時刻表を作っても無駄、ということなのでしょう。

日本と比べたら、だいぶルーズだなと感じますが、ブラジルではそれが当たり前なのですね。

そこに日本人の「電車は時間通り来るべき」という「べきの境界線」を持っていったらどうでしょう。
「まだ来ないのか!これでは困る」とイライラしてしまうと思います。

自分の「べきの境界線」と相手の「べきの境界線」が一致するとは限りません。むしろ、一致することは、ほとんどないと言ってもよいでしょう。

同じものを見ていても見え方はまるで違う?仏教の「業界」から知る、相手を思いやれるヒント

仏教に「業界」という言葉があります。これは「ごうかい」と読みます。

「業」は「カルマ」ともいい、「行為」のことです。

その業に3つあり、「三業(さんごう)」と言われます。

身業(しんごう)・・・身体の行い
口業(くごう)・・・口で何かを言うこと
意業(いごう)・・・心で何かを思うこと

私たちは、自分の業によって作り出した世界(=業界)にそれぞれ住まいしているのだよ、とお釈迦様は教えられているのです。

その業界は、人それぞれ異なります。まったく同じ知識や才能を持っていたり、経験をしたりしている人はありません。
ですから、同じものを見ても、人によって見え方、感じ方、捉え方が、それぞれ異なるのです。

例えば、「『赤』と聞いて思い浮かべるものは?」という質問に、あなたなら何と答えますか。

りんご、いちご、トマト、スイカ(食べ物ばかりですね…)。ほかにはポスト、血、チューリップ、薔薇、信号などなど、いろんな答えがあります。

私ならば「手帳」と答えます。私は赤色が好きで、毎年手帳は赤色と決めているからです。

この答えが各人各様なのは、業界が違うからです。

同様に、何を正しいと思うかも、ひとそれぞれです。

育った環境・習慣・文化・価値観・考え方・感覚は人それぞれ違いますので、自分にとって「正しい」ということが、必ずしも相手にとっての「正しい」となるとは限りませんよね。

ムカッとして、ケンカになってしまうのは「自分が正しい、相手が間違い」というところにお互いが立っているからなのです。

「正義のヒーローはいつも腹を立てている」とも言われます。

腹を立てているときは、自分が正義なのです。しかし、あくまでその正義は自分にとっての正義であって、相手にとっても正義とは限りません。相手には相手の正義があるのです。

果たして、自分の正義は絶対的で、本当に正しいものなのでしょうか。

怒りの心に悩まれているTさん(男性)は、以前にこんなことを言っておられました。

「若いころ、私は、本気で自分を中心に地球が回っていると思っていました。いつも自分が正しい、という思いがありました。

だから、相手が自分の思いと違うことをしたり言ったりすると、なんで?という思いが出てきて、イライラしていました。

常に周囲の人を敵対視していたようなところがあります」

団結することを尊んだ聖徳太子は

我、必ずしも聖に非ず 彼、必ずしも愚に非ず 共にこれ凡夫のみ

と言っています。

「必ずしも自分が正しいとは限らない、共に同じ人間なのだから、相手には相手の正しい思いがあるのだ」という視点を持つことが大切、ということですね。

こんな教訓的なお話があります。

一家和楽の秘訣-悪人ばかりだとケンカにならない 

あるところに、ケンカの絶えないA家と、家族みんな仲良しのB家がお隣さんどうしでした。

ケンカの絶えないA家の主人は、

「B家の皆さんはどうしてあんなに仲が良いのだろう。。。ケンカしているところを見たことがないなぁ。何か秘訣でもあるのかな。一度、尋ねてみよう」

と思い、B家を訪問しました。

「Bさん、どうしてお宅は、いつも皆さん仲良しなのですか? 我が家は、いつもケンカばかりで困っています。何か仲良くする秘訣でもあるのでしょうか?」

するとB家の主人は

「これといった秘訣はありませんが、お宅は、皆さん、善人なのでしょう。我が家は、みんな悪人だからケンカにならないのです」

と答えました。

それを聞いたA家の主人は、なんだか皮肉を言われているような気がしてムッとして「ばかにするな!」と言いかけた時にB家の奥の方で茶碗か何かが割れる音がしました。

そして、お嫁さんらしき人の声が聞こえました。

「お母さん、申し訳ありません。お母さんが大切にしているお茶碗を私の不注意で割ってしまいました。申し訳ありません」

次にお姑さんらしき人の声。

「いやいや。あなたは悪くないのよ。さっきから片付けようと思いながら横着して、置きっぱなしにしていた私が悪いのよ」

「いえいえ。お母さん。私が悪いんです。すみません」
「いやいや。あなたは悪くないのよ。私が悪かったのよ。ごめんなさいね」

このような、お嫁さんとお姑さんのやり取りを聞いて、A家の主人は「なるほど。悪人ばかりだとケンカにならないかぁ」と納得して帰っていきました。

お互いが「自分が正しい」「自分が善人。あなたは悪人」というところに立っていると、必ずケンカになります。

ですが、果たして、本当に自分は正しく、相手は間違っているのでしょうか。

謗るまじ たとえ咎(とが)ある人なりと 我が過ちは それに勝れり

他人の欠点(咎)は目につきやすく、自分の過ちにはなかなか気づかないものです。

しかし、自分の過ちは他人よりももっと酷い状態かもしれませんよね。

ムカッときたら、怒りを露わにする前に、「人の振り見て我が振り直せ」で、自分のことを省みるご縁にできたら、素晴らしいですね。

こんなときはどうする?場面別 怒りへの対処法

①もし相手が本当に悪いときは?

客観的に見て、どう考えても私が正しい、相手が悪いという場合もあるでしょう。そんなときはどうしたらいいのでしょうか。

相手が本当に悪いことをしているのであれば、それは「自業自得」「因果応報」で、その人が悪い結果を受けることになります。

何も私が腹を立てて制裁を加えなくてもいいのです。相手は「悪因悪果 自因自果」で苦しみ、自ら身を滅ぼしてしまうでしょう。

また、私が腹を立てれば、それは私にとって悪い種まきとなり、その報いは私に跳ね返ってきてしまうのです。そうなっては、もったいないですよね。

相手の過ちを正したいのであれば、別に怒りをぶつけなくても、しかるべき言葉で、しかるべきタイミングに相手に伝えてあげればいいのです。

②どうしても怒りがおさまらない

怒りをおさえられないときは、そもそも相手と話をする目的を振り返ってみてはどうでしょうか。

コミュニケーションの目的は、自分の思いを相手にわかってもらうことですよね。

それを怒りの感情に任せて相手にぶつけてしまうと、相手は「怖い…」「怒られた」という、強烈に嫌な印象だけが残ってしまいます。

これでは肝心の伝えたいこと、分かってもらいたいことが相手に伝わらなくなり、相手にとっても、私にとっても、良いことは一つもありませんよね。

目的を振り返ることで、怒っていても状況は悪くなるだけと気づき、冷静さを取り戻せるでしょう。

「自分が正しい」というフィルターを外す努力をしましょう

いかがでしょうか。少しでもあなたの中に今までとは違う気づきがあれば嬉しく思います。

この「自分が正しい」というフィルターを外すのは、なかなか難しいのですが、「本当に自分は正しいのか」と自問し、フィルターを外す努力をしていくことで、今までとは違った視点で物事や他人を見られるようになってきます。

これは、アンガーマネジメントのみならず、いろんな場面で活かせるメソッドです。

ぜひ日々の生活の中で意識してみてください。

次回は、怒りのメカニズムの3つ目「大切な相手だから腹が立つ」について詳しく書きたいと思います。

どうぞお楽しみに☆

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この記事を書いた人

仏教カウンセラー:ま よ



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