「幸せになりたい」。つきつめれば、私たちの願いは、これ1つ、ですよね。
みんながそう願いながら、でも、思い描いた理想の生活を手に入れても、やっぱり不安は消えなかったり、あんまりうれしくなかったり。
「もしかして私、幸せ不感症?」なんて思ったこと、ありませんか?
でも、違うんです。
じつは、この世には2つの幸福があるんです。
その2つの幸福の違いを知ると、「あっ、そういうことだったのか」と、きっとあなたのもやもやは晴れますよ。
今回は、オンラインセミナーでも最初にお伝えしている大切な内容を、短くまとめてみました。
少しでもあなたの幸せのヒントになれば幸いです。
比べてはじめてわかる幸せ「相対の幸福」
仏教では、幸福に2つあると教えられています。
1つは「相対の幸福」、もう1つは「絶対の幸福」です。
まず、相対の幸福といわれるものから、話をいたします。
相対とは、相対する、ということで、比べる、の意味です。
例えば、このマジック、長いですか?短いですか?
赤いです?
いやいやいや、長いですか?短いですか?
答えられないんです。
例えば、指示棒と比べると、短くなります。
ところが、乾電池と比べると、マジックのほうが長い、となります。
比べるものによって、長くもなったり、短くもなったりします。
こんなものを「相対」といいます。
じつは、私たちの幸せは、「相対の幸せ」といわれます。
お金とか、出世とか、マイホーム、結婚、家族、これらを手に入れた時の喜び、これが幸福ですが、その幸せは、比べてはじめてわかる幸せなんです。
「皆さんの部屋のつくりは、どんなふうになっていますか」
と、あるセミナーで聞いたとき、
「私はワンルームマンションです」という人、また「1DKです」という人、いろいろありましたが、その中で、
「じゃあ、あなたは?」
と聞いたときに
「わん」
って答えたんですね。
「わん?わんってなに?(犬?!)」
と聞くと、
「僕の部屋、1つしかない。台所も全部、共同だから、ワンでしょ?」
それを聞いてみんな、ああ、私は恵まれているんだな、と思ったといいます。
このように、比べてはじめてわかる幸せ、この人と比べたら、私、ああ幸せ、こういうものが、相対の幸福です。
続かない、キリがない幸せ「相対の幸福」
また、相対の幸福は、得られた時はうれしいんですが、その喜びは続かないといわれています。
いつまでも続いてほしい。だけど、ずっと続く幸せはないんです。
また、幸せを手に入れてもきりがないと言われます。
皆さん、お金、どれくらいあれば満足できますか。
持てば持つほど、きりがない。
そんな幸せなんです。
しかも、たとえ70年、80年、その幸せが続いても、最後、私たちは死なねばなりません。
死んでいくときは、すべて崩れる幸福なんです。
ですから、相対の幸福とは、
・続かない
・きりがない
・死によって崩れる
ものだということです。
最後は夢のまた夢と消える「相対の幸福」
日本の歴史上、彼ほど成功したものはないといわれているのが豊臣秀吉です。
豊臣秀吉は、百姓の身分から天下統一まで成し遂げました。
大阪城や聚楽第、金の茶室までつくり、栄耀栄華を極めました。
ところが、死んでいく時には、
難波のことも 夢のまた夢」
大阪城を築いたり、聚楽第、天下統一したことすべて、露のようにかはない、また、夢の中で夢を見ているようなものだった。
あっという間の人生だった、一体、自分の一生は何だったのか、と一人寂しくこの世を去っています。
相対の幸せを、すべて手に入れていたような秀吉でしたが、死んでいくときには、何一つ持っていけませんでした。
こんな幸せが、相対の幸福です。
いつか必ず崩れる。壊れる。一時の幸福。
とらえたと思った楽しみも一夜の夢、
握ったと信じた幸福も一朝の幻、
線香花火のようにはかないもの。
これが相対の幸福です。
もう1つの幸福「絶対の幸福」
それに対して、絶対の幸福は、
・変わらない、崩れない、壊れない
そんな幸せなんです。
人間に生まれてよかった、という生命の大歓喜。
焼けもせず、流されもしない、いつも満ちている無上の幸せ。
何と生きるとは素晴らしいことか!
そんな幸せが、ずっと続くんです。
その絶対の幸福を教えられたのが仏教なんですね。
すべての人が求めている本当の幸せ。それが仏教に説かれている絶対の幸福です。
ぜひ、皆さんに知っていただきたいと思います。
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