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「人生終わった」。そう感じている人が増えているようです。
日本の高度経済成長を支えてきた「団塊の世代」の定年退職が続いています。
定年を迎えたエリートサラリーマンの悲哀を描いた小説『終わった人』(内館牧子)が共感を呼び、舘ひろしの主演で映画化されました。今年6月に公開され、話題となっています。
出版社に寄せられた読者カードには、「(作者は女性なのに)どうして男の気持ちがわかるんだ」「これは僕自身がモデルかと思った」と、驚くほど多くのコメントが寄せられているといいます。
なぜ、これほどまでに読者の共感を呼び、心を動かすのでしょうか?『終わった人』のあらすじ、内容から考えてみたいと思います。
「定年って生前葬だな」。衝撃的な一文から、この物語は始まります。
主人公の田代壮介は大手銀行の出世コースのまま進んでいましたが、そこから外れてしまい子会社に出向。雇用延長もできましたが、これまでのキャリアを踏みにじるような仕事に就くことは、とてもプライドが許さず、応じませんでした。
「人生終わった」と感じた壮介は、定年を迎え、「明日からどうするのだろう。何をして一日つぶす、いや、過ごすのだろう」とつぶやきます。
第一線を退き、会社時代の友人、同僚とは疎遠になり、「毎日が大型連休」になる。自由な時間に退屈が訪れます。
これまではずっと本社勤務だったので、手に職はない。仕事一筋だったので、友達もいないし、趣味もない。やりたいこともない。自由な時間ができても何をしていいかわからない。
妻・千草は美容室で働いており、夫の愚痴や暗い顔を目の前にしたくないため、必要以上に朝早く出勤していきます。共に時間を過ごすどころか、妻を送り出すという逆転現象に、夫はますます暗くなる。家族との会話もなく、仕事人間から仕事が取れた「独りぼっち感」は、深刻です。
来る日も来る日も時間をつぶすために、見たくもない映画を見に行ったり、スポーツジムに入ったり、カルチャースクールに通ったりしますが、「自分は老人ではない」という矜持があり、気が進みません。
そんな田代壮介が、IT企業の若手社長に出会ったことで人生の歯車が急加速して動いていくのです。
さて、ここから先、壮介はどうなっていくのでしょうか?どんでん返しの展開の続きは、ぜひ、小説や映画でお楽しみいただきたいと思います。
さて、原作者の内館牧子さんは、「人生終わった」と感じている人たちの心境について、あるインタビューで次のように答えています。
心の中では「もっと仕事がしたい」「俺の能力をもっと生かしたい」と思っていても、年齢でピシャリと切られてしまう。
その本音を口にすれば、「ワーカホリック」だの「貧乏性」だの、「他に楽しみがないのか」などと言われる。
だから、こう言うしかないのです。
「やっと晴耕雨読の生活を手にしました」
「温泉に行ったり、勉強し直したり、今までできなかったことを始めますよ! 楽しみだなァ」。
本当は、給料は二の次で仕事をしたい。社会から必要とされたい。居場所を求めているのです。
「人生終わった」が口ぐせで、家でごろごろと無気力な人が、地面にビタッと貼りついて動かない「濡れ落ち葉」にたとえられます。仕事と同時に居場所まで失って、焦る人が少なくありません。
そんな「人生終わった」人の様子を、人材育成コンサルタントの佐藤英郎氏は次のように書いています。
定年になって、会社を辞めてから一カ月もすると、家にいても身の置き場がない、誠に哀れな状況になっているというのです。
なかには、定年退職した後も、以前と同じように、毎朝会社に出勤する時間になると身支度を整えて出かけ、公園かどこかで時間を潰し、夕方帰宅するという、笑うに笑えない例もあるのです。
これこそ、仕事が人生そのものと思っていた人が、会社以外に自分という存在を認識できなかった結果を物語っています。
(『気づく人、気づかぬ人』)
この「居場所を失った悲哀」こそ、本作が、「人生終わった」と感じるサラリーマンの魂を強烈にわしづかみにし、共感を呼ぶ理由なのでしょう。
「人生終わった」と感じる人に『終わった人』が痛烈に突きつけてくるのは「仕事は人生の目的なのか?」という問いかけでしょう。
喜びを与える「仕事」が、「人生の目的」だと、しばしばいわれます。しかし、才能を発揮して成功してきた人も、定年を迎えれば、思うままにならない現実にぶつかります。
仕事がすべてだった人は、仕事を失ったとき、人生終わったと思い、生きがいを喪失します。「肩書きを取ったら何が残るのか」「何を目的に生きればよいのか」、途方に暮れるのです。
イタリアの詩人・ダンテは、
と書き出し、『神曲』をつづりました。
肩書きや仕事を失って初めて、「仕事は生きる手段だった」と知らされる。”このまま死ぬだけのオレの一生か。職場から墓場までの間、一体、何のために生きるんだ”と、暗い森をさまよいます。「何の支柱もなかった」と、黄昏の人生に気づいたのでは、遅きに失するのではないでしょうか。
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