人気ゲーム「ドラゴンクエスト7」に、いっぷう変わった悪の親玉が出てきます。
このゲームはまいど世界征服をたくらむ悪いヤツをまいど勇者が倒しにいくストーリーですが、シリーズ7作目のボス・オルゴデミーラは、その世界征服の方法が独特でした。
海に浮かぶ大小さまざまな島をひとつずつ切り取っていくのです。
切り取られた島は世界から消えてなくなり、やがて世界は大海原のなかに小さな島がひとつだけというところまで追い詰められて、勇者よ、世界を取り戻せ、ゲームスタート!
となるのですが……。
私はこのオルゴデミーラに襲われるような体験をしました。
こんにちは。松井です。
私は難病の「クローン病」にかかっています。
この病気には厳しい食事制限があります。
みなさんがふつうに食べているのと同じ食事をすると、たちまち気分が悪くなり、激しい腹痛がおき、下痢をしてしまいます。熱がでて終日ウンウンうなることも。
難病の宣告を受けた日から、食べられるものが次のように制限されたのです。
2.食物繊維を制限しましょう。
3.タンパク質は植物性の食品や魚介類からとりましょう。
4.刺激のあるもの(香辛料、アルコール、炭酸飲料、カフェインなど)は避けましょう。
5.甘いもの、冷たいもののとり過ぎを避けましょう。
6.味つけは薄味に……。
7.1日の食べる量を守りましょう。
(日比紀文監修『第2版 クローン病の正しい知識と理解』)
ようするに、肉はダメ、お酒もダメ、スイーツもダメということ。おなかいっぱい食べるのも禁止。
おいおい、冗談でしょ!?
しかもこのクローン病、現代医学では原因不明で治療法はないとされている。
つまりこの食事制限が一生続くとのこと。
うそでしょ……ちょっと待ってよ……。
おれ、難病になったんだ
宣告を受けても、難病になった実感がわきませんでした。病院を出て、青い空の下をぶらぶらと歩いて帰りました。
当時は独身サラリーマンで、アパートに一人暮らしです。
「ハラへったな」
冷蔵庫をあけてみると、あわれ独身男、チューハイ1本が冷えているだけ。
チューハイを取り出して机に置き、しばらく眺めました。
これ……もう私とは関係のない物体だ。
缶をあけ、台所のシンクにドボドボと流しました。
つぎに戸棚をあけました。クッキーとチョコレートがあります。
これも……もうゴミなのか。
捨てようとして、ためらい、戸棚を閉めました。
食事になりそうなものは部屋にひとつもありません。
外に出ました。
いままでならアパートのとなりにある中華料理屋に飛びこむところですが、メニューを思い返すと、食べられるものがない。
しかたなく、道路を渡って正面のセブンイレブンに入っていきます。
「ここにあるもので、食べられるものっていったら何だろ」
弁当のコーナーを見る。
ダメだ……全滅。どれも肉料理がメインです。
パンとサンドイッチはどうか。これも似たようなもの。
おにぎりならどうだ。
棚をのぞいて、ため息がでました。これも肉や油ものが中心。おにぎり、お前もか。
かろうじて「梅」と「こんぶ」が食べられそうでした。
でもこれじゃタンパク質がとれない。あと豆乳でも飲むかな。豆乳の紙パックを手にとりました。
あ、でも、待てよ?
パックの後ろを見てみる。原材料名に「米油」とあります。
これもダメなのか……。
あきらめて、野菜ジュースに変更。
コンビニ袋をさげて部屋に戻ってきました。
おにぎり2つと野菜ジュースを口にしながら、ああ、おれは難病になったんだ、と思いました。
世界が少しずつ消えていく
会社づとめの身で困ったのが、昼食です。
いままでは外食でした。私にはそれが趣味でもあり、待ちに待ったお昼が来ると、オフィス街の路地裏を歩いて行き当たりばったりに店に入るのが何よりの楽しみでした。
ところが、いつもの道を歩いても、
「ここはダメだな」
定食屋さんを素通り。
「ここもダメか」
お気に入りだったラーメン屋を素通り。
「このまえのあれが最後のラーメンだったのか……」
入れる店が一軒もない。
これだけ多くの店が並んでいるのに。
歩いても歩いても、今まで入れた店が自分とは関係のないただの風景になっている。
いや、風景ですらない。
これじゃ存在しないのと同じだ。
世界の一部が切り取られて、なくなってしまった。そんな感覚です。
ああ。こんなことになろうとは。
食べることとドラゴンクエストしか趣味をつくってこなかったおのれの無粋を嘆きました。
日常は錯覚だった
しかしそれは、世界が失われる体験の始まりでしかなかったのです。
まもなく食べられるものは次のものだけとなりました。
○玄米ごはん
○豆腐
○野菜・海藻・豆・小魚いずれか1品
○リンゴ
○野菜ジュース
なんとか可能だったコンビニ食も、これで不可能に。
慣れない自炊をするため、スーパーをうろつきます。
お肉のコーナーを見て、
「ここは自分とは関係がないな」
加工食品のコーナーを見て、
「ここも関係なし、か」
スイーツのコーナーが視界に入り、目をそむける。こんなところは見ちゃいかん。
お菓子のコーナーへ。
まあ、だめとは思うけれどね。好物のクッキーを手にとり、原材料を確認してみる。苦笑して、棚に戻す。
男のくせにお菓子がないといられなかったのですが、すみからすみまで見渡しても、食べられそうなものがありません。
だよね……。
そうだ! せんべいならお米だし、大丈夫なのでは?
パッケージの裏を見る。
「植物油脂」
だめか!
広めのスーパーマーケットがずいぶんと狭く感じました。
店内のそこかしこの空間が消えてなくなってしまっているようでした。
玄米と煮豆、小松菜だけ買ってアパートに帰りました。
買い物袋を床におき、戸棚をあけて、 残してあったお菓子を処分しました。
翌日。
初めて自分で弁当をつくって出社。
昼休みになる。
以前は待ちに待った昼休み。
手にさげた弁当の中身をおもうと、なんだかみじめで、公園へ行って隠れるように一人で食べました。
外食店。コンビニ。スーパーマーケット。
そこで食べられる美味しい食事、食材。
それらがあることが日常だと思っていた。
錯覚だった。
これが世界だと思っていたのは錯覚だった。
マルティン・ハイデガーによると、世界は自分との関係性でできており、関係性が消滅すると世界が消滅するそうですが、その意味がわかりました。
ほんとだ。
世界が少しずつ切り取られていく。
とても住む世界が狭まった。
世界が自分と切り離されてしまった。
そして世界は消滅した
やがて医師の指導により食べられるものは次のものだけとなりました。
○玄米クリーム(玄米を粉にして離乳食状に煮たもの)
○豆腐
○青汁
(調味料は塩のみ)
すぐにいたむものばかりなので家で作ってすぐ食べなければなりません。
外食どころか、もう、弁当を持って外出もできない。
会社も辞めました。
突然の、食べ物との別れ。
コンビニとも外食店とも別れなければならなかった。
食とともに職も失った。
人と同じ食事を囲めなくなって、人付き合いもめっきり減った。
世界のほぼ全てが失われた感覚でした。
「人生ハ別離ニテ足ル」という漢詩を井伏鱒二は「サヨナラダケガ人生ダ」と訳しました。
会者定離(えしゃじょうり)という言葉もあります。会うは別れの始めなり。
食べ物だけではないんだ。
すべてのものが、会者定離なんだ。
きっといま会えている人も、会いたくないと思っている人とさえも、こんなふうに別れは突然、来てしまう。
バッサリ、人生の幕もおりる。
そうだったんだ。
一人暮らしのアパートで、食事といえないような食事をとるためだけに、朝起き、夜寝る。
何もない世界で。
何のために生きるのか、強烈に考えざるを得ませんでした。
なすべきことを速やかになさねば
それでもあきらめずに治療を続けていると、食べられるものが増えてきたのです。
同じ食事制限がすべての患者に当てはまるわけでなく治療法によって変わることも分かってきました。
いま、食べられるものを少しずつ探しています。
「あ、これ大丈夫だ」
世界がひとつ取り戻せた。
少しずつまた世界と出会っていく。
ゲームスタート!
でも……。
会者定離。サヨナラダケガ人生ダ。
これも、いつまでのことかな。
だいじなことを、急がなくてはいけない。
P.S.
何のために生きるのか、答えを持っていなかったら、どうにかなっていたと思います。
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