前回のお話は、こちらをごらんください。
立つことも這(は)うこともできない我が子、生後1年半で「長くは生きられない」と医師に宣告された長男、真一もありがたいことに、命ながらえております。
今回は少し時計の針を戻して小学校のお話です。
真一が、桃太郎!?
小学校の2大行事といえば学習発表会と運動会でしょう。
それは、一般の小学校も障害児たちが通う養護学校(現在の特別支援学校)も同じことです。
私もたまに、学校まで子供を送っていくことがあります。
「あら、真一君のお父さん、おはようございます。今度、学習発表会がありますから、ぜひ来てくださいね」
(私)・・・学習発表会といっても息子は歩くことも話すことも何にもできないからな。
「今年は劇をやりますよ」
(私)・・・劇なら歌や楽器よりはまだいいか、舞台の隅のほうにでも出させてもらえれば。
「真一君の学年は劇をやりますからね」
(私)・・・そうか、養護学校はクラス単位ではなく学年単位なんだ、みんな障害を持ってるから。1クラスは数人しかいないからな。
「桃太郎の劇をやることになりました」
(私)・・・だったら村人のひとりにでも、鬼の1匹にでもしてもらえたら嬉しいな。
「真一君は主役の桃太郎ですから、お父さん見に来てくださいね」
(私)・・・!?真一が桃太郎?セリフ言えませんよ?歩いて鬼ヶ島に行けませんよ?キビ団子を持つこともできませんよ????
「真一君、主役の桃太郎さんだから風邪ひいて休んじゃだめだよ」
明るい先生たち、ウソを言っているとは思えません。
でも歩けない、話せない、物をつかむこともできない真一が演ずるなんて、いったいどんな桃太郎だろう?
ひょっとして、養護学校の桃太郎は私の知っている桃太郎とは別のお話なのかな?
謎は深まるばかりの中、学習発表会当日を迎えました。
ドキドキ!我が子の桃太郎
合唱が終わり、楽器演奏が終わり、いよいよ劇、桃太郎の番がやって来ました。
舞台の上には民家のセットに山と川の背景が描かれています。
お爺さん役の男の子は山に芝刈りに、お婆さん役の女の子は川へ洗濯に……と始まりました。
私が知っている桃太郎とおんなじだ!
でも、真一はどうやって桃太郎を演ずるのだろう?話せないよ、演技できないよ、タイミングもわからないよ……。
頭の中が?(ハテナ)でいっぱいの中、とうとう、川上から大きな桃がどんぶらこ、と流れてきました。
お婆さんが家に持ち帰った大きな桃、お爺さんが割ってみると、中からはなんとびっくり男の子!
ウワーッと叫びながら両手両足を大きく伸ばす真一が!
拍手喝采!みんなが、真一桃太郎を笑顔で迎えてくれています。
大きな大きな拍手の中で幕が閉じ、第一幕が終了しました。
そうです、真一は桃から生まれるまでの桃太郎の役だったのです。
こんなにたくさんのことができるんです
劇が終わって、先生が話をしてくれました。
「真一君はお散歩が大好きで、気持ちがいいと、ウーッと声を出して教えてくれるんです。
元気な声が出せるんです。
気持ちよくってウトウトしている時に友達が大きな声を出すとビックリして目を覚ますんです。
よーく耳が聞こえてるんです。
木陰から明るい場所に出るとまぶしいよって目をつぶって嫌な顔をするんですよ。
明るい暗いがとても良く分かるんです。
あんまり散歩が長くなると、もう帰ろうよって手足を伸ばしてイヤイヤを表現してくれるんです。
声が出せる、音が分かる、明るい暗いもよく分かる、手も動かせる、足も動かせる。
真一君は、こんなにたくさんのことができるんです!」
このできることを組み合わせたのが桃太郎の誕生でした。
桃の張りぼての暗い中でユラユラと揺らされながら舞台中央へ。
桃がパカーンと割られると、まぶしいスポットライト、お父さんやお母さん友達たちの拍手喝采!
明るくて、うるさくて、びっくりしてウーッと声上げながら手足を伸ばす。
それは桃から生まれた桃太郎、誕生シーン以外の何ものでもありませんでした。
そうか、私は話せない、歩けない、物がつかめない、できないことばかりを考えていた。
でも先生たちは違いました。
声が出せる、耳が聞こえる、できることに目を向けてくれていました。
そしてそのできることを組み合わせて、素敵な素敵な物語のワンシーンを作ってくれました。
できることに目を輝かせて精一杯頑張る障害者とその支援者たちは、「あと一歩だ、あと少しだ、もう1回やってみよう」と、みんな生き生きとチャレンジを重ねています。
失敗なんて恐れません。恥ずかしい?何が?ナイスチャレンジね!と、みんなが笑顔です。
忙しいから、やったことがないから、若いから、もう年だから、お金がないから……。
そんなできない理由ばかりに目を向けて、少し頑張ればできることなのに一歩を踏み出そうとしない、そんなできない理由を探すことに一生懸命な健常者が、多くありませんか?
どちらが人として素敵なんでしょうか?素敵な生き方なんでしょうか?
またひとつ大切なことを教えてもらいました。
つかめない手で引っ張ってくれ、歩けない足で私を歩かせてくれる私の先生が、真一です。
これからも一緒に歩いて行こうね。
(つづく)
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