生と死

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「オレの存在意義ってあるの?」やる気ないアイツが1年で別人になった訳

「オレって必要?」自分の存在意義に悩んでいるのは、あなただけじゃない

こんにちは、えだまめです。

「自分はこの世の中で必要とされているのかな?」と悩んだこと、皆さんにはありませんか?

〝今まさに悩んでます。こんなことを考える私はおかしいですか?〟という人もあるかもしれませんが、いいえ、決してあなただけではありません。インターネットにも、同様の声があふれています。

  • 「オレは生きてる価値あるんでしょうか?必要とされているのかな?」
  • 「自分の存在意義がわかりません。もし今、自分がいなくなっても、世の中は何も変わらないと思う」
  • 「自分なんかいないほうが、家族も周りもみんな幸せなんじゃないか」
  • 「私じゃなければいけない理由なんてどこにもない。いくらでも代わりがきく存在」
  • 「生きることに興味が無いです。かといって死にたいかって言われたら嫌だし病気も怖いけど」
  • 「私みたいなクズが生きてていいのでしょうか?親にも産まなきゃよかったって言われてきました」
  • 「生きる意味がわからない。今は、両親を悲しませてはいけない、という1点だけで生きています」
  • 「自分に存在価値があるのか、考えても出ることのない答えに寂しさを感じている」

この中の1つでも、あなたの気持ちと当てはまったなら、ぜひ、この続きを読んでいただきたいと思います。

「オレの存在意義なんて」とやる気ないアイツと1年ぶりに再会したら……

〈オレの存在意義なんてないよ〉

そんな声を聞くと親友の高校時代を思い出す、と語るのは、東京の銀行員・佐野元紀さんです。

佐野さんは広島県の出身で、今も故郷にいる親友・神田さんについて、

「彼は、学校の成績はわりと優秀なほうだったと思いますが、いつもどこか無気力でした。でも、高校を卒業してから1年ぶりに再会した時は、別人みたいにエネルギッシュになってて驚いたんですよ」

と語っています。友人の神田さんに、一体何があったのでしょうか。詳しく取材すると、「生きてる意味はあるのか?」と悩みを抱える私たちが、幸せになれるヒントがありました。まずは、佐野さんに話を聞いてみましょう。

とにかくいつも無気力だった

神田とは、中学時代からの友人です。違う中学でしたが、同じ学習塾に通っていました。たまたま同じ高校に進学して、仲良くなりました。

彼は、勉強はまあまあできるんです。でも、何かに一生懸命取り組む感じではなかった。

部活動も、適当に入っておくかーという感じでバドミントン部に誘われて、私にも深い考えはなかったので、一緒に入りました。練習はそれなりに、ゆるーくやっていました。

神田が、みんなとワイワイ騒いでいた記憶もないですね。むしろ、他人と距離を置いている感じでした。とにかく、いつも無気力に見えました。

私は言われたことはなかったのですが、何人かの友人から聞いたのは、テスト勉強していたり、体育祭の準備に張り切っていたりすると、「そんなに一生懸命やって、何になるんや?」みたいなことを神田から言われたそうです。頑張っている人を見ると冷やかしたくなったんでしょうね。

あれ?アイツが人生を熱く語ってる!

高校を卒業して、2人とも県外の大学に行きました。神田は大阪、私は東京でした。

1年くらい経った頃、彼から「明日、用事で東京に行くけー」と電話があったので、翌日、久々に会いました。

するとまあ、しゃべるしゃべる。顔中を口にして、イキイキと。

〈あれ?神田ってこんなキャラじゃったっけ?〉と戸惑いながらも聞いていると、

「最近、仏教を聞いとるんじゃ。人生には目的があるんよ。それを教えているのが仏教なんや!」。

〈オレの存在意義なんてないし、一生懸命生きてどうする〉と無気力だった男が、人生を熱く語っている!?

「実は明日、仏教セミナーが開かれるけー。それで東京に来たんよ。佐野君も一緒に行こう」

突然、仏教のセミナーに誘われたので驚きましたが、私の広島の実家は寺町にあり、幼い頃から寺が身近な存在だったので、仏教に悪いイメージはありませんでした。〈神田を変えたなんて、どんな話なんかな?〉と気になったので、半日だけでも行ってみることにしたのです。

「オレの存在意義はない」と言っていたやる気ない友人はこうして変わった

何事にも無気力だった神田さんを、熱い男に変えたのは、仏教との出会いでした。そもそも、なぜ高校時代までは〈オレの存在意義はない〉と思っていたのでしょう。
今度は、神田さんに語ってもらいました。

高校までは「人生に目的は無い」と思っていました。分からないから「無い」としか思えなかっただけなんですが、そう思うようになったきっかけは、3歳までさかのぼります。

3歳の時、脳腫瘍を患っていた兄が、わずか8歳でこの世を去りました。私は幼すぎて、「死ぬ」ということがよく分かりませんでしたが、両親や親戚が泣いて悲しむ姿に驚いたことは覚えてます。

それからも、兄のことが時々思い出されました。何度も手術して「頭が痛い」と苦しむ姿。だんだん衰弱していく姿。死んでいく姿――。

〈どうして悲しいのだろう?〉

その意味を考え続け、5、6歳くらいになって分かってきたのは、「やがては自分も兄と同じように死んでいかねばならん」ということでした。

「君の未来をズバリ当ててやろう。君、死ぬよ」

クラスメイトを捕まえては、そんなことを言って驚かせてみるものの、本当は自分が一番、死を恐れていました。

〈人は必ず死んでいかねばならない。この限られた命で、何をすれば満足できるのか?〉

答えを探すべく、周囲の大人たちを観察するようになったのですが、すぐに「当てにならんな」と悟りました。毎日必死に働く両親は、いつも疲れていて、ケンカが絶えませんでした。祖父母は寄る年波に勝てず、体の自由がきかなくなって嘆いてばかり。大人たちに聞いても、答えは無さそうでした。

やがて、「頑張ったところで、死んでしまえば意味もなくなるのだから」といろんな苦労をあきらめてしまったのです。中学生の頃には、『ギネスブック』を愛読していたのですが、世界一の大記録に憧れたわけではありません。「そんな世界一になったところで、死んだら意味なんかないのに」と確認したくて読んでいたようなものです。

「一生懸命やってどうすんの?」が口癖

高校は進学校でしたが、勉強にも価値を見いだせず、効率よく済ませて、まあまあの成績を取ればいいと思っていました。学校行事も面倒で、体育祭などもサボりました。受験勉強に励む人、体育祭にやたら張り切る人などを見ると、

「大学に入るためだけの勉強に、そんなやる気を出して何になるの?」

「どうせ死ぬのに、楽しいか?」

とつい言ってしまう。たいがいは「やる気無くすようなこと言うなやー」と笑われましたが、別に冗談のつもりじゃなかった。やがて死んでしまえば、受験勉強も体育祭も意味なんてない。17、8歳の一番いい時期に、そんな意味のないことやっててどうすんの?って疑問を投げかけたかっただけです。

友達も、やがて失うなら最初から持たないほうがいいと思って、深く付き合おうとしなかったのですが、中学時代から知っている佐野君とは、比較的よく話をしていました。彼は、言われたことをコツコツと地道にこなすタイプですが、どこか冷めていて、そういうところが厭世的な自分とは合ったのかもしれません。

親元を離れたい思いから、卒業後は大阪の大学に行きました。そこで知り合った先輩から、ある日、セミナーに誘われて、軽い気持ちで参加したのが仏教との出会いでした。

「オレの存在意義ってあるの?」の疑問が仏教セミナーで解消

軽い気持ちで参加した仏教セミナーの話に、ことのほか感動した神田さんは、続けて足を運ぶようになりました。そして、「皆にも聞いてほしい」と高校の同級生にも次々と呼びかけます。東京でもセミナーが開かれると知り、佐野さんにも声をかけたのです。

「最近、仏教を聞いとるんじゃ。人生には目的があるんよ。明日、一緒に聞きに行こう!」
神田さんの勢いに押されて、セミナーに参加することになった佐野さん。親友を変えた仏教の話とはどんなものだったのでしょうか。
再び、佐野さんに語ってもらいました。

翌日、神田に教わった会場に行くと、セミナーは既に始まっていました。テーマは、日本の有名な古典『歎異抄(たんにしょう)』だったと思います。

人は、苦しみにあうと「なぜ?」と問わずにいられなくなります。

生きることが楽しく、幸せなことならば、誰も「なぜ生きねばならないの?」と思いません。生きること自体が大変で、苦しいから、
「私は何のために生まれてきたのか」
「何のために生きているのか」
「どんなに苦しくとも、なぜ自殺してはいけないのか」
と問わずにいられないのです。

私たちは決して苦しむために生まれてきたのではありません。生きているのでもありません。すべての人は、幸福を求めて生きている。これに異論はないでしょう。

仏教では、幸福と言われるものを2つに分けます。相対的幸福といわるべきものと、絶対の幸福といわれるものです。

相対的幸福とは、一時的な喜びや満足をいい、続かない、やがては必ず、悲しみや苦しみに転化する幸福をいいます。日々、私たちが求めている生きがいや喜びです。

これらの幸福は、今日あって明日なき無常の幸福です。常に壊れはしないかという不安がつきまとっていますから、本質的にいっても、真の幸福とはいえないのです。

たとえ大禍なく続いたとしても、死に直面すれば、総崩れになること必定です。しかも私たちは、死の運命から逃れることはできませんから、このような幸福で、心からの安心満足が得られるはずがないのです。

もう一つの「絶対の幸福」とは何か。
有名な古典『歎異抄』では、「無碍の一道」といわれ、一切が障りにならない幸福をいいます。仏教を聞き、この絶対不壊の幸福になることこそが、すべての人の生きる目的である、と明らかにされたのが、仏教を説かれたお釈迦様なのです。

「絶対の幸福は死に直面しても崩れない幸福じゃけえ。初めて聞いた時、オレが今まで求めてきた答えが仏教にあったんや!とうれしかったなあ」

セミナーの後、神田はまた熱っぽく語っていました。

私は、生きがいは一時的な喜びや満足、という話が特に心に残りました。大学のサークルでもバドミントンを続けていましたが、やっている時は楽しいのですが、後は何も残らない。満足感がないなー、とうすうす感じていたからです。

その後も、たびたび神田と会って話を聞きました。というか、彼が一方的に話していることが多かったのですが……。会うたびにますます活動的になっていると感じていました。

しかし、私が銀行に就職してからは、毎日仕事に追われるあまり、神田と会う時間もなくなってしまいました。

自信に満ちたアイツの姿に引かれた

「今度、近くでセミナーが開かれるけど、久々にどう?」

神田から再び誘いの電話があったのは、30代半ば、職場でも中堅になり、生活にも少し余裕が出てきた頃でした。当時は転勤で兵庫県にいました。

広島から会いに来た神田は、さらにエネルギッシュになっていました。今は家業を継ぎ、営業の仕事で人と話すのが楽しくてしょうがない、と言っていました。〈オレの存在意義なんてない〉と他人と距離を置いていた高校時代からは想像もつかない、自信に満ちあふれた姿でした。

その彼が、10年以上変わらずに聞いている話なら信頼できると思いました。神田の姿と論理的な話に引かれて、もっと仏教を知りたくなったのです。

「オレにも存在意義があるんだ」と心晴れるセミナー、あなたの近くでも

その後、再び転勤で東京に戻った佐野さんは、近所で開かれている仏教セミナーに、自ら足を運ぶようになりました。話を続けて聞いていくと、少しずつ仏教独特の言葉の意味が分かってきて、ますます聞きたくなったといいます。セミナーには、佐野さんと同年代のビジネスマンも多く参加しており、交友関係も広がったそうです。

「今も神田と会うと、『今度、同級生の○○を誘って、一緒にセミナーに行こうと思うんや』などと話が盛り上がります。私も、彼が声をかけてくれたおかげで仏教に遇えたので、感謝してもし切れないなと思っているんですよ」

「オレにも存在意義がある」と心晴れる仏教セミナー。東京だけでなく、全国各地で開催されています。

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この記事を書いた人

編集者&ライター:えだ まめ



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