幸せとは

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本当の幸せとは何か?後悔しない生き方を豊臣秀吉の辞世の句から学ぶ ~本当の幸せを見つける3つのポイント

「本当の幸せ」を見つける3つのポイントについて、シリーズでお届けしています。
以前の記事をまだご覧になっていない方は、先にこちらからお読みください

本当の幸せとは何か?「本当の幸せ」を見つける3つのポイント

本当の幸せとは何か? 後悔しない生き方を豊臣秀吉の辞世の句から学ぶ

今でも人気の高い、天下人・豊臣秀吉。彼はどれくらいの財産を持っていたのでしょう? 今日はその驚くべき額と秀吉が私たちに遺した辞世の句を通して、本当の幸せとはなにか、「幸せ」と「本当の幸せ」の違いについてお話ししたいと思います。

豊臣秀吉はどれほどの財を持っていたか

天下を統一し、太閤にまでのぼりつめた秀吉彼の財産はどれほどだったか色々な角度から試算してみました。(※計算の仕方は種々あるので誤差が生じることはご了承ください)

結果は……











約555億円!

 なお、どのような計算をしたか気になる方は、次の四角の中をお読みください。

 

最盛期(1591年頃)の秀吉の石高(こくだか)は

222万石(ごく)といわれます。

でも、222万石といわれても現代ではピンとこないですよね。

少し計算してみましょう。

米1石(こく)は、1000合です。

重さにして、150キログラムになります。

当時の米の価値からすると、1キロが約1000円

そうすると150キログラムは、

1000 × 150 = 150000 

約15万円です。

つまり、

米1石 = 1000合 = 15万円

となります。

当時は、石高の半分を農民に、残り半分を領主が受け取っていました。

※これを五公五民(ごうこうごみん)といいます。日本史で習いましたね。

つまり、222万石なら、その半分110万石分の収入があることになります。

ということは、

110万石×150,000円=165,000,000,000円

年間1650億円。

臣下の取り分が3分の2だったようですので、その分を差し引くと、

約555億円

だまっていても入ってくる年収が555億円です!

ちなみに100万円の札束は約1cmの厚みになります。
1000万円では10cmになり、
1億円では、100cm(1m)。
10億円で10m。
100億円が100m。

ですから、555億円は、555m。
ビルにして150階ほどの高さになります!

しかし、秀吉にとっては555億円は財産のほんの一部にすぎません。

豊臣秀吉のマイホーム・大阪城の建築費

大阪城の建築費は 約800億円だったといいます。


 (大阪城)

スカイツリーでも建設費は約400億円。総事業費は約650億円でした。


(Author Kakidai)

現在、日本で最も高いビル (60階 300メートル)あべのハルカスでも、建築費約760億円


(Author Oilstreet)

ですから、スカイツリー、あべのハルカス以上の経費をかけられてつくられたのが大阪城であり、秀吉のマイホームです。

豊臣秀吉のへそくりはどれくらいか

さらに、秀吉の金銀目録によれば、大坂城の蔵には、黄金9万枚、銀16万枚を蓄えられていたといいます。これまた一体いくらぐらいの価値なのでしょうか。
計算してみた結果は……











約6315億円です!

※こちらの計算式も記しておきますので関心ある方はどうぞ

 

戦国時代頃の金1枚が、約米45石だったようなので、

黄金9万枚は、45×9万 =405万

1石が15万ですから、さらに15万をかけると

405万 × 15万 = 607,500,000,00 = 6075億円

銀1両は、米1石

1石が15万なので、銀16万枚は、 

16万 × 15万 = 24,000,000,000 = 240億

ということは大坂城の蔵にあった、黄金9万枚銀16万枚は、

6075億 + 240億 = 6315億

いわゆる、へそくりというか

タンス貯金に当たる額が6315億です!

豊臣秀吉の財産まとめ

上記のものをまとめてみると、こうなります。

・年収   555億円(石高のみで計算。その他の収入は含まず)

・へそくり  6315億円

・マイホーム 800億円

これ以外にもどれだけの財産があったか計算できないほどですし、権力は現代の大統領や首相とはケタ違いです。そんな豊臣秀吉ですから、200兆円の埋蔵金が今なお眠っているという伝説も伝えられています。
こんな逸話もあります。

ある時、飼育係が不注意で、秀吉がかわいがっていた鶴を逃がしてしまいました。打ち首は免れないと、覚悟してお詫びに参上した飼育係に、秀吉はこう言ったという。
「鶴は中国まで逃げたか、それとも印度まで行ったか」
「いえそれはこの日本のどこかにいるはずであります」
すると秀吉はカラカラと笑い、こう言った。
「それなら案ずるにおよばぬ。日本国内ならわしの庭ではないか、すておけすておけ」

今や日本は、わしの意のまま。万(よろず)とぼしからず

とまで豪語した豊臣秀吉を象徴するエピソードです。 これだけのものがあれば、そうとうの幸せを得たことでしょう。

ところが…… 

「本当の幸せの見つける3つのポイント」と豊臣秀吉の幸せ

問題はここからです。

日本の天下統一を果たし巨万の富と絶大なる権力をえた秀吉でしたが、今度は、大明帝国の征服を目指し、その過程で朝鮮出兵をおこないます。日本一国では満足できなかったようです。


(釜山鎮城攻略の様子で左に密集しているのは上陸した日本の軍)

本当の幸せを見つける1つ目のポイント

本当の幸せを見つけ3つのポイント(ポイント1)は「キリがない幸せは永遠の不満(⇔満足)をともなうから本当の幸せとはいえない 」というものでした。

本当の幸せを見つけ3つのポイント(1)

 キリがない = 不満 (⇔満足)

 本当の幸せとはいえない

どうやら豊臣秀吉も、この例に当てはまってしまうようです。

本当の幸せを見つける2つ目のポイント

また、豊臣秀吉は、フロや便所にまで隠し堀を引いて舟を浮かべ、いつ襲われても脱出できるようにしていたといいます。フロは人が一番くつろげる場所の一つですし、トイレも他人の目を気にせずすむ場所です。
しかし秀吉にとっては、最も無防備な場所であり、いつ命狙われるかわからない不安なところだったのです。便所を広くしたのも、外から槍でつかれても届かぬようにしたという説もあります。

あなたは、フロやトイレで命の心配をしておられますでしょうか?もしそうでなければ、秀吉より幸せともいえましょう。

そして、自らの立場を脅かす最大勢力、徳川家康には特に神経を使い、妹を嫁がせ、母を人質にまで出しています。現代の日本で、家族を人質に出さねばならない人っているのでしょうか?

人は山の頂上までは登れるが、いつまでも止まることはできない。得たものが大きいほど、失いたくないの気持ちは増大し、失う不安もまた深まる。

豊臣秀吉は、天下と共に不安と恐怖をも手にしたのです。

本当の幸せを見つける3つのポイント(2)

続かない = 不安 (⇔安心)

これも当てはまるようです。

さらに、織田信長の子供を自害させたことからか、夢の中で信長の亡霊にうなされたりもしました。晩年の秀吉は奇行が目立ち、失禁することもしばしばあったようで、認知症だったのではないかといわれています。床に臥す豊臣秀吉を見舞った人に宣教師のロドリゲスは

干からびたかのように衰弱しておりぼろぼろになっている。まるで悪霊のようで人間とは思えない

と記しています。

幾多の戦いに勝利した秀吉も、老いの前には防戦一方となります。

本当の幸せとは何か? 豊臣秀吉の辞世の句は、私たちへの遺訓

秀吉はその生涯を振り返り、辞世の句を残しています。

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」
  (豊臣秀吉 辞世の句)

」とははかないものの代名詞。葉上にキラリと光ったかと思えばもうポタリと落ちているのが露。しばし止まっても日の光によってフッと消えゆき跡形もない。

難波」とは、権力を思うがままに振るった大坂のこと。

天下統一を成し遂げ、大坂城を造り、巨万の富を築き、大権力を掌中におさめ、金と女にたわむれた……、それらは皆、夢の中で夢を見たようなものでしかなかった、はかない中にもはかなかったと、血の涙を流しているようです。

この辞世の句は、時を超えた私たちへのメッセージと思わずにはいられません。

これは「最高の富を得、最上の地位を得ても、まことの幸せにはなれぬのだぞ。道を間違ってはならないぞ、間違ってはならないぞ」

という私たちへの遺訓ではないでしょうか。命に変えて伝えてくれた豊臣秀吉の辞世の句を、私たちは決して忘れてはならないでしょう。

かくして太閤秀吉は、老いと病と死の前に破れこの世を去ります。享年62歳でした。

本当の幸せを見つける3つ目のポイント

本当の幸せを見つける3つ目のポイントは、「死を前に、色あせたり、力を失ったり、崩れてしまう幸せは本当の幸せとはいえない」というものでした。
「夢のまた夢」の豊臣秀吉は、これまた当てはまってしまいます。

老いと病と死を超えた本当の幸せとは何か

豊臣秀吉の一生を振り返るとき、仏典に記された次の言葉が胸に響きます。

人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。
しかし、この求めることについては、誤ったものを求めることと、正しいものを求めることの二つがある。
誤ったものを求めることというのは、自分が老いと病と死とを免れることを得ない者でありながら、老いず病まず死なないことを求めていることである。
正しいものを求めることというのは、この誤りをさとって、老いと病と死とを超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることである。

(釈迦)

「幸せ」と「本当の幸せ」の違いをここにみることができます。一見輝かしい幸せも、老いと病と死から見ればどうでしょう。それは本当の幸せといえるでしょうか。老いと病と死を超えたもの、言葉を換えれば老いと病と死が来ても崩れない幸せこそが、本当の幸せではないでしょうか。

しかし、「老いと病と死が来ても崩れない幸せ」と聞けば、「それはまさに超人的な特別な人にしか達せられない境地だろう」と思われるかもしれません。豊臣秀吉でさえ本当の幸せになれなかったんなら、私なんて絶対ムリ、と思われることでしょう。

ところが、あきらめる必要はありません。

驚くことに、欲もあり、腹もたて、ねたんだり恨んだりする普通の人間が、ありのままの姿で本当の幸せになれると仏教で教えられているのです。

このことについて、いよいよ次回、お話ししたいと思います。

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