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AIが描けない未来、私たちが生きる意味 |マッキンゼーと『歎異抄』

こんにちは、齋藤勇磨です。

私たちの生活の中に、AI(人工知能)が当たり前のように存在する時代になりました。

ニュースを見れば連日のように新しい技術が紹介され、「これからはAIを使いこなせないと仕事がなくなる」といった少し不安になるような言葉も飛び交っています。

先日、世界的なコンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーのトップ、ボブ・スターンフェルズ氏が語った言葉が大きな話題となりました。

彼は、自社で2万5000もの「AIエージェント」が稼働し、半年間で250万点ものグラフを作成したことを明かしたのです。

人間がやれば膨大な時間がかかる作業を、AIは一瞬で、しかも正確にこなしてしまいます。

「それでは、人間の役割はもう終わってしまうのでしょうか?」

そんな問いに対して、彼は明確に「NO」を突きつけました。そして、AIには決して真似できない、人間だけが持つ「3つのスキル」を挙げたのです。

マッキンゼーが定義した「人間だけの3つのスキル」

スターンフェルズ氏が挙げた「AIにはできない、人間だけのスキル」。それは、「志を抱く能力」「判断力」「真の創造性」の3つでした。

まず1つ目は、「志を抱く能力(Aspiration)」です。

AIは命令されれば、どんな複雑な計算もシミュレーションも完璧にこなします。

しかし、「そもそも、なぜそれをしたいのか?」「次はどこを目指したいのか?」という問いを自ら立てることはできません。

「Why(なぜ)?」を問い、目的地を決めて情熱を注ぐことができるのは、心を持つ人間だけなのです。

2つ目は「判断力(Judgment)」です。

AIには「正解」や「不正解」という倫理的な概念がありません。

膨大なデータの中から「もっともらしい答え」を出すことは得意ですが、「それは人として正しいことなのか」「社会にとって適切なことなのか」という判断は下せません。

何が善で、何が悪か。その「物差し」を決めるのは、私たち人間の責任です。

そして3つ目が「真の創造性(True Creativity)」です。

現在のAIは、基本的に過去のデータの延長線上で動いています。

しかし人間は、時として論理の飛躍を恐れず、全く新しい発想を生み出すことができます。

それはしばしば「非合理」に見えるかもしれませんが、その非合理な情熱こそが、世界を変えるイノベーションを生んできたのです。

効率やスピードはAIに任せればいいでしょう。

この3つのスキルの中でも、私たちが特に問われているのは、1つ目の「志」、つまり、「何のために生きるのか?」という、生きる目的そのものなのです。

世界が認める『歎異抄』

では、その「生きる目的」について、私たちはどこで学べばよいのでしょうか。

ここで注目したいのが、日本が誇る古典『歎異抄』です。

最近、映画『国宝』が大ヒットし、実写映画として記録的な興行収入を上げていることが話題ですが、「国宝」といえば、かつて劇作家の倉田百三が『歎異抄』を評してこう語ったことを思い出します。

「歎異鈔よりも求心的な書物は恐らく世界にあるまい。(中略)文章も日本文として実に名文だ。国宝と云っていい」

『歎異抄』は、鎌倉時代後期に親鸞聖人の弟子である唯円(ゆいえん)によって書かれました。

前半は師の言葉をそのまま記し、後半は誤った解釈を正す内容で構成されています。

この1冊が、なぜこれほどまでに人を惹きつけるのでしょうか。

歴史小説家の司馬遼太郎は、かつて「死んだらどうなるか」という問いを抱えて本屋に行き、『歎異抄』に出遇ったといいます。*司馬遼太郎 全講演[1]

そして、「非常にわかりやすい文章で、読んでみると真実のにおいがする」と語りました。

他の本には感じた「空気が漏れているような嘘くささ」が、ここにはなかったと。

ある記者から「無人島に1冊の本を持っていくとしたら?」と問われた際、彼は迷わず「歎異抄だ」と答えています。

また、ドイツの哲学者ハイデガーも晩年に英訳を通じてこの書に出遇い、「もし10年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったら、自分はギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった」とまで感嘆しました。

時代も国境も超えて、知の巨人たちを唸らせてきた『歎異抄』。そこには、単なる教訓ではなく、人間の魂を揺さぶる「何か」があるのです。

変わらない幸せ、「なぜ生きる」の答え

では、これほどまでに人々を惹きつける『歎異抄』には、一体何が書かれているのでしょうか。

その最大の特長は、私たちが心の奥底に抱える「なぜ生きる」という問いへの答えが、ハッキリと明らかにされている点にあります。

それは、「人間に生まれてよかった」と心から大満足できる境地です。

そして、この幸福は、一時的な気休めではありません。永久に変わらぬ幸せです。

たとえ、予期せぬ事故や災難に遭っても、老いや病で不自由な身体になっても、そして死を前にした時でさえ、決して崩れることはありません。

『歎異抄』では、その素晴らしい世界のことを、第1章では「摂取不捨(せっしゅふしゃ)の利益」、第7章では「無碍(むげ)の一道」という言葉で示し、詳しく説かれています。

「摂取不捨」とは、「ガチッと摂(おさ)め取って、決して捨てない」という意味であり、「無碍の一道」とは、何ものにもさまたげられない自由自在な幸福のことです。

AIがどれだけ進化し、生活を便利にしてくれたとしても、このような「絶対に崩れない幸せ」「生命の歓喜」を提供することはできません。

それは『歎異抄』だけが教えることができる、人間の魂の領域なのです。

真の目的を知り、輝く人生を

「真の生きる目的」を知り、その目的に向かって突き進んでこそ、私たちの人生は初めて輝き始めます。

どれだけ効率的に作業をこなしても、どれだけ膨大なデータを処理しても、AIには「自らの人生を輝かせる目的」を持つことはできません。

それは、心を持つ人間だけに許された特権であり、喜びです。

その「生きる目的」が記された『歎異抄』は、まさにAI全盛のこの時代だからこそ、私たちが手に取るべき必読書と言えるでしょう。

AIには描けない、人生の確かな指針となる『歎異抄』の世界を、一緒に学んでみませんか。

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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