幸せとは

幸せとは

【世界三大幸福論】小説『フライザイン 死に対して自由な心を求めた僕と彼女と妹の物語』

第一話から読む

【世界三大幸福論】早稲田美桜の世界(三月十一日)

《〝 あのこと〟って》

 部屋に戻った吾輩は、両肘を机につき、両手でアゴを支えながら二人の会話を想像した。

《きっと婚約のことだろう》

 モヤモヤした想いが、胸のあたりを燻(くゆ)らす。

《確かにルイスハズキの父親の恩義を思えば関係は大事にせねばなるまい。経済面も、顔の広さも、画家としての龍一郎にいい影響を与えるに違いない。だが、それはそれ、これはこれ、だ》
 雑念を振り払うようにかぶりを振る。

 クイッとメガネを押し上げ、机の上の書籍に向かう。

「人間だれ一人として幸福を求めないものはない。
 幸福を求めるということ以上に、あらゆる人に共通した考えはない」
             ヒルティ『幸福論』

 確かに人は、不幸を厭い、幸せを求めるものだ。すべての行為はここに行き着く。だが、そのことをハッキリ意識する人は多くはないようだ。実際、チグハグな生き方をしていることが少なくない。
 金の奴隷になる者。恋人に振り回され、苦しみの日々を嘗める者。名声の魅力にとりつかれ破綻する者……。

 本当は、金や恋人などが欲しいのではない。それらを通して「幸せ」が欲しいのだ。安心、満足、充実といった、喜びを手に入れたいのだ。
 試しに自分に問うてみればよい。もし「金」が欲しいと思うのなら「それは何故か」、と。「金があれば、好きなものが買えるから」とある人は答えるであろう。「では、なぜ、好きなものが買えるようになりたいのか」と再び尋ねてみる。そうすれば、「それが手に入れば満足だから」、という答えになるかも知れない。その満足とは「幸せ」のことだ。

「お金が欲しい」

  ↓ なぜ?

「金があれば、好きなものが買えるから」

  ↓なぜ、好きなものが買えるようになりたいか

「好きなものが手に入れば満足だから」

  ↓それは

「満足したい」ということ。

  ↓それは

「幸せになりたい」ということ。
 (幸せ=安心・満足)

 すべてがこのように、「なぜ欲しいのか」「どうして手に入れたいのか」と尋ねていけば、最後必ず「幸せになりたいから」にたどり着く。
 このことをプラトンは、著書『饗宴』で、ソクラテスと、ある女性とのやりとりを通して明らかにしている。

 幸福は、人が求める一番根っこの部分であり、幸福とは何かを学び、知ることは万人にとって最も大事なことなのだ。 
 だが、こう聞いても、そうだろうかと頭をひねる人もあるだろう。「すべての人にとって共通」という部分が引っかかるのだ。だから、ヒルティはこう続けている。

「ただ、幸福の内容はどんなものか、また、この世で幸福を見出せるかどうかは、考えが一致しない」
             (ヒルティ『幸福論』)

〝 何が幸福か?〟
 こうなると意見が分かれる。百人百様だ。
〝 本当の幸福とは何か?〟
ともなれば、自信をもって答えらえる人は極めてまれになる。そこで様々な『幸福論』が書かれるのだ。

 ここで、『幸福論』にも二種類あることを把握しておかねばならぬ。
 この二つは、一つの前提によって分かれる。
 前提とは、〝 死を考えに入れるか、否か〟だ。

 死を考えなければ、「日常の幸福論」。
 死を念頭に入れれば、「人生の幸福論」。

 同じ『幸福論』でも、内容はかなり違う。「日常の幸福論」は「よりよく生きる方法」を扱っている。このような、「日常の幸福論」は分かりやすく、何をすればいいかもイメージしやすい。

 それに対して、「人生の幸福論」の多くは、難解で、抽象的で、イメージしにくいものだ。「死」という認識不可能な問題から「幸福」を論じるのが人生の幸福論だから、そうなるのは仕方がないのかも知れない。

 だからといって「人生の幸福論」を無視していい訳ではない。それどころか「人生の幸福論」こそ重要なのだ。それは、「日常の幸福」と「人生の幸福」の関係が分かれば自ら明らかになる。
〝 命あってのモノダネ〟と言われるように、日常の幸福はすべて、命あることが大前提だ。その大前提となる土台が崩れたら、日常の幸福は破綻する。

つまり、家を建てるには、土台から始めるように、真の幸福を見出すには人生の土台に着目せねばならぬ。この土台がグラついていたら、どんな美しい〝日常の幸福〟という建物も、根底から破綻するであろう。その土台を論ずるもの、それが「人生の幸福論」なのだ。

 さて、ここまでで一つ目の課題は寝かせることにして、もう一つの課題に取り組むことにしよう。
 吾輩は、本棚から、一冊の本を手に取った。

千二百ページにのぼるサルトルの主著『存在と無』

その実質的な最後の章に入る。いままで以上にじっくりと心を傾注させた。
 最後の一文が目に飛び込む。それは、殴りかかるような言葉だった。凝視して押し返すと、火花が散った。思わず立ち上がると、その拍子にイスが倒れて転がり、マヌケな音が響いた。
深く息を吐き、本を閉じる。瞼を伏せ、軽く頭を左右に振った。ちょっとだけ心を落ちつけてから窓際へ足を運び、ベージュ色のカーテンの隙間から龍一郎のアトリエへ目を向ける。ほんのりと浮かぶ灯りが見えた。


《早く休めと言ったのに》

 両のコブシをぎゅうと握りしめる。体調の心配と、婚約への不安が入り混じる。体を翻し、鏡の前に身を移すと、無力な一人の女がいた。右手で胸元をおさえ、肺の息を吐ききってから、スプリングコートをはおり、ドアノブに手を伸ばした。

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