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映画『ボヘミアン・ラプソディ』から考える私たちの生きる意味

こんにちは、齋藤勇磨です。

世界的なロックバンド「クイーン」と、ボーカルのフレディ・マーキュリーを題材にした映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒット中です。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の主役ラミ・マレックは、フレディ・マーキュリーが憑依したような演技で称賛を浴びました。

アカデミー賞の前哨戦といわれるゴールデングローブ賞では、作品賞を受賞、さらに、フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックも主演男優賞を受賞しています。

1月9日現在で観客動員610万人を突破し、興行収入100億円突破は目前と言われます。

なぜ、これほどまでに多くの人を感動させるのでしょうか?

映画『ボヘミアン・ラプソディ』とは?

映画『ボヘミアン・ラプソディ』があまりに胸アツで、映画館に何度も見に行っている人が続出しています。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の内容

映画『ボヘミアン・ラプソディ』をまだ見ていない、という人のために、簡単なあらすじを振り返りましょう。

映画は、1985年7月、大観衆を前に「ライブ・エイド」のステージに飛び出すフレディ・マーキュリーの場面で始まります。

さかのぼって、1970年。イギリスの伝説のバンド「クイーン」の誕生場面が描かれたあとは、類まれなる才能とアイデアが生み出す音楽でスターダムへとのし上がっていく成功場面がスクリーンに展開されます。

しかし、その頃からフレディは、自身の内なるセクシャリティに目覚め始めました。さらに、メンバーや恋人たちとの間にも亀裂が生まれ、苦悩と葛藤を繰り広げることになります。

やがて、HIVに蝕まれたことを自覚したフレディは、再びメンバーの元を訪れ、ともに史上最高のライブと言われる「ライブ・エイド」のステージに立つのです。最後の21分間のライブ場面は圧巻です。

まだの方は、ぜひ、劇場でごらんください。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の感想

多くの人を魅了する映画『ボヘミアン・ラプソディ』。幅広い年齢層の観客が感動を呼んでいることも特徴です。例えば、以下の2つはその代表例でしょう。

小学2年生の感想

今日『ボヘミアン・ラプソディ』を見に行きました。
字幕つきの、えいがをえいがかんで見たのははじめてです。
大人ようのえいがだから、子どもはぼくだけでした。
お母さんが、しんぱいして特大の、ポップコーンを買ってくれました。
でも!えいがはものすごくかんどうしました。
さいごの大きい「ライブ・エイド」のステージでフレディがピアノをひいて……
「ママージャスキルダマーン!」と、うたい出した時ぼくは思わず、泣いてしまいました。
なおらない「エイズ」になって、こどくで、なのに「ライブ・エイド」ではものすごくかっこよかったです。
「びょうきなのに、がんばったんだなあ」。

2回目の鑑賞を終えた齢70の母

主役の彼、演技が上手いわー。横のもっちゃん(72歳)を見たら、おいおい泣いているから、お母さんも涙が溢れちゃった。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の裏テーマは?

映画『ボヘミアン・ラプソディ』に一貫して描かれるのは、「生と死」というテーマです。

それは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』圧巻のラスト21分「ライブ・エイド」の場面に象徴されています。

作中、ライブ・エイドの舞台で演奏されるのは以下の4曲。これらの曲は、実際のライブ・エイドでも演奏されています。

1曲目「ボヘミアンラプソディ」

クイーンの曲の中でも最も有名かつ難解だと言われる一作で、当時としては考えられないほどの6分を超える長い曲でした。
「ママ僕は人を殺してしまった」という出だしから衝撃です。
映画のライブ・エイドの場面で演奏されたのは、フレディのピアノソロパートのみ。
「生まれてこなければよかったと思うこともある」というパートまでの部分の歌詞は、作曲の場面でも描かれています。

2曲目「レディオ・ガガ」

ラジオで名声を高めたクイーンらしい曲で、ラジオをクイーンというバンドに置き換えるとよりグッとくる内容です。レディー・ガガが、自身の芸名のもとにした曲としても有名です。

ロジャー・テイラーが作った初のヒット曲でもあります。

繰り返される、その印象的な歌詞は、以下のとおりです。

You had your time, you had the power
きみは命があって、パワーだってあった
You’ve yet to have your finest hour
きみはもっと輝けるんだよ

3曲目「ハマー・トゥ・フォール」

ブライアン・メイ作詞作曲です。
明るい曲調ですが歌詞は「ハンマーが打ち下ろされる時を僕らは、ただ待っている」「もう一度やり直させてくれ」。この曲もフレディの死を予見させる内容になっていますが、フレディはこの曲を満面の笑みで全力で歌い上げています。

最終曲「伝説のチャンピオン/We are the champions」

映画の締めに相応しい名曲。「代償は払ってきた。屈辱も味わった」「これは全人類への挑戦状だ」。
そして会場全員で「俺たちは勝者だ」と歌い上げます。
フレディの苦難の人生を表し、私たちを鼓舞するような歌です。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』フレディ・マーキュリーに共感するワケ

もちろん、フレディの波瀾万丈な半生、圧倒的な歌声、セクシャリティなどが物語性を高め、感動を呼んでいることは言うまでもありません。

しかし、映画大ヒットの根底には、「私もフレディと同じ」という共感があるように感じるのです。

この映画のタイトルにもなった「ボヘミアン・ラプソディ」の「ボヘミアン」という言葉には、”放浪的な生活をする人(寄る辺のない人)”という意味もあります。これはフレディ自身のことであり、彼の歌に感動した私たちのことでもあります。

私たちは、生まれてこのかた、寄る辺のない旅を続けている、人生の旅人のようなものです。若さもパワーも、命(time)も徐々に失われていきます。しかも、その行く手には、死という確実な未来があります。まさに「ハンマーが打ち下ろされる時を僕らは、ただ待っている」状態です。「もう一度やり直させてくれ」とどれほど懇願しても、人生の旅は一方通行、失敗しても、二度とやり直しはできません。

必ず負けることが分かっている戦いのようなものです。考えてみれば、一日生きるということは、多くの代償を支払いながら、一日、死と戦って生き延びた、ということ。そんな戦いに、今日も、挑んでいるのです。

のちに親友となるジム・ハットンと初めて会った時、フレディは次のように言います。

All of the darkness you thought you’d left behind comes creeping back in.
どれだけ追い払っても闇が追いかけてくるんだ

パスカルは、人間が悲惨な存在だから気を紛らすのだと言います。

人間生活のみじめさから、すべてこのようなことは生じた。すなわち、人々はみじめさを見たので、気ばらしを求めたのだ。
もし我々の状態が真に幸福であったら、自分を幸福にするために、自分の状態を考えることから気をまぎらす必要はなかったであろう。(パスカル『パンセ』165章)

気ばらし──人間は死と悲惨と無知とをいやすことができなかったので、自分を幸福にしようとして、それらをまったく考えないようにした。(パスカル『パンセ』168章)

死という確実な未来に向かう私たちの心は、本質的に暗いといえるでしょう。私たちの営みは、その闇から逃れようとしている姿ではないでしょうか。

フレディの先の発言と、描かれるどんちゃん騒ぎのパーティーは、まるでそのことを象徴するようです。

やがて必ず死なねばならないのに、私たちは、一体、何のために生まれ、なぜ、苦しみながら生きていかなければならないのでしょうか。

これこそ、多くの人の魂の根底に横たわる問いであり、映画を通じてこの暗い魂が揺り動かされるからこそ、答えを求めて、何度も映画館に足を運ぶのです。

その魂の叫びが、「生まれてこなければよかったと思うこともある」の絶叫に現れているように思います。

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この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨



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