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世界的なロックバンド「クイーン」と、ボーカルのフレディ・マーキュリーを題材にした映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしました。アカデミー賞では5部門にノミネートされ、うち主演男優賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の4部門を獲得しました。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』の主役ラミ・マレックは、フレディ・マーキュリーが憑依したような演技でアカデミー賞主演男優賞を受賞し、称賛を浴びました。
観客動員700万人を突破し、興行収入100億円突破しています。
なぜ、これほどまでに多くの人を感動させたのでしょうか?
映画『ボヘミアン・ラプソディ』があまりに胸アツで、映画館に何度も見に行く人が続出しました。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』をまだ見ていない、という人のために、簡単なあらすじを振り返りましょう。
映画は、1985年7月、大観衆を前に「ライブ・エイド」のステージに飛び出すフレディ・マーキュリーの場面で始まります。
さかのぼって、1970年。イギリスの伝説のバンド「クイーン」の誕生場面が描かれたあとは、類まれなる才能とアイデアが生み出す音楽でスターダムへとのし上がっていく成功場面がスクリーンに展開されます。
しかし、その頃からフレディは、自身の内なるセクシャリティに目覚め始めました。さらに、メンバーや恋人たちとの間にも亀裂が生まれ、苦悩と葛藤を繰り広げることになります。
やがて、HIVに蝕まれたことを自覚したフレディは、再びメンバーの元を訪れ、ともに史上最高のライブと言われる「ライブ・エイド」のステージに立つのです。最後の21分間のライブ場面は圧巻です。
多くの人を魅了する映画『ボヘミアン・ラプソディ』。幅広い年齢層の観客が感動を呼んだことも特徴です。例えば、以下の2つはその代表例でしょう。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』に一貫して描かれるのは、「生と死」というテーマです。
それは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』圧巻のラスト21分「ライブ・エイド」の場面に象徴されています。
作中、ライブ・エイドの舞台で演奏されるのは以下の4曲。これらの曲は、実際のライブ・エイドでも演奏されています。
クイーンの曲の中でも最も有名かつ難解だと言われる一作で、当時としては考えられないほどの6分を超える長い曲でした。
「ママ僕は人を殺してしまった」という出だしから衝撃です。
映画のライブ・エイドの場面で演奏されたのは、フレディのピアノソロパートのみ。
「生まれてこなければよかったと思うこともある」というパートまでの部分の歌詞は、作曲の場面でも描かれています。
ラジオで名声を高めたクイーンらしい曲で、ラジオをクイーンというバンドに置き換えるとよりグッとくる内容です。レディー・ガガが、自身の芸名のもとにした曲としても有名です。
ロジャー・テイラーが作った初のヒット曲でもあります。
繰り返される、その印象的な歌詞は、以下のとおりです。
ブライアン・メイ作詞作曲です。
明るい曲調ですが歌詞は「ハンマーが打ち下ろされる時を僕らは、ただ待っている」「もう一度やり直させてくれ」。この曲もフレディの死を予見させる内容になっていますが、フレディはこの曲を満面の笑みで全力で歌い上げています。
映画の締めに相応しい名曲。「代償は払ってきた。屈辱も味わった」「これは全人類への挑戦状だ」。
そして会場全員で「俺たちは勝者だ」と歌い上げます。
フレディの苦難の人生を表し、私たちを鼓舞するような歌です。
もちろん、フレディの波瀾万丈な半生、圧倒的な歌声、セクシャリティなどが物語性を高め、感動を呼んでいることは言うまでもありません。
しかし、映画大ヒットの根底には、「私もフレディと同じ」という共感があるように感じるのです。
この映画のタイトルにもなった『ボヘミアン・ラプソディ』の「ボヘミアン」という言葉には、”放浪的な生活をする人(寄る辺のない人)”という意味もあります。これはフレディ自身のことであり、彼の歌に感動した私たちのことでもあります。
私たちは、生まれてこのかた、寄る辺のない旅を続けている、人生の旅人のようなものです。若さもパワーも、命(time)も徐々に失われていきます。しかも、その行く手には、死という確実な未来があります。まさに「ハンマーが打ち下ろされる時を僕らは、ただ待っている」状態です。「もう一度やり直させてくれ」とどれほど懇願しても、人生の旅は一方通行、失敗しても、二度とやり直しはできません。
必ず負けることが分かっている戦いのようなものです。考えてみれば、一日生きるということは、多くの代償を支払いながら、一日、死と戦って生き延びた、ということ。そんな戦いに、今日も、挑んでいるのです。
のちに親友となるジム・ハットンと初めて会った時、フレディは次のように言います。
パスカルは、人間が悲惨な存在だから気を紛らすのだと言います。
気ばらし──人間は死と悲惨と無知とをいやすことができなかったので、自分を幸福にしようとして、それらをまったく考えないようにした。(パスカル『パンセ』168章)
死という確実な未来に向かう私たちの心は、本質的に暗いといえるでしょう。私たちの営みは、その闇から逃れようとしている姿ではないでしょうか。
フレディの先の発言と、描かれるどんちゃん騒ぎのパーティーは、まるでそのことを象徴するようです。
やがて必ず死なねばならないのに、私たちは、一体、何のために生まれ、なぜ、苦しみながら生きていかなければならないのでしょうか。
これこそ、多くの人の魂の根底に横たわる問いであり、映画を通じてこの暗い魂が揺り動かされるからこそ、答えを求めて、何度も映画館に足を運ぶのです。
その魂の叫びが、「生まれてこなければよかったと思うこともある」の絶叫に現れているように思います。
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