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超実践的!アドラー心理学から知る悩み解決法

こんにちは。ライターのゆうです。

『嫌われる勇気』が150万部を超えるベストセラーとなったことで、一躍知られるようになったのがアドラー心理学ですね。

アドラー心理学は「常識へのアンチテーゼの側面がある」といわれるように、これまでの見解からは非常識と思えるような心や行動のメカニズム、悩みの解決方法が教えられています。

ゆえに多くの人の心をひきつけ、ブームとなったのだと思います。

そのアドラー心理学で説かれる悩みの解決方法とはどんなものか、ご紹介します。

職場や家庭での人間関係に悩み、行き詰まりを感じている方に、解決のための新たな視点を得ていただければ幸いです。

そもそも人間には悩みなんかない?悩みの実態とは

悩みの解決方法を紹介する前に、「そもそも悩みとは何か?」について考えてみましょう。

悩みの正体がわかってこそ、その解決もグッとしやすくなります。

日本アドラー心理学会の初代会長であり、アドラー心理学の第一人者といわれる野田俊作さん

そもそも人間には本当は悩みなんかないんですよ。

と語っています。

人間には悩みなんかない? いったいどういうことでしょうか。

その理由を続けてこう言われています。

悩むと便利だから悩んでいるにすぎない。自分の目的を達成するために悩みを使っているんです。

出典:『アドラー心理学を語る2 グループと瞑想』(著・野田俊作 創元社)

「便利だから悩んでいる」「目的を達成するために悩んでいる」とはどんなことなのでしょうか。

たとえば、職場で同僚のAさんと仕事のやり方や姿勢のことで言い争いになって険悪な関係になり、そのことで悩んでいるとします(私自身にも経験があります…)。暗い表情を浮かべ、なかなか仕事もはかどりません。

このときの目的とは何でしょうか?

それは「周りから同情してもらいたい」ことです。
もし自分が落胆し、苦しんでいれば、周りの人たちは「あなたも大変ですね。こんなにつらそうにしているのに、Aさんは全然あなたの気持ちをわかってくれなくて」と寄り添ってくれるでしょう。自分が責められなくてすむのですね。

では反対に、自分はまったく悩まずに、言い争いになった相手が悩んでいるとすればどうでしょうか?

自分が愉快な気持ちで仕事をしているのを周りが見れば、「Aさんをあんなに苦しめておいて、よくも平気でいられるよね~」と陰口を叩かれてしまうかもしれません。
そうなれば自分の立場が危うくなってしまいます。

ゆえに悩むのは、「自分の顔を立てること」と野田さんはいわれているのです。

先の野田俊作さんはさらにこう言われています。

悩んでいるほうが周囲の社会からの受けがいいし、すべての責任を自分以外の人に押しつけることができるし、さらには他人に復讐する快感さえ味わえるし、また自分を許すことができるのです。

つまり、「悪いあなた、かわいそうな私」と言えるのです。

出典:『アドラー心理学を語る2 グループと瞑想』(著・野田俊作 創元社)

「責任を全部相手に押しつけるためなんて、それはさすがに言いすぎじゃないか!」「他人に復讐する快感って、なんてひどい言い方なんだ…」と思われるかもしれません(私自身も衝撃を受けました)。

ただ、野田さんの言われ方は鋭すぎるとはいえ、確かに責任を押しつけたい気持ち、相手を懲らしめたい気持ち、自分を正当化したい気持ちがないかといえば、嘘になるのではないでしょうか。

自己を正当化し、他者から責められることを避け、むしろ同情を誘うための便利な道具として、私達は悩みを使っているのですね。

悩んでいる人の本音「悪いあなた、かわいそうな私」

『嫌われる勇気』の続編である『幸せになる勇気』(著・岸見一郎 ダイヤモンド社)には、人間の心を表した三角柱の話があります。

『幸せになる勇気』では、哲人(アドラー心理学の語り手)が青年(物語の主人公)の前に、2つの側面が見え、もう1つの側面が隠れるように三角柱を置き、説明する場面が書かれています。

この三角柱の側面には、それぞれ、悩んでいる人の心境と、進むべき方向性が示されていて、この三角柱を持ってもらいながらカウンセリングをすることもあるそうです。

三角柱の三つある側面のうち、一面には「悪いあの人」、もう一面には「かわいそうなわたし」と書かれています。

(※三角柱の隠されたもう一面に何と書かれているかは、のちほど説明します)

カウンセリングにやってくる人のほとんどは、このどちらかの話に終始します。

「自分はこんな不幸に見舞われた」あるいは「あの人にこんなひどいことをされた。そもそも周囲の環境が悪い」など。

カウンセリングまではいかなくても、家族や友人に相談をするときに、結局のところ、このどちらかしか語っていなかった、ということはないでしょうか。

しかし他者や環境の悪さを嘆き、かわいそうな私を訴えて、一時的ななぐさめは得られても、それで問題の本質を解決することはできません。

解決しないどころか、事態のさらなる悪化を招いてしまいます。

実際に、野田さんが悩んでいる人に「今まであなたはずいぶん悩んでこられましたが、その結果、相手との関係はどんどんよくなりましたか、それともかえって悪くなりましたか?」と尋ねると、まず全員が「かえって悪くなりました」と答えるそうです。

自分が悩んでいるとして、相手からすれば「私がこんなに苦しんでいるのは、あなたのせいだ」と言われているようなものです。

そうなると相手は不信感をますます強めて、関係がより悪くなってしまうのですね。

だから、問題の本質を解決するには、まず「悪いあの人、かわいそうなわたし」という気持ちをいったん棚上げしなければなりません。

仏教で説かれる「愚痴」

この「悪いあの人、かわいそうなわたし」という心を、仏教では「愚痴」といわれます。

愚痴といえば「上司の愚痴を言う」「主人(妻)の愚痴をこぼす」など、不平不満という意味で使われていますが、元は仏教から出た言葉であり、本来の意味は「嫉妬心、恨みの心」のことです。

「あの人が悪い」と他人を責める心であり、「私は悪くない」と自らの非を認めない心です。

この愚痴の心を、お釈迦様は「毒」ともいわれています。
食中毒になれば、たちまち猛烈な苦しみに襲われるように、毒というのは私達を苦しめるものです。

自分のことを顧みることなく、他人のせいにしている人が周りにいたら、どう思うでしょうか。
そんな人とは接したくなく、距離を取るようになりますよね。その人の周囲には誰もいなくなってしまうでしょう。

愚痴いっぱいであれば、心の毒で相手も不快にさせ、自分自身も孤独で苦しんでしまうのです。

自分の非を認めるのは勇気がいることであり、他人のせいにしていたほうが楽のようにも感じてしまいます。

しかしそこからまずは一歩、踏み出していきたいです。

「これからどうするか」に目を向ける

では私達が取り組むべき、語り合うべきこととは何でしょうか?

ここで目を向けるべきは、心の三角柱の、残されたもう一面に書かれていることです。

もう一面には何が書かれていると思いますか?

それは「これからどうするか」です。

カウンセリングというと、ひたすら相手の話を肯定的に聞けばいい、と思われている方もいると思います。私自身もアドラー心理学を学ぶ前は、そう思っていました。

しかし「それは大変でしたね。かわいそう。あなたはなにも悪くないですよ。他者や環境が悪いんですよ」と同調すれば、相手は「悪いあの人、かわいそうなわたし」の思いをますます強めて、思いを改めなくなってしまいます。

そうではなく、今後、どのように相手と関わればトラブルを解消できるのか、苦しまずにすむかを考え、それを実行すべきなのですね。

これは「悩む」のではなく「考える」行為です。

「悩む」は、解決策はそもそもないと思っているか、あるいは、それはわかっているのにやりたくないから先延ばしにしている状態です。

対して「考える」は、本当の解決策を見つけ出し、いろいろと試していく過程。

悩んでいる状態から、考える状態に変化させていきたいですね。

「運の科学的研究」で有名な心理学者のリチャード・ワイズマン博士は、前向きで有意義な問題解決の方法として、「自分にはどうすることもできない、と決めつけない」ことを前提として、「考えられる選択肢をすべてリストに書き出す」ことを勧めています。

既成概念にとらわらず、「そんなことは当たり前。実行するのはくだらない、ばかげている」など思わずに、可能性のある方法をどんどん増やし、それらを1つずつ検討し、実践することが問題解決に大切なのですね。

これを実行すれば人生は好転する「六度万行」

ただ、いきなり解決策を書き出そうとしても、なかなか思いつかないかもしれません。

そこでぜひ知っていただきたいのが、仏教で説かれる「六度万行」です。

仏教を説かれたお釈迦様は、たくさんの人の悩みを聞かれ、その解決方法(善)を教えていかれました。
そのお釈迦様の説法はお経となって書き残されています。その数はなんと七千冊以上あるといわれています。

その経典の中に説かれた数々の善を、六つにまとめられたのが「六度万行」です。
膨大な経典で説かれるたくさんの善がおさまっている、素晴らしい善行なのですね。

苦しみの人生から幸せな人生への橋渡しとなる善であり、実行すれば必ず状況は好転します。

六度万行は以下の六つです。

布施(ふせ)-親切
持戒(じかい)-言行一致(約束を守る)
忍辱(にんにく)-忍耐
精進(しょうじん)-努力
禅定(ぜんじょう)-反省
智慧(ちえ)-修養

この中から、自分に合うものから実行しなさい、そうすればあとの五つも実行したことになる、と教えられています。

はじめの布施は親切のことですが、親切といってもさまざまですね。

笑顔で接する。気遣いの言葉をかける。してもらったことを当たり前と思わずに感謝の言葉を述べる、といろいろ教えられています。

「そんなことはわざわざ教えてもらわくてもわかっている」と思うかもしれませんが、実行できているかと言われると、自信をもって「はい」と言える人は少ないと思います。

トラブルの相手に、思い切って笑顔で話しかける、相手を気遣って話を聞く、感謝を伝える。これだけで事態が大きく変わることもあり得ます。

夫の顔を見ると、どうしても文句を言ってしまい、夫婦仲の悪さで悩んでいた奥さんに、先の野田さんは「ご主人を罵るかわりに、ご主人にうまく甘えてみませんか?ちょっと優しく接しみませんか?」と助言をしたそうです。

助言を実行するとなると、奥さんも「いきなりそんなことして、夫に変に思わたらどうしよう」とか「私からそんなことするなんてイヤだわ」など抵抗感を覚えるでしょう。

しかしやってみれば、これまでとは違う結果となるはずです。

思うような良い結果にならず、夫はこれまでとの変わりぶりに不審を感じ、ぎこちなくなるかもしれません。

けれどそれで落ち込む必要はなく、結果が良くなるまでやり続けたり、やり方を少しずつ変えてみたりすればいいのですね。

妻の気持ちを感じ、きっと夫の態度も変わっていくでしょう。

同僚と仲違いをしてしまったときも同じで、思い切って自分から笑顔で話しかけてみると、「こんな簡単なことだったんだ。もっと早くすればよかった」と思えるほど、わだかまりがスッキリ解消されることもあります。

もちろん相手の反応がずっと悪いままで、態度が変わらないこともありますね。

でも自分が前向きであり続ければ、その人との関係はいまひとつでも、見てくれている周りの人の評価は上がっていくでしょう。

ぜひ困った事態に直面したとき、この六度万行を思い出し、これまでの言動を振り返る機会としていただければと思います。

六度万行についてもっと詳しく知りたい方は、こちらをごらんください。
    ↓ ↓ ↓

この記事を書いた人

ライター:ゆ う



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