老い

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介護疲れで倒れてしまう前に、小室哲哉さんにも知って欲しいたった1つの事

(写真はWikipediaより)
[Description Tetsuya Komuro at the 2014 MTV VMAJ in Japan.
 Date 14 June 2014, 16:05:14
 Source Flickr: MTV VMAJ 2014
 Author Norio NAKAYAMA]

介護疲れで倒れてしまう前に、小室哲哉さんにも知って欲しい

こんにちは、えだまめです。

「たった1人の言動で日本や社会が動くとは思っていませんが、高齢化社会に向けて、介護の大変さとか、時代のストレスとか、そういうことにこの10年で触れてきたのかなと思っているので、発信することで、少しでも日本がいい方向に、皆さんが幸せになる方向に動いてくれたらいいなと心から思っております」

音楽プロデューサーの小室哲哉さんが、今年1月、突然の引退会見の最後に語った内容です。週刊誌報道を受けて開かれた1時間40分の会見で、小室さんは、日々、妻の障害・介護に向き合う心情を吐露したのでした。

音楽プロデューサーとしてミリオンヒットを連発し、「小室ファミリー」と呼ばれていたのは90年代。今の30~40代が青春を謳歌していた頃ですね。

その後、小室さんは、自らもメンバーだったglobeのボーカル・KEIKOさんと結婚。10年前に詐欺容疑で逮捕された時も献身的に支えてくれた妻が、しかしその3年後、くも膜下出血で倒れてしまいます。

身体的な後遺症はないものの、脳に障害が残りました。夫婦としてのコミュニケーションが日に日にできなくなり、会話も「ごめん」「わかった」などの単語になってしまっているそうです。介護のストレスからか、小室さん自身も体調を崩し、昨夏には突発性難聴になり、今も左耳が聞こえづらい状況だといいます。

「3年前からちょっと疲れ果ててしまっていたと思います」
そう語る姿に、一つの時代の終わりを感じた人もあったでしょう。

介護疲れ、他人事じゃない3つの理由

「自分の親やパートナーは、まだ若いし健康だから、介護なんて……」。そう思っている私たちに、小室さんは「介護は他人事では済まないよ」と警鐘を鳴らしてくれています。

①ある日突然始まる。

病に倒れた時、KEIKOさんはまだ30代でした。その日から突然に、小室さんの介護生活は始まったのです。「まだ若いから」「健康だから」が、いかに当てにならないかを物語っています。

②どんな輝かしい経歴も一切通用しない。

飛ぶ鳥を落とす勢いだった頃の小室さんは、まさか20年後、自身に介護問題が重くのしかかって引退することになるとは、夢にも思わなかったでしょう。介護においては、悲しいことにそれまでの華々しい活躍も経歴も輝きを失ってしまいます。

③介護は増える一方に。

長寿高齢社会になって久しい日本。先日、厚生労働省が発表した「健康寿命」の全国平均は、男性が72.14歳、女性は74.79歳でした(平成28年)。
平均寿命(男性80.98歳、女性87.14歳)と比べると、8~12年もの差があります。この間は「不健康な期間」とされ、医療や介護が必要な可能性があるといわれているのです。今後、65歳以上の人口がさらに増え、平均寿命も延びていくと……。ますます「介護なんて自分には関係ない」とは言えなくなるでしょう。

*健康寿命……介護などの必要がなく、日常生活を支障なく過ごせる期間。国民生活基礎調査で、健康上の問題で日常生活に影響がないと答えた人の割合や年齢別の人口などから算出している
(参考:https://www.asahi.com/articles/ASL384CTNL38ULBJ003.html)

介護疲れの小室哲哉さんに、今、本当に必要なものは

残念なことに小室さん引退の引き金となったのが、週刊誌が報じた看護師の女性との交際です。小室さんは不倫関係は否定したものの、その女性を「精神的な支え」としていたことは認めています。

心身ともに負担の大きい介護生活、乗り越えるには絶対に「支え」が必要、と経験者は口をそろえます。

末期ガンでうつ病の母を在宅介護した、元お笑いコンビ「ドロンズ」の大島直也さんは、『読売新聞』のインタビューに、「介護は話を聞いてくれる人がいないと自滅してしまう。私は兄姉が支えてくれました」と語っていました。

漫才師の島田洋七さんも、脳梗塞を患った高齢の義母の介護で、夫人の兄弟や親戚たちとこまめに連絡を取り合い、このチームワークがあったからこそ乗り越えられたといいます。

また、ものまねタレントの岩本恭生さんは、あるインタビューで、半身まひの夫人を支えた8年間を赤裸々に語りました。岩本さんも「姉の支えや子どもの存在があったから、平静でいられた」そうです。

しかし、人間は己の都合で離合集散し、あてが外れることもある。そうなっても折れないように、崩れないように、「心」にこそ確固たる支えが必要でしょう。
では、それは何か?

「それは、『たとえ一歩も動けなくても、生きる意味』の答えです。たった1つだけど、これ以上に大事なことはありません」

そう語るのは、寝たきりの父親を在宅介護した千葉県の佐藤幸子さんです。

介護疲れを佐藤幸子さんはどう乗り越えたのか

佐藤幸子さんは、実父が95歳で亡くなるまで10年間、自宅で介護をしてきました。訪ねてくる看護師やヘルパーは、決まって驚いたといいます。

「普通は、介護をする人も受ける人も、どんどん心が荒れていく。高齢の夫を介護している奥さんから、突然、椅子を投げつけられたこともあった。でも、佐藤さん父娘は違いますね。なぜ2人とも元気で、良い関係なんですか?」

もちろん、佐藤さんにも介護疲れが無かったわけではありません。
ここからは佐藤さんの告白です。

  * * *

30年同居してきた実父・上野賢夫(まさお)さんに、体力の衰えが見え始めたのは85歳を過ぎた頃だった。幸子さんは仕事を続けながら自宅で介護するようになる。夫は仕事で海外赴任、3人の娘もそれぞれ独立し、父の世話ができるのは自分だけ。大好きな父親のためなら、できる限りのことをしようと思っていた。

賢夫さんは、亡くなる2年前には著しく体力が落ち、自由に出歩けなくなってしまった。次第に気力を失い、家族の呼びかけにもめったに表情を変えなくなる。幸子さんの懸命の介護にも、父は憔悴するばかり。やがて、食事・入浴・下の世話も必要になり、幸子さんの外出も制限されるようになった。仕事中は看護師やヘルパーに任せられたが、家にいる時は1人でつきっきりで世話をした。

「おーい、さちこー!」
隣の部屋で家事をしていても、しょっちゅう呼ばれる。動けない父には、幸子さんだけが頼り。それが分かっているから、イヤな顔一つせず、すぐに駆けつける。
賢夫さんは、元々穏やかな性格で、寝たきりになっても暴言を吐くことはないが、時々、自分の居場所が分からなくなるのか、ベッドを抜け出そうとする。ある日も、幸子さんが仕事から帰ると、ベッドから離れ、窓のそばで動けなくなっていた。以来、ベッド脇にカメラを付け、外出先でも常に父の様子を確認できるようにした。ベッドから動いたり、異変を感じれば、すぐに近所に住む知人に連絡して駆けつけてもらった。

「看護師さんもヘルパーさんも、職場やご近所さんにも随分と助けてもらい、それで何とかやってこれました。それでも、特に終わりの2年は、肉体的にも疲れ切っていましたし、何より自分のイヤな部分を見せつけられて、苦しい思いをしました」

 

「介護したいけど、逃げたい」の矛盾と葛藤

「父のことが大好きなんです。1分でも1秒でも長く生きて欲しい、と心から思っていました。そんな、父を愛する気持ちの一方で、でも、ものすごく、ものすごく、介護から逃げたい気持ちもあったんです。『さちこー!』としょっちゅう呼ぶ父を、疎ましく思う自分がいる。ものすごい矛盾ですよね。

まさか、自分にそんな醜い心があるなんて、とショックでした。自分で自分を許せませんでした。こんな汚い心、見たくない。隠しておこうと必死でした。

しかも、そんな疎ましく思う心を抱えながら、『さちこー!』と父に呼ばれると、表面上は笑顔で優しく、かいがいしく接するわけです。そんな自分がなお醜い。父は、私一人を頼りにし切ってくれているのに……。まさか娘が自分を疎ましく思っているなんて、疑ってもいなかったと思います。そんな父を裏切っているようで、申し訳ない思いでした」

「寝たきりの父はもちろん、介護している自分も、時間的にも、肉体的にも拘束され、自由がありません。仕事には出かけますが、仕事先でも父の様子を確認していましたから、心は休まりませんでした。終わればすぐ家に帰り、ずっと父のそばにいるわけです。毎日の景色が変わらないんです。

気分転換もできなかった。テレビで気を紛らわせようとしたのですが、世界中の美しい自然や景色、グルメを紹介する番組を見ていても、どうせ見に行けないし、食べられないからと、かえって惨めな思いになるばかりでした。

毎日の景色が変わらない。変えることもできない。逃げ場もない。そうすると、父も私も生きる喜びが消えていってしまうんです。父と一緒にいることが苦しくなる。救いのない閉塞感ですね。
肉体的な状況は変えられないから、心が変わる世界がなければ、これ以上、父と一緒にいられなかったでしょう」

 

仏教との出会いで、寝たきりの父との時間が、最高で幸せなひとときに

佐藤さんは、以前から仏教に関心があり、講座に通って学んでいましたが、父・賢夫さんの介護が始まってからは、なかなか参加できずにいました。そこで、講座のスタッフに紹介してもらったのが「オンライン講座」。「これなら父と一緒に聞ける」と早速、受講しました。

それが、佐藤さんの介護生活を一変させるきっかけとなったのです。

「仏教の話を聞くと、どんどん心が開かれました。体は1歩も、1ミリも動けなくても、心は前に進むのです。心の景色が変わるんです。
肉体的には確かに苦しいんです。全て吸い取られるような疲労感が常にありました。でも、心は自由ですから、誰にも邪魔されません。

体が自由でどこにでも旅行に行ける人には、動けない私たち父娘がかわいそうに見えるでしょうが、そんな人々も知り得ぬ心の喜び、心の豊かさが私たちにはありました。これは、仏教を聞かねば分からないでしょうね」

「特に心に残ったのは、寝たきりでも、1歩も動けなくても、心が救われる。息を吸ったり吐いたりしているだけでも、生きる意味があるのだと知らされたことです」

人は何のために生まれ、生きているのでしょうか。
なぜ苦しくても自殺してはならぬのでしょうか。
人生の目的は何か。
「苦しみの波の絶えない人生の海を、明るくわたす大船がある。
 その船に乗り、未来永遠の幸福に生きるためである」
と教えるのが仏教です。全人類への一大宣言といえましょう。

「そして、私たちを幸せにしてくれる大きな船がこちらに迫ってくる映像があり、感動しました。まるで大船が、私たち父娘を迎えに来るようでした。父の顔を見ると、目が輝いていましたね」

どうすれば、苦しみの人生の海を渡す大きな船に乗り、人生の目的を果たせるのか。毎日のように2人で「オンライン講座」を受講したのでした。

やがて父・賢夫さんは、顔全体で喜びを表すまでに快復し、講座に出てきた仏教の言葉を口ずさんだり、手を合わせて「ありがとう」とよく言うようになりました。看護師やヘルパーから、「おじいちゃんの笑顔がいい」「すてきな親子ね」と、父の幸せそうな様子を褒めてもらうのが、佐藤さんには何よりも嬉しかったといいます。

「一緒に仏教を学ぶ父を尊敬していました。ともに講座を受講している時間、空間すべてが宝物。他には何もいりませんでした。こんな私の喜びが、きっと父にも伝わっていたでしょう」

介護疲れで倒れる前に、たった1つの大事なことを知るには?

「介護する身にならなければ、こんなに深く仏教を学ぶことはできなかったと思います。父亡き今も、素晴らしい時間をくれたことを感謝しています」

とインタビューの最後に佐藤幸子さんは語っていました。私たちもいつ、小室哲哉さんのように介護問題の当事者になるか分かりません。そんな時のために、今から心に確固たる支えを持っておきたいですね。

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この記事を書いた人

編集者&ライター:えだ まめ



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