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【変わりたいあなたへ】呂蒙の故事に学ぶ、自分を変える仏教の知恵

こんにちは、齋藤勇磨です。

「新しい自分になりたい」「今の自分をもっと成長させたい」

何かに行き詰まった時、私たちの心には、こうした願いが、ふと浮かぶことがあります。

現状を乗り越えて、より良い未来へ進みたいと願うのは、とても素敵な気持ちです。

しかし、現実はどうでしょうか。

「今度こそは」と立てた目標も、いつの間にか忘れてしまったり、「あの人のようになりたい」と憧れながらも、最初の一歩が踏み出せずに時間が過ぎてしまったり。

変わりたいと願う気持ちとは反対に、昨日と同じ今日を繰り返し、がっかりしてしまう……。

そんな経験は、どなたにもあるのではないでしょうか。

まるで、目には見えない壁があるように感じ、いつしか「自分はもともとこういう性格だから」と、変わることを諦めてしまうことさえあります。

そんな私たちに、古くからの言葉が希望を教えてくれます。

「男子、三日(みっか)会わざれば刮目(かつもく)して見よ」

「志のある人は、3日も会わないでいると、目をこすってよく見直すほど、驚くほど成長しているものだ」という意味の言葉です。

この言葉は、人が持っている素晴らしい可能性を力強く示しています。

本当に人は、わずかな時間で別人のように変われるのでしょうか。

もしそうなら、私たちはなぜ、変われずにいるのでしょう。

この言葉の元になった物語を振り返りながら、私たちが自分自身を変え、成長していくための仏教の知恵について、一緒に学びたいと思います。

猪突猛進の武将・呂蒙を変えたものとは?

「男子、三日会わざれば刮目して見よ」という言葉は、『三国志演義』に見られる逸話に由来します。

主人公は、三国時代の呉(ご)という国に仕えた、呂蒙(りょもう)という武将です。

呂蒙は、若い頃から戦場で数々の手柄を立てる、勇猛な武将でした。

しかしその一方で、学問にはまったく興味がなく、書物を読むことをしませんでした。

その戦いぶりは、知恵や策略よりも、自身の武勇を頼りにした猪突猛進なスタイルだったと言われています。

そんな彼の学識のなさを、周りの人々は「呉下の阿蒙(ごかのあもう)」と呼びました。

「呉の土地にいる、学問知らずの蒙ちゃん」といったニュアンスの、少しからかいの入ったあだ名です。

このままではいけない、と考えたのが君主の孫権(そんけん)です。

彼は呂蒙に、これからの大将軍として、歴史から学び、広い視野を持つことの大切さを伝え、熱心に学問を勧めました。

はじめ呂蒙は、「軍の仕事が忙しくて、本を読む時間などありません」と断ります。

しかし孫権は、「何も君に学者になってほしいわけではない。ただ、過去の出来事を知ることで、物事の判断力を養ってほしいのだ」と、読むべき書物まで具体的に示して諭しました。

主君の真剣な思いに心を動かされた呂蒙は、そこから人が変わったように勉学に励みます。

忙しい仕事の合間を縫って書物を読み、その熱心さは専門家をもしのぐほどでした。

そして彼は、単なる猛将から、知恵と勇気をあわせ持った優れた将軍へと成長を遂げます。

さて、呂蒙がこのように勉学に励んでいたある日、呉の重臣で知識人でもあった魯粛(ろしゅく)が、彼の元を訪れます。

魯粛は以前、呂蒙を「武勇だけの男」と内心、軽く見ていました。

しかし、久しぶりに語り合った呂蒙が、深い教養と優れた見識を身につけていることに、大変な衝撃を受けます。

驚いた魯粛が、「あなたはもはや、私が知っている昔の『呉下の阿蒙』ではない!」と称賛すると、呂蒙はこう答えました。

「士たるもの、別れて3日もすれば、さらに刮目して会うべきです」(志を持つ人間は、日々鍛錬しています。3日も経てば大きく成長しているものですから、次に会う時は違う目で見ていただかないといけませんよ)

この言葉が、冒頭の慣用句の元になったのです。

後年、敵国である蜀(しょく)の英雄・関羽(かんう)が守る要衝・荊州(けいしゅう)を、見事な策略を用いて攻略し、関羽を捕らえたのは、まさしくこの呂蒙でした。

学問によって得た知略が、彼の武勇をさらに輝かせたのです。

仏教の「因縁果の道理」で解き明かす変化の仕組み

呂蒙の劇的な変化は、何によってもたらされたのでしょうか。

その秘密を解き明かす鍵が、仏教が説く「因縁果(いんねんか)の道理」にあります。

これは、「私たちの身に起こるすべての結果(果)には、必ず直接的な原因(因)と、それを助ける条件(縁)が存在する」という、この世界の基本的な仕組みを示す教えです。

何か1つの原因だけで結果が生まれることはなく、また、どんなに良い条件がそろっていても、原因がなければ結果は生まれません。

「因」と「縁」が結びついて初めて、1つの「果」が現れるのです。

これを、呂蒙の物語に当てはめてみましょう。

■果(結果):呂蒙が、知勇兼備の名将へと成長した。

この素晴らしい「果」を生み出した「因」と「縁」は何だったのでしょうか。

〇因(直接的な原因):これは、呂蒙自身の心構えと行いです。

具体的に言えば、孫権の言葉を真剣に受け止めた「素直な心」と、実際に勉学に励んだ「努力」です。

この2つがなければ、何も変わりませんでした。

もし彼が「どうせ自分には無理だ」と心を閉ざしたり、「武人に学問は不要だ」と頑固になったりしていれば、行動には移せなかったでしょう。

この「素直な心」があったからこそ、努力という行いが生まれたのです。

このように、私たちの「行い」と、その土台となる「心掛け」。この2つが、未来の結果を生み出す直接的な原因(因)となります。

〇縁(間接的な条件):これは、呂蒙の成長を心から願った君主・孫権の言葉です。

孫権からの「学問を励みなさい」という懇ろな働きかけがなければ、呂蒙は変わるきっかけをつかめなかったかもしれません。

このアドバイスは、呂蒙の心に眠っていた成長の種を芽吹かせる、最高の「縁」となったのです。

呂蒙の成長という「果」は、彼自身の努力という「因」だけでは得られませんでした。

孫権の言葉という素晴らしい「縁」と結びついたからこそ、見事に花開き、実を結んだのです。

私たちが変われないと感じるのは、この「因」と「縁」のどちらかが足りないか、あるいは両者がうまく結びついていないから、と仏教は教えてくれます。

「因」と「縁」を見つめて変わる

では、この「因縁果の道理」を、私たちの毎日にどう活かしていけばよいのでしょうか。

「変わりたい」と願うあなたの心の中には、すでに変化の「因」となる種が眠っています。

その気持ちに気づき、大切にすることが全ての始まりです。

そして、その種を芽吹かせるための「縁」は、実は私たちの日常の中にたくさん隠されています。

  • 参加した講演で耳にしたこと
  • 家族や友人からの何気ない一言
  • 本屋さんでふと目にした本のタイトル
  • テレビやSNSで見た、誰かの頑張る姿
  • 新しい仕事を任されるといった環境の変化

これらはすべて、あなたを成長させるための大切な「縁」かもしれません。

大事なのは、それに気づき、呂蒙のように素直な心で受け止め、自らの行動(因)へとつなげていけるかどうかです。

もし今、あなたが変わりたいと願いながらも立ち止まっているなら、まずは自分の周りにある「縁」にアンテナを張ってみてはいかがでしょうか。

そして、とても小さな「因」を蒔くことから始めてみましょう。

良い「因」を蒔き続け、巡りくる「縁」を大切にしていけば、あなたの人生には、あなた自身が最も驚くような素晴らしい「果」が、必ず実るはずです。

焦る必要はありません。

自分自身の成長を楽しみ、そして、周りの人々の変化も温かい目で見守る。

そうすれば、あなたの毎日は、より穏やかで、希望に満ちたものになっていくはずです。

あなたも、周りの人も、3日後にはもっと素敵な自分になっているかもしれません。

その可能性を信じて、今日という1日を大切に歩んでいきましょう。

【人間関係のヒント】「あの人はこういう人」という思い込みを捨てる

さて、この「男子、三日会わざれば刮目して見よ」という言葉は、自分自身の成長についてだけでなく、私たちが「他人をどう見るか」についても、非常に大切なことを教えてくれます。

物語の登場人物、魯粛の立場になって考えてみましょう。

彼は、呂蒙に対して「武勇一辺倒で学のない男」という先入観(古いレッテル)を持っていました。

もし彼が「どうせ話しても無駄だろう」と決めつけ、呂蒙に会うことすらしなければ、彼の素晴らしい成長に気づくことは永遠になかったでしょう。

魯粛は、実際に会って話したことで、自分の思い込みが間違っていたことを知り、呂蒙という人物を正しく見直すことができたのです。

仏教には「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という教えがあります。

これは、「この世のあらゆる物事は、常に変化し続けており、一瞬たりとも同じ状態に留まることはない」という真理です。

もちろん、私たち人間も例外ではありません。

昨日の私と今日の私は厳密には違いますし、周りの人たちも、日々、様々な経験を通して少しずつ変化しています。

しかし私たちは、知らず知らずのうちに、家族、友人、同僚に対して「あの人はこういう人だから」「どうせ言っても無駄だ」というレッテルを貼ってしまいがちです。

それは、相手が変化しない固定された存在だと思い込む、とても窮屈な見方です。

魯粛が「刮目した(目をこすって見直した)」ように、私たちもまた、周りの人々を常に新鮮な目で、敬意をもって見つめ直すことが大切ではないでしょうか。

その人の過去の姿や、自分の思い込みだけで判断するのではなく、「今日のその人」に真摯に向き合うのです。

そうすることで、相手の新たな一面や成長に気づき、より深く、温かい人間関係を築いていくことができます。

そして、あなたが相手の変化に気づいて掛ける一言が、今度は相手にとっての素晴らしい「縁」となり、さらなる成長を後押しすることにもつながるのです。

「諸行無常」の教えの通り、全ての人は変化し続けています。

古い先入観を捨て、常に新しい目で相手を見ることで、世界はより豊かに見えてくるのではないでしょうか。

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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