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今回はこんなお悩みについてです。
「好き」と言えたら、もっと自由に楽しく生きられそうですよね。
ところで最近、メンパという言葉が注目されています。
失敗したくない。後悔したくない。疲れたくない。
心の平穏をキープしたまま、満足を得たい人が増えているようです。
しかし、心の平穏を求めすぎると、苦労や失敗の先にある喜びは得られなくなります。
「好き」と表現することは、心の平穏を乱すことがよくあります。
「それなら表現しないほうがいいや」と思うのもわかります。
でも、「好き」を理解してもらえたときの満足感は、大きなものです。
「好き」と言えない。
その心理を読み解いてみたいと思います。

そう言ったら、親や教師から、否定された経験がありますか?
そう伝えたら、断られたり、冷たい目で見られたりしたことがありましたか?
「もうこんな傷つく思いはしたくない」と、痛い思いをした過去が、あなたを縛っているのかもしれません。
赤ちゃんのときは、天真爛漫です。
嘘をつくのは2歳ごろから。脳が発達してきた証拠と言われます。
10歳ごろになると、人を傷つけないための「思いやりの嘘」も使い分けるようになります。
「好き」と言えなくなったのは、高度な能力がちゃんと発達した証拠でもあります。
それでも、人の反応を気にして、隠さなくていいことまで隠すのは、どこか苦しいですよね。
その苦しみが和らぐように、一緒に考えてみましょう。

記憶がなかったとしても、嫌な思いをした痛みを「神経が覚えている」ことはあります。
意識より無意識のほうが圧倒的に大きいものです。
こういうものを身体は覚えています。
頭でどれだけ「大丈夫」と言い聞かせても、うまくいきません。
それは、「凍りつき」に近い反応です。
生命維持のための最優先される反応なので、頭で考えて恐怖を抑えたり、乗り越えたりすることは難しい面があります。
苦しみを求めているように見えるストイックな人でも、苦しみの先に、もっと大きな報酬があることを知っているだけです。
頭ではわかるのに、できないときは、神経が「目の前の痛み」を避けて、動けない状態なのかもしれません。

頭で考えるより、少しずつでも「大丈夫だった」という安心を体感するほうが、効果があります。
否定せず受け入れてくれそうな人に、伝えてみる。
小さな好意を表現してみる。飴やクッキーを渡してみるなど。
もし「好き」を表現して、受け入れられないことがあっても、大丈夫。
今の自分にとっては、相手がちょっと強かっただけです。
最初は弱いスライムから、徐々に強い敵へと攻略しますよね。
今の自分よりちょっと強い相手にあたると、負けてしまうこともあります。
でも「経験値」は増えています。
「大丈夫」と思えるようになります。
できることも、言えることも、増えていきます。

人は、あなたと同じ思いを持ってはくれません。
それが「否定された」と感じることもあるでしょう。
「好き」と言えないのは、「否定される自分」が怖いからです。
そんな不安を抱えながら、それでもなお、思いを表現する。
それが「好き」という言葉です。
それは「否定」ではないんです。
断られた理由と、「自分の価値」は別物です。
あなたの価値は少しも変わりません。
どんなに良いものでも、相手の「受け心」がないときは、受け取られません。
それは自分の問題ではなく、相手の心の問題です。
否定されたように感じたときは、「相手は受け取れる状態じゃなかったんだな」と思うだけでじゅうぶんです。
そして、自分で自分を受け入れましょう。
「自分の価値」が見えなくなるのは、自分で自分を否定したときだけです。

そういうことってありますよね。
人間ってつくづく矛盾した生き物ですね。
「好き」と言えないのは、好きな人の心よりも、自分にフォーカスしていることが原因です。
そんなときは、相手が望んでいることは何か?に集中してみましょう。
笑顔、優しい言葉、温かいまなざし、思いやり、心遣い。
こういうものをもらって嬉しくない人はいないはずです。
さわやかな笑顔であいさつするのも、「好き」を伝える1つの形だと思います。
あまりに大きすぎるものを与えると、相手は困惑してしまうかもしれません。
相手が受け取りやすい形で、渡すのが大切です。
「傷つかない」は事実ですが、その代わり、機会も失われます。
陰から好きな人を見ているだけで、何もしなければ、何も始まりません。
あなたの頭の中は、好きな人でいっぱいでも、相手の頭の中に、あなたは存在していません。
相手の目線で、物事を考えてみましょう。

言葉はたった2文字だけれど、言うには「自己受容」が必要です。
「勇気を出せ」と言われるかもしれませんが、イチかバチかの「勇気」より、2つの練習をするほうが効果的です。

「好き」と表現したときに、起こるかもしれないことを、いくつか予想してみましょう。
疎遠になるのは寂しいことですね。
でも、あなたの大切な気持ちを、誠実に伝えたのに、受け止めてくれない人と、一緒にいる意味はあるのでしょうか。
好きであっても、あなたを大切にしてくれない人といると、傷つき続けます。
他人に、人生の舵を渡さなくていいのです。
噂されるのは、怖いことですね。
でも、外野が野次を飛ばすのは、試合に出ていないからです。
自分はできなくても、人のことは、あれこれ言えてしまうものです。
言いたい人には、言わせておきましょう。

こういう自分に直面することは、つらいかもしれませんが、悪いことばかりではありません。
あなたの人生に深みをもたらします。
酸いも甘いも嚙み分ける、いい女・いい男になっていけばいい。
傷つくかもしれない自分を、恐れる必要はないと思います。
苦い経験も味わい尽くしたら、人生はもっと面白い。
メンパ(メンタルパフォーマンス)を考えて、不要な失敗を避けることも大切ですが、そればかりになると、つまらない人生になります。

受け入れられなかった経験のある人は、「痛み」を乗り越えなければいけません。
「似た状況」になっても「大丈夫だった」という安全な感覚を積み重ねて、神経の記憶を上書きする必要があります。
過去の悪夢がフラッシュバックするかもしれませんが、2つの事実を知れば、少し行動しやすくなります。
別の相手だから、同じ反応をされるとは限りません。
自分も昔とは変わっています。当時よりも多くの経験を重ねてきました。
仏教では「諸行無常」と説かれます。
あらゆるものは常が無く、変化していきます。
「痛い、恥ずかしい、怖い、つらい、不快だ」と過去に思ったあなたの心も身体も、どんどん変化しています。
「昔ダメだったから、今もムリ」と思うのは、あなたが生み出した「幻想」なのかもしれません。

親や先生から「なんでそんなものが好きなのか」と、理解されなかったかもしれません。たとえば、
「男とはこうだ」という型にはめられて、傷ついてきたのかもしれません。
でも、好きなものは好き。自分の心に嘘はつけないものです。
誰かのため、社会のイメージのために、自分をねじ曲げて生きるのは、苦しいものです。
大切なのは「相手のせい」にしないこと。
そう思っているかぎり、ありのままの自分を受け入れることもできません。
そんな気持ちでいられたら、とても自由です。

好き。
言葉が難しいわけじゃないのに、この短い言葉が、どうして言えないのでしょうか。
「誰からも悪く言われてはいけない!」という思いが強くありませんか?
お釈迦様は、こんな言葉を残しています。
世界の三大聖人に挙げられるお釈迦様は、どんなに慈悲温厚で聡明な君子であったことでしょう。
王様の息子として生まれ、知名度も高かったと思います。
それでも、当時のインドでは、お釈迦様のことを、
お釈迦様でさえ、そうなんです。
あなたを悪く言う人は、現れます。
あなたを悪く言う人がいても、あなたに価値がないのではありません。
あなたを好きだと言う人も、必ずいます。
悪く言う人の評価を気にするより、あなたと「ご縁のある人」を大切にするほうが、いい人生ではないでしょうか。
「好きなものを好き」と言える人は、とても素敵だと思いませんか?
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