こころ

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イライラするときの対処法〈初級・中級・上級〉イライラする原因はズバリこれ!

【目次】

  1. イライラはどこから出てくる?「欲」と「怒り」の深~い関係
  2. イライラ・怒りは怖~い心!「怒りは “ 無謀 ” に始まる」
  3. イライラ・怒りは「“ 後悔 ” に終わる」といわれる理由
  4. イライラのエピソード1「あんなことしなければよかったー!!」
  5. イライラの対処法〈初級編〉10数える/アバターを出す
  6. イライラのエピソード2「それなら仕方ないね」
  7. イライラの対処法〈中級編〉事情を設定してしまおう!
  8. イライラの対処法〈上級編〉「わが過ちは それに勝れり」
  9. イライラは、自分の本当の姿を知らされ、幸せになるキッカケになる
  10. イライラのエピソード3「あぁ、この家は悪人ばかりだな」

はじめに

こんにちは、高松です。
今日は、人気のあるテーマ「イライラするときの対処法」についてお話しします。
みんなイライラしてるんでしょうね。

「こんなにイライラする私は、おかしいんじゃないかな」

そう思われる方もあるかもしれませんが、悩んでいるのは、決してあなただけではありません。安心してください。

ちなみに今、イライラしていますか?
おそらく今この瞬間は、そんなにイライラしていないと思います。

なにも原因がないときはイライラしないものです。

必ず原因があるんです。
じゃあどこからイライラが出てくるのでしょう?

じつは、自分の姿が分かると、イライラの原因が見えてきます。
今回は、イライラする原因と、対処法〈初級・中級・上級〉をお話ししたいと思います。

イライラはどこから出てくる?「欲」と「怒り」の深~い関係

「イライラ」が今日のテーマですけれども、怒りの心を知るためには、まず「欲の心」を知らないと、原因はわかりません。

仏教では、欲と怒りの関係について、詳しく教えられています。

私たちは、欲を満たしたら「幸せ!」と感じますよね。

・おいしいものを食べて「食欲」を満たす
・お金を手に入れて「財欲」が満たされる
・好きな人と過ごせて「色欲」が満たされる
・尊敬する人から褒められて「名誉欲」が満たされる
・休日にゆっくり寝れて「睡眠欲」が満たされる

その「欲」が妨げられたときに出てくるのが、「怒りの心」なんです。

怒り = 「欲」が妨げられたときに出てくる心

「アイツのせいで、儲けそこなった!本当は儲けられる予定だったのに」
これは、財欲が妨げられた怒りです。

「なんでそんなカンタンな計算ミスするんだよー」
「なんでそれやっちゃうかな」「なんで間違って発注するかな」とかね。
仕事が増えて、睡眠欲が妨げられてイライラします。

「コイツのせいで、恥かかされた!」
名誉欲が妨げられて、カーッとなりますよね。

こういう「欲を満たすのを邪魔された時」に出てくるのが、イライラする気持ち、怒りの心です。

皆さんも思い出してみてください。
なんにも理由がなければ、怒らないんです。

・なにか言われた
・なにか邪魔された

そういう時に出てくるのが、怒りの心です。

イライラ・怒りは怖~い心!「怒りは “ 無謀 ” に始まる」

「怒」という字が、「心」の上に「奴」と書くように、怒ると「あのヤツ、このヤツ」と、相手を切り刻む。恐ろしい心です。

皆さんもきっと、怖いな~と感じると思うのです。
この心が出てくると、自分では制御できなくなってしまうからです。

怒りは無謀に始まります。

無謀って、どんな時に使いますか?
皆さんは、あまり無謀なことはしないでしょうか?

思い立って「よーし、東大受けよう!」
「全然勉強してないじゃん!無謀だよ!」

こんな感じですね。

謀(はかりごと)無し、なので、計画していないことをやるんです。
怒る予定なんてないですよね?

「水曜日の17時に怒ります」
そんなふうに決めてはいないはずです。

計画していないのに、突然スイッチが入れられてしまう。
それが、欲が妨げられたタイミングですね。

「自分はこのままいけば欲を満たせたのに、幸せになれたのに」

そう思っていますから、幸せを邪魔されて、怒りスイッチが入れられてしまったのです。

イライラ・怒りは「“ 後悔 ” に終わる」といわれる理由

こちらが正しい。
この人まちがい。
この人に間違いを分からせなきゃいけない。

イライラしたとき、たいてい、こんなことを思います。

「どうやったら相手に『自分が間違っていた』と思わせられるか」
「どうやったら痛めつけられるか」

相手を苦しめることにしか、意識が向かなくなってしまいます。

ケンカをしているとき、どんなことを言おうとしますか?

「どうしたら相手がショックを受ける言葉を言えるか」
「どう言ったらこの人がダメージを受けるだろうか」

こういうことを考えるから、普段は言わないようなことを言ってしまうんです。
みなさんも経験ありませんか?

ですから、終わった後、落ち着いた後でふりかえると、後悔に終わるんです。

「あんなこと言わなければよかった」
「あんなことしなければよかった」
と。

怒りのエピソード1「あんなことしなければよかったー!!」

ある外国であった話です。
羊を飼っているところで働いていた人が、主人から怒られてしまいました。
飼っていた羊が1匹、群れから逃げ出して、主人のごはんを食べちゃったんです。

主人は当然、怒りますよね。
「なんでこんなところに羊を入れておくのか。ちゃんと柵に入れておきなさい」

せっかく食事を準備して、喜んでもらおうと思っていたのに。
怒られてしまったじゃないか。
「羊が入ってきたから、羊が悪い!」
イライラして、羊に暖炉の火を投げつけたんですね。

どうなると思いますか?
ウールですからね!燃えるんですよ。
羊もびっくりして、あわてて群れに戻るわけです。

たくさん飼っていた羊、どの羊にも燃え移ってしまって、全部の羊を燃やしてしまった。すごい損害です。

「あー、あんなことしなければよかったー!!」
と思うんですけれども、後悔しても、しょうがないですよね。

覆水盆に返らず。

やってしまったことはどうしようもありません。
怒りは、本当に怖いなと思います。

怒りは無謀に始まり、後悔に終わる。

この言葉のとおりだなと思いますね。

イライラの対処法〈初級編〉10数える/アバターを出す

怒りの心が出たときに、どう対処したらいいか。
対処法をよく知ってもらえたらと思います。

初級編(1) 10秒数える

実際に「10」かぞえてみてください。
けっこう長く感じると思います。

怒っているときに10秒ガマンするのは、なかなか大変だと思いますが、これができたら犯罪者にまではならないと思います。

たとえば、車でビューっと追い越されたとき。
プライドの高い男性は、カチンとくる。イライラする。
そういうときに、危ない運転になって事故を起こしてしまうんですね。
自動車学校の教官は、10秒といわず「6秒数えましょう」と言います。

ちょっと短くなりましたね。6秒でも落ち着きます。
心を落ち着かせることが大切です。

初級編(2) アバターを出す

アバターのような、自分の分身をヒュッっと出してみるのもいいでしょう。そのアバターから「あー、怒ってるな私」と見つめます。

客観的に見たら、このままいったらどんな行動とるか、分かると思います。「今、危ないな」と。

客観的に見ることが、怒りの対処法と言われます。

怒りのエピソード2「それなら仕方ないね」

電車に乗っていたところ、あるお父さんが、小さい子どもを2人連れて乗ってきました。
子ども2人は靴を履いたまま、イスの上で飛び跳ねています。

「あらかわいい坊ちゃんね」と思いますか?
「ちょっとな……」と思うでしょう。

お父さんは一体なにをしているんだろう。
見てみると、お父さんは下を向いて、子どもに気づいていません。

それで、みんな怒っていたわけです。イライラしますよね。

一人の紳士が声をかけて、「子どもにそんなことをさせていては、よくないでしょう」と言いました。

お父さんはハッと気がついて、「あぁ、申し訳ありませんでした。じつは、先ほど病院で妻が亡くなりまして。子どもたちは事態を受け入れられずに、パニックになっているんだと思います」

そう聞いたら、どう思いますか?

「そういう事情があるんだったら、そういう行動をとるかもしれないな」
「かわいそうだな」
「それなら仕方ないね」

怒りも収まるでしょう。

それでもダメなもんはダメだ!と言う人もありますけれども、
私たちは、事情がわかると、怒りの心がスーッと引くところがあります。

イライラの対処法〈中級編〉事情を設定してしまおう!

このエピソード2を通して、イライラするときの対処法を考えてみましょう。

たとえば、上司が理不尽なことを言ってきたとき。上司は私の言ったことを忘れている。
「この前、言ったことなのにな」と腹が立ちますよね。

そんなときこそ、上司の事情を、こちらで勝手に設定しちゃうんです。

「この上司もノルマが達成できなくて、さらに上司からプレッシャーをかけられて、イライラしているんだろうな。この人も大変だな」
「この人も嫌なことがあったのかな。泥をはねられてイライラしたのかな」

事実と違っていてもいいんです。
設定すると「しょうがないな」と許せる心が出てくる。
自分のために、そうするんです。

少し客観的に見る余裕ができますよね。

「え~!そんなの納得がいきません」

そうですよね。
なんでそこまでして許さないといけないのか、と思いますよね。

ただ、そうやってイライラして、損をするのは自分です。
自分のために、相手を許すんです。あなた自身が、後悔に終わらないために。

自分の世界で見ちゃうと、自分の世界がすべてですから、自分のルールで、

自分は正しい、相手はまちがい。

となってしまいます。誰でもそうなるんです。

戦争でも、どちらの立場に立つかによって、見え方が変わってしまいます。
親戚がいたり、大好きな人がいたりすると、相手を許せないんですね。
自分の世界がありますから。自分の世界で、相手を「とんでもないな」と思っている。

みんな「自分の都合」なんです。

これもまさに「欲」の姿です。

イライラの対処法〈上級編〉「わが過ちは それに勝れり」

初級編・中級編も、実践は難しいですけれども、上級編は、仏教でしか言われないイライラの対処法です。

私の過ちは、もっとひどい

謗るまじ たとえ咎ある人なりと わが過ちは それに勝れり

仏教ではこのように教えられます。

「謗る」とは、非難するということ。
私たちは、まちがったことやった人や、失敗した人に対して「何やってるんだよ!」「なんでそんなことするの」と言いますよね。

「謗るまじ」ですから、そういう非難をするな、と教えられているんですね。なぜでしょう?

「咎(とが)」とは、罪・失敗・間違いのこと。
「たとえ咎ある人なりと」ということは、その人は実際に失敗したんです、落ち度がある人なんです。

だけれども、「わが過ちは それに勝れり」
私の過ちは、もっとひどいよと書かれてあるんです。

「私はもっとひどい」

こういうところに立っているんです。高度な考えですよね。

明らかに相手は失敗しているんです、まちがっているんです。ダメなんです。
ダメなんですけれども、それを縁に、自分が反省している。すごいですよね。

イライラは、自分の本当の姿を知らされ、幸せになるキッカケになる

なんでそんなすごいことが言えるかというと、仏教は本当のあなたの姿を映し出す鏡だからです。
仏教を「法鏡」と言われます。

仏教 = 「法鏡」

鏡に近づけば近づくほど、自分の姿が見えてくるように、仏教を聞けば聞くほど、欲、怒り、うらみ・ねたみ・憎しみの心が一杯だということが見えてきます。

これを「煩悩具足の凡夫」といいます。

自分の醜い心や汚い心が見えてくるのです。
だから、人が失敗したとき、イライラしたり恨んだりはするんですけれども、

「じゃあ自分はどうなのか?」

と、自分に目が向きます。

「私はもっとひどいな」と自己反省が入るので、「あなたも失敗したけれども、気にしなくていいよ」と言うことができます。

怒りのエピソード3「あぁ、この家は悪人ばかりだな」

仏教が広まると、ケンカが減ることを表したエピソードがあります。

A家とB家、それぞれ夫婦が住んでいました。

Aさんの家は、とても仲が良かった。
Bさんの家は、いつもケンカばかり。

Bさん夫婦は、罵り合いすぎて、さすがに疲れてしまいました。
「もうケンカはやめようよ」となったんですね。

ところが「俺だってケンカやめたいよ。やめたいけどお前がこう言うから……」と言うものですから、またケンカが始まりかけました。

「ちょっと待って。Aさんのところは仲良いでしょ。きっと何か秘訣があるのよ。あなた聞いてきなさいよ」
「なんで俺が行かなきゃいけないんだ」とまたケンカが始まったわけですけれども。

「まぁ、わかった」ということで、イヤイヤですが、主人がAさんのところに秘訣を聞きに行きました。

負けたくないので、教えてくださいとは言いづらくて、世間話していたんですけれども。
普段来ないBさんが訪ねてきたので、Aさんも「それで要件は何でしょう?」と尋ねます。

「あなたのところは仲が良い。その秘訣を教えてくれませんか」

とイヤイヤ頭を下げて聞いてみたんですね。

するとAさんは、「いやいや、秘訣なんかありませんよ」と爽やかにいうものですから、Bさんはまたカチンときて「こちらは苦しんで頭を下げているのに、秘訣がないと言われてしまったら困りますよ!」と。

「そこまで言われるのでしたら、気づくことを言わせてもらいましょう」ということで、こんなアドバイスをされました。

「あなたのところは、みな善人なのでしょう。うちは悪人ばかりなのです」

Bさんは、なにか皮肉を言われた、馬鹿にされた!と思って、またカチンと思ったときに、家の奥のほうでパリンと音がしました。茶碗か何かが割れたようです。

すると、こんなやりとりが聞こえてきます。

A家のお嫁さん「お母さん、申し訳ありません。私の不注意で割ってしまいました

A家の姑さん「いやいやそうじゃないよ。私が飲んだ後にすぐに片づけたらよかったのに、横着して、また後でやればいいと思ってしまったのです。私が悪いのよ、ごめんね

このように、お互い謝っているわけです。
それを見てBさんは「あぁ、この家は悪人ばかりだな」と納得した、という話です。

「悪人ばかりじゃケンカにならない」

「悪人ばかりじゃ、ケンカにならない」

と言われます。

もし戦争をしている国が、お互い、
「ウチが悪かったんです」「いやいやそうじゃない、ウチが悪かった」
こうなったら、戦争にならないでしょう。

ところが「俺が正しい、お前がまちがっている」
「いや俺が正しい、お前がまちがっているんだよ」
これだからケンカになってしまうんです。

戦争は正義と悪魔がやっているんじゃない、正義と正義がやっているんです。

もし「自分がまちがっているんです」「いえいえ私が」と言い合えたら、仲良くなりますよね。悪人ばかりじゃ、ケンカにならないのです。

仏教では「私の姿」について、どのように教えられているか。

謗るまじ たとえ咎ある人なりと わが過ちは それに勝れり

私はもっとひどい。なぜかというと、欲・怒り・愚痴の煩悩の塊だから。
全然、良いものではないんです。

悪人である自己の姿を知らされるのは、苦しいことですが、それは本当の幸せになるために必要なことなのです。

仏教を聞けば聞くほど、本当の幸せに近づきます。
ぜひ仏教を聞いてください。

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この記事を書いた人

仏教講師:高松 良行

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