「ゼロからわかる仏教教室」
「どうしたら幸せになれるのか」
「人間関係の苦しみをどうにかしたい」
「働く意味、生きる意味がわからない」
このような悩みの解決を、仏教の視点でお届けします!

今回は「有無同然(うむどうぜん)」という言葉についてお話しいたします。
これは、小学校の漢字ドリルや四字熟語にも登場する有名な言葉です。
ところが、その意味を知っている人は、意外と少ないのではないでしょうか。
知れば人生の見方が大きく変わる、大切な言葉だと思いますので、ぜひ知っていただきたいと思います。
とくに、こんな人にオススメです。
1つでも当てはまる人は、ぜひ読んでみていただきたいと思います。

有っても無くても同じだ、と言われています。
なにが同じなのか。
これは『大無量寿経』というお経に由来し、「有無同然 憂思適等(うしちゃくとう)」と続きます。
「苦しい思いをしている」という点においては、有る人も無い人も、まったく同じなのだよ、とお釈迦様は仰ったのです。
そう思われるのも、当然だと思います。
詳しくお話しします。
「有無同然」を知ると、これまでの悩みがふっと軽くなったと感じられるかもしれません。
お釈迦様は、悩んでいる人の「苦しみを抜く」教えを説かれています。

お釈迦様は、有っても無くても「苦しい思いをしている」という点においては、「みんな同じだ」と仰いました。
「有る」というのは、何が有るのかというと……
「こういうものが有ったらいいなぁ」と、多くの人が、思うものです。
私たちが「有ったらいいなぁ」と思うもの、
それをもっている人が「有る」人です。
無い人からしたら、大変うらやましく思いますが、
「有る」人もまた、苦しんでいるのだ、と言われているのです。
そう思われるのは、ごく自然なことだと思います。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
「有無同然」を知ってから世の中を見渡すと、いたるところで「そうだなぁ」と思うようになられると思います。

無い人の苦しみは、比較的わかりやすいですね。
お金が無い人は「これから将来どうなっていくのだろう」と、将来に対する不安があると思います。
また、人気のない人は、「人気が有ればいいなぁ」と思うものです。
売れないミュージシャンが、駅前で歌っても、鳴かず飛ばずで、誰も振り向いてくれない。
これは寂しいでしょう。
子どもが欲しいのに、どうしても子供に恵まれない人もいます。
子どもを授かる人を見るたびに、心で涙を流しているかもしれません。
「無い」ときの苦しみが、共感しやすいのは、ほとんどの人が、求めているものが得られず、「無い」ことに苦しんでいるからです。
それなのに、「有る」人も苦しんでいるのだ、と言われたら、反発したくなるでしょう。
ところが、お釈迦様が「有無同然」と説かれた真実は、
「有る」人の心にも響くようです。

一方で、「有る」人にも別の苦しみがあります。
例えば――
じゃあ、お金がたくさんある人はどうかというと、
「盗まれるのではなかろうか」という不安があります。
大金をカバンに入れて持ち歩いているとき、不安ではないでしょうか。
「あの人は金持ちだ」と世間に知られていたら、ますます不安です。
また、お金の有る人には、いろんな人が寄ってきますから、
「だまされるのではないか」と、人間不信になっているという人を知っています。
有る人は有る人で苦しんでいるのです。
無い人の苦しみよりも、もっと深刻かもしれません。
「人気があって困ることはないだろう」と思われるかもしれません。
売れないミュージシャンは、「みんなから注目される存在になりたい」と思うでしょう。
しかし、有名なアーティストになったらどうでしょう。
みんなから期待されて、「期待に応え続けなければならない」というプレッシャーに押しつぶされそうになる毎日だと思います。
また、売れても、しばらくすると忘れ去られていく人はたくさんいます。
「立場を失いたくない」という不安も出てくるでしょう。
「みんなから見られている」というのも、大変です。
無かった時には、想像もできないような苦しみが出てくるのです。
「人間関係が良好で苦しむことがあるのか?」と思われるかもしれません。
それでも、見えない苦しみがあるのです。
子どものいないのも寂しいと思いますが、
子供ができると、その子供との関係で苦しむ人がたくさんあります。
友達がいないのも寂しいですが、
いろんな人に囲まれて、常に気づかいで苦しんでいる人も知っています。
関係を維持するために、涙ぐましい努力が必要です。
「有る」人もまた、苦しんでいるのです。

しかし、私たちは一生懸命、
「無い状態から、有る状態にすれば幸せになれる」
と思い、「有るように、有るように」と、毎日あくせく求め続けています。
みんなそう思い込んでいるのです。
私たちは無意識に、
と、ものすごく強い思いをもっていますが、それは「思い込み」なのだよと、お釈迦様は優しく諭されます。

「縛られて苦しんでいる」という点では、同じなのです。
金の鎖のほうがいいでしょうか?
ピカピカ輝いた金の鎖に縛られたい、と思うでしょうか。
有る人も無い人も、苦しんでいるという点においては、まったく同じなのです。

「本当にそうだなぁ」「人生は苦しいな」と、しみじみと感じた方もあると思います。
では、お釈迦様はなぜ「有無同然」と教えられているのかというと、
ただ落ち込ませるためではありません。
ということを示されているのです。
「苦悩の根元」「苦しみの元」それは、モノの有る無しではありません。
それを明らかにするために、お釈迦様がおっしゃったお言葉が、
なのです。
では、本当の苦しみの元はどこにあるのか?
目を外に向けていては、絶対にわかりません。
もちろん、よい環境を求めることは大事です。
いろんなモノを手に入れること自体が、悪いわけではありません。
ただ、本当の苦しみの元は、モノの有る無しではない。
私の「心」の中に、大変な問題があるのです。

私の「心」の中にある、苦悩の根元を知るには、どうすればよいのでしょうか。
じつは、仏教を聞かないと、絶対にわからない心です。
目が外に向いていてはわかりません。
ともに仏教を真剣に聞いて、目を内に向け、
本当の苦しみの元を知り、それを解決すると、「心からの安心、満足」が得られます。
「有る」ことで得られる一時的な安心、満足とは、比較にならない、
「人間にうまれてよかった!」という幸せ者になれると、お釈迦様はそこまでの道のりも教えられています。
そういう心の幸せが、はっきり分かっていただけるまで、お話しします。
ぜひ仏教を聞いてもらいたいと思います。
=「有無同然」まとめ=
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