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自分の経験や考えを言葉で表現しようと、エッセイ(随筆)を書き始める人が増えています。
しかし、いざ書こうとすると、「エッセイって何なの?」「エッセイには、決まった型があるの?」といった疑問が湧いてくるのではないでしょうか。
エッセイの起源をさかのぼると、16世紀のフランスで出版されたモンテーニュの著書『エセー』に行き着きます。
今回は、この『エセー』から、エッセイについて考えてみたいと思います。
『エセー』 は、16世紀フランスの哲学者ミシェル・ド・モンテーニュ(1533年-1592年)が、自身の経験や古典からの引用を元にした107の随筆を集めて刊行した随想録です。
哲学者と聞くと、「この世のなりわいとは無関係な生活をしていたのかな」と思います。
しかし、その生涯をひもとくと、ワインで有名なボルドーで裁判官を務めたり、ボルドー市長を務めたりと、意外にも実務家だったことが分かります。
モンテーニュは、1570年頃から本書の執筆を始め、生涯にわたって加筆・改訂を続けたとされています。
「エセー」とは、フランス語で「試み」という意味ですが、本書によって、「特定の話題に関する主観的な短い文章」は「エッセイ」と呼ばれるようになりました。
モンテーニュは、冒頭で、『エセー』の目的は自分自身を率直に記述することだと書いています。
それに続いて、プラトン、アリストテレス、セネカなどの言葉を多く引用しながら、幸福や運命、孤独、欲望、うぬぼれ、怒り、後悔など、数多くのテーマに沿って、思うことが綴られています。
自分の感情や関心事について、丁寧に表現しようとしたのですね。
彼のモットーは、「わたしは何を知っているのか?(ク・セ・ジュ)」でした。
自分自身について、
と述べています。
続けてモンテーニュは、自分自身を知ることの重要性を次のように述べています。
現実の人間を洞察し、あるべき人間の道を追求した『エセー』は、 17 世紀のデカルトやパスカルにも大きな影響を与えています。
エッセイに求められるのは、「わたし」への好奇心と洞察力なのですね。
かの有名な孫子の兵法に、「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」との名言がありますが、「自己を知る」は、何事においても重要な一歩です。
哲学発祥の地、ギリシャの神殿には、「汝自身を知れ」と刻まれています。
「わたしとは何ぞや?」の問いこそ、何千年も前から人類が知りたいと思ってきたことなのです。
「わたし」が幸せになるには、その「わたし自身」を知らねばなりません。
エジプトのスフィンクスが、「始めは4本足、中頃は2本足、終わりに3本足となる動物は何か?」と、砂漠の旅人に問いかけ、答えられない者を食い殺したという伝説があります。
ハイハイから二足歩行を覚え、晩年、杖に頼る一生を例えたこの謎かけは、自己を知らぬ私たちに警鐘を鳴らしたものでしょう。
数ある思想哲学の中でも、人間の心の実態や仕組みを深く掘り下げているといわれるのが、ブッダの説いた仏教です。
ブッダ自身、仏教のことを「法鏡」とも説いています。
「わたし自身を知る」ことが本当の幸せの扉を開くカギであり、それを映し出す鏡のようなものが仏教という意味です。
仏教を聞き、本当の自分の姿が知らされた時、私たちは「本当の幸せ」になれるのです。
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