コラム

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昆虫の詩人ファーブルの訴えたかったこと

こんにちは、齋藤勇磨です。

粘り強い地道な観察によって、昆虫の驚くべき生態を明らかにした『ファーブル昆虫記』。著者は、フランスの博物学者、ジャン・アンリ・ファーブル(1823-1915)です。

子どものころから昆虫が大好きだったファーブルは、55歳の時に昆虫観察に専念することを決意、その後30年の歳月をかけ、全巻10巻にもおよぶ昆虫記を書き上げました。

謎に迫る過程を生き生きと記す文体は、学ぶ楽しさが読者に伝わってきて、『昆虫記』の大きな魅力となっています。

100年以上前に書かれながら、いまだに愛好者の多いこのロングセラーは、いかにして生まれたのでしょうか。

ファーブルの人生を振り返りながら、謎を紐解きます。

若き日を虫が救ってくれた

ファーブルは、南フランスの小さな村に生まれました。

子供の頃、家族はとても貧しく、両親の経営するカフェも倒産。

ついに一家は離散の道をたどります。

ファーブルは、わずか14歳にして、肉体労働でその日暮らしを余儀なくされました。

寝る場所も食べるものもままならない境遇で、何度、死を考えたかしれません。

しかし、そんな中、ファーブルの心を支えたのが、昆虫でした。

虫の生態を熱心に観察していると、その面白さに夢中になれるのです。

ファーブルは、ある日、師範学校の奨学生募集のチラシを見つけます。

「これなら、お金がなくても教育を受けられるかもしれない」。

ファーブルはその募集に飛びつきました。

試験に一発合格したファーブルは、卒業後、無事、教師となりましたが、その後も昆虫の世界に魅せられていきます。

若き日の昆虫との出会いが、彼のライフワークの原動力となりました。

「この面白さを、一人でも多くの人に知ってもらいたい」との思いで、ファーブルは教職を退き、昆虫の研究と執筆活動に専念したのです。

分かりやすい学術書を目指して

『昆虫記』は、ファーブルの永年の観察結果が記されており、学術的に見ても優れた研究書だといわれます。

しかし、教師生活を通じて、学校で様々な生徒たちと接してきたファーブルは、『昆虫記』を難解な論文調にしませんでした。

つまらないと感じさせると、学ぶ意欲が減退してしまうことを、ファーブルは教師経験から痛感していました。

一部の専門家しか読まない学術書では、多くの人に昆虫の面白さを伝えるのには不向きだと感じたのです。

一人でも多くの人に、関心を持ってもらいたい。

そんなファーブルの願いから、『昆虫記』は、少しでも読みやすくなるよう、様々な工夫が凝らされています。

例えば、彼は作中で極力、語りかけるような文体を用いて書きました。

「皆さんは、コハナバチというハチを知っていますか?たぶん知らないでしょうね……」などです。

まるで、読み手は目の前のファーブルから話を聞いているように感じ、しらずしらずのうちにファーブルの虜になってしまいます。

また、彼の記述の特徴は、「擬人化」だと言われます。

カブトムシの仲間が大きな槍であるツノを「喜んで身に着けている」とか、ハチが、クモの毒牙をかわして「何事もなかったように涼しい顔をしている」など、コミカルな記述で、読者は、ついつい先へ先へとページをめくってしまいます。

こうして、親しみやすい記述から、彼ならではの鋭い観察に導かれていくのです。

ファーブルの文章の書き方は、そのまま、インターネットの記事の書き方のお手本になりそうに感じるほどです。

これまでの学術論文とは一線を画した『昆虫記』は、大きなインパクトを世の中に与えていきました。

伝えたかったのは生命の尊さ

では、ファーブルが『昆虫記』でどうしても伝えたかったことは、何だったのでしょうか。

随筆家の串田孫一さんは、『昆虫記』のカバーに次のように記しています。

長い年月を生きて来ましたが、その間に、自分はどうして地上に人間として生まれ、生きていなければならないのかが、さっぱり分からなくなったことが何度もありました。

そんな時に必ず想い出したのはファーブルの昆虫記です。

ファーブルはすべてを忘れて昆虫の行動をじっくり観察し、それを飾らず記録することによって、生命の貴さを教えてくれました。

昆虫の動きに見とれながら学ぶ最大のことは、私たちが人間として地上に生まれ、生きている意味だと思います。

それは幼い時から機会あるごとに学ぶべきことです。

もし人間に生まれていなかったら、何に生まれていたでしょう。

アリの数は1京に達し、人類の約100万倍と言われます。

夏の夜に安眠を妨げる蚊は3,000種、陸海空の動物も合わせたら、天文学的な数値になるでしょう。

それらと比較すれば、生まれ難い中、人間に生まれたことが感じられますが、私たちは日頃、その命を、ありがたく思っているでしょうか。

感謝どころか、壁にぶつかった時には、「つらい。ストレスが半端ない。全て放り出してどこかへ逃げてしまいたい。なんで生まれてきたのか。いっそ生まれてこなければよかった」と恨めしく思うこともあります。

数え切れぬほどの生命から知らされる、人間に生まれる有り難さこそ、ファーブルの伝えたかったことなのかもしれません。

約2600年前、インドで活躍したブッダは、人間に生まれることがなぜそんなにも有り難いのか、明らかにしています。

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この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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