前回のお話は、こちらをごらんください。
立つことも這(は)うこともできない我が子、生後1年半で「長くは生きられない」と医師に宣告された長男、真一もありがたいことに、命ながらえております。
今回の投稿は「息と声」です。
「這えば立て 立てば歩めの 親心 我が身につもる 老いも忘れて」
赤ちゃんがハイハイをするようになり、やがて立てるようになり、そして歩き出す。
そんな成長を見ていると、我が身につもる老いを忘れもしましょうが、介護の日々は我が身の老いを痛感する毎日です。
昔はこれくらい平気だったのに、以前はもっと無理が利いたのに、そんな思いが日に日に募ります。
ひと晩眠れば体力回復できたのに、寝た気さえしない、身体に疲れが蓄積していくのが分かります。
前回の話からしばらく後、息子の喉がつまり、息をするのが苦しくなる間隔がだんだんと短くなり、昼夜を問わず、いよいよ呼吸がつらくなってきました。
気管切開をして人工鼻をつけますか
気管切開。
呼吸をしやすくする為に気管、のどに孔を開けることを気管切開といいます。
いつも当たり前のようにしている呼吸。
鼻や口から空気を吸って、その空気がのどから気管を通って肺に送られます。
空気を充分に吸えなかったり、痰や分泌物をうまく吐き出せずに苦しくなってしまう時、気管切開をすることで、空気が肺に送られやすくなり、つまった痰も吸引しやすくなります。
「呼吸が楽になりますよ。真一さんもお母さんも、夜、安心して眠ることができますよ」と医師に勧められました。
そうか、本人も楽になるし、家族も楽になるのか。
その時、医者がポツリ。「でも声が出せなくなるかもしれません」
今も話すことはできませんが、アーとかウーとかの声を発することはできます。
その声は息子にとって大事な感情表現の手段です。
手足を思い通りに動かせない、話もできない、これで声まで奪われては、不憫すぎる。
愛おしい我が子をただ抱きしめることしかできません。
しかしいつまでも結論を先延ばししても事態は改善いたしません。
さてどうする、呼吸をとるか、声をとるか
思えば、人生は、生きていくことは、取捨選択の連続と言っていいかもしれません。
高校を卒業して就職するか、大学へ進むか。
大学は文科系か理科系か、どんな職業を選択するか、どこの会社に就職するか。
右に行くということは左には行かないということ。
この大学に行くということは、他の大学には行かないということ。
この会社で働くということは、他の会社には行かないということ。
この人と結婚するということは、別の人とは結婚しないということ。
Aを選ぶということは、A以外の全てを選ばない、捨てるということ。
その時々でベストの選択をしなければなりません。
捨てるべきものと選ぶべきもの、好んで悪いことを選ぶ人は少ないでしょうが、いくら「良いこと」でも、それが「もっと良いこと」の妨げになるならば正しい選択とは言えません。
今、最優先すべきことは、一番大事にすべきことは何なのか?
何を選ぶ、限られた人生になすべきことは?
この子にとって一番良いこととは?
一方で声なき声が聞こえます。
本当にその選択は子どものことを思っての選択か
自分が楽になりたいだけじゃないのか、子供をゆっくり眠らせてやりたいのではなく、自分がゆっくり眠りたいだけじゃないのか。
人の為と書いて偽。
人の為に善いことをする者、偽善者。
きれいごとを言っても、偽善者と言われれば返す言葉もない私。
欲から離れられない、自分のことを優先して考えている私。
はたして正しい選択ができているのか。
この子にとって。
悩んだ挙句、ごめんね、また身体にメスを入れさせてね。
気管切開の道を選びました。
当たり前の付け所を教えてくれる我が子
真一のベッドの周りには、どんどんと医療機械が増えていきますが、お蔭さまで調子の良い時には声が出てくるようになりました。
「声が出たね、声を聞かせてくれたね、ありがとう」
「そうかウンチが出て気持ち悪いよって教えてくれたのか」
「そうかお風呂に入って気持ち良いって言ってくれたのか」
恵まれすぎていると、周りも見えなければ自分自身も見えなくなってしまいます。
恵まれていることを、当たり前のように思ってしまいます。
生きていること、呼吸していること、周りに家族や友人がいてくれること。
事故や災害に遭わず、今日も家に戻って来られたこと。
他人のことより自分が最優先で、人から相手にされなくて当然の自分。
それを皆が支えてくれて今日も一日を過ごすことができている。
当たり前でない一日一日。
当たり前の付け所を間違えそうになると、子供がウーと叱ってくれます。
共に励まし共に進みます。
一番大切なものを間違えないよう、しっかりと正しく取捨選択して最高無上の道を進みます。
(つづく)
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