人間関係

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他人の評価に一喜一憂する生き方をやめる~ある高僧の感動ヒストリー

これが分かれば、生き方が楽になる

こんにちは。仏教講師の山本真紀です。

私たちは、褒められると、とても嬉しいですし、幸せな気持ちになります。

反対に、人に悪く言われると、落ち込み、もう生きていけないくらい悔しいし、悲しいです。

他人の評価に、一喜一憂しているのが、私たちではないでしょうか。

では、他人は、正しく私を評価しているのでしょうか。

実は、他人は、その人の都合で、悪口を言ったり、褒めたりします。
まったくあてにならないのが、人の口なのです。

「今日ほめて 明日悪く言う 人の口
 泣くも笑うも うその世の中」

同じ人でも、昨日まで「いい人」とほめていたかと思えば、今日は「ひどい人、サイテー」に変わることもあります。きっと、何か都合の悪いことが起きたのでしょう。

自分にとって、都合のよい相手は「いい人」と評価し、都合が悪ければ「悪い人」と批判する。人は、都合によって、よくも言うし、悪くも言う。

あてにならない世の中です。

それが分かれば、生き方が楽になります。

他人の評価に翻弄されず、自分の人生を生きることができるようになります。

どんな偉人でも、みんなが褒めることはない

どんな立派な人でも、みんなから褒められることはありません。

仏教を説かれたのは、今から2600年前のお釈迦様でした。お釈迦様を、世界最高の偉人と称讃する人が多くあります。しかし、

「釈迦に提婆(ダイバ)」

と言われるように、今日、世界最高の偉人といわれるお釈迦様にさえ、命を狙うダイバダッタという男がいました。

お釈迦様でもそうだったように、たとえ皆が幸せになれる真実を伝えているからといっても、みんなが賛同する訳ではありません。

これは、いつの時代でも、どこへ行っても変わりません。

そういえば、日本のお釈迦様といわれる聖徳太子。みんな学校で偉い方と学びます。昔は、1万円札、5千円札は、聖徳太子でした。

その聖徳太子にも、

「太子に守屋(もりや)」

といって、物部守屋(もののべのもりや)という敵がいました。どんな人にも、都合の悪い人が必ずいるのです。

『過去にも、今にも、未来にも、
 皆にてそしる人もなく
 皆にて褒むる人もなし』(法句経)

みんながそしることもなければ、褒めることもない。人は皆、都合で動きます。
都合がよければ褒めるし、都合が悪くなると、たちまち悪く言う。

人の口には戸が立たない。

特に女性が集まると、うわさ話が好きですよね。人の批判をして喜んでいること、多いように思います。言いたいことがあるならば、はっきり言えばいいものを……陰口は一つの得もありません。

が、他人にどう評価されようと、

『豚は褒められても豚 
 ライオンはそしられてもライオン』

褒められたからといっても豚は、豚。
そしられたからといってもライオンはライオンです。

高僧・源信に学ぶ「他人の評価に一喜一憂する生き方をやめる」

聖徳太子は「日域は大乗相応の地なり」(日本は、まことの仏教が花開くにふさわしいところだ)と言われていますが、日本で平安時代に活躍されたのが、源信僧都(げんしんそうず)という方です。

高僧・源信僧都に、こんなエピソードが伝えられています。

源信の幼少時代

源信は、幼い頃は千菊丸(せんぎくまる)と言い、奈良の貧しい村で生まれた。他の子も貧しくて、着物の紐が、藁で編んだ縄だったという。

ある日、子どもたちが河原で遊んでいると、一人の僧がやってきて弁当を食べ始めた。子どもたちは、うらやましそうに眺めている。

独り占めして食べ終わったあと、僧は弁当箱を川で洗い始めた。ちょうど、昨日までの雨で濁った川だった。千菊丸が近寄って、

「お坊さん、そこの水は汚いよ」

聞いた僧は、ムッとして、子どもに分からないことを言って、ぎゃふんと言わせてやろう、と思い、

「坊や、仏教では浄穢不二(じょうえふに)と言ってな、きれいとか汚いというのは、人間の迷いなんだ」

と言った。すると千菊丸、

「じゃあ、なんで弁当箱を洗うの?」

ぎゃふん、となったのは僧のほうでした。

このままでは立ち去れない。しばらく見ていると、子どもたちは石遊びを始めた。そこでくだんの僧が、千菊丸に話しかける。

「坊や、さっきはうまいこと言うた。坊やは数をかぞえられるかい?」
「数えられるよ」
「じゃあ、数えてみよ」
「いいよ、ひとつ、ふたつ、みっつ…ここのつ、とお」
「お。お前、一つ、二つ…と皆『つ』をつけたのに、なぜ十だけ『つ』をつけないのだ」
「それはお坊さん、『いつつ』の時に『つ』を2回使ったから足りなくなったんだよ」

再び即答した千菊丸に、

「この子は、ただの子ではないぞ」

と僧は感服し、

「坊や、お父さん、お母さんはいるかい」

と尋ねた。

「お父さんは死んでいないけど、お母さんはいるよ」

僧侶をつれて千菊丸が家につくと、母親は驚いて、

「うちの子がご迷惑をおかけしましたか。申し訳ありません」

「いやいや。この子は大変立派なお子さんだ。比叡山に入れば、きっとすばらしい僧侶になる」

「じつは亡くなった父親も、この子を僧侶にしたいと言っていました」

お母さんとしては寂しかったと思いますが、子のためを思えばと、比叡山にやったのです。

比叡山時代の源信

かくて勉学に励んだ源信は、15歳で、比叡山で一番になりました。

その頃、時の天皇が、経典の講釈を聞きたい、と比叡山に打診してきました。

天皇の前で説法をする。誰でも彼でもできるものではありません。誰がいいか、となった時、源信に白羽の矢が立ちました。

立て板に水を流すような説法に、天皇も驚いて、
「そなた今いくつだ。15とは…」
と、たくさんの褒美を用意した。

比叡山では大騒ぎとなり、「よくやった」「すばらしい」と源信を出迎えた。

源信は「お母さんにも知らせたい。さぞ、お母さんも喜んでくれるだろう」と、手紙を書いて、褒美の品と一緒に送った。

ところがしばらくすると、送った荷物が、そのままかえってきた。
そこに手紙が添えられていた。その内容とは――。

「私は、片時もおまえのことを忘れたことはありません。

どんなに会いたくても、やがて尊い僧侶となってくれることを楽しみにして耐えてきたのです。

それなのに、権力者に褒められたくらいで有頂天になり、地位や財物を得て喜んでいるとは情けないことです。名誉や利益のために説法するような僧と成り果てたことの口惜しさよ。

後生の一大事を解決するまでは、たとえ石の上に寝て、木の根をかじってでも仏道を求め抜く覚悟で山へ入ったのではなかったのか。

夢のようなはかない世にあって、迷っている人間から褒められて何になりましょう。

後生の一大事を解決して、仏様に褒められる人にならねばなりません。そして、すべての人にまことの幸せの道を伝える、尊い僧になってもらいたいのです」

手紙の最後には、次の歌が書き添えられていた。

「後の世を わたす橋とぞ思いしに 世渡る僧と なるぞ悲しき」

“母一人、子一人のかわいいおまえを比叡山に送り、仏法を学ばせているのは、おまえに「後の世を渡す橋」になってもらいたかったからです。

ところがおまえは、何と残念な者に成り果ててしまったことでしょう。

褒められて有頂天になっているその姿は、後の世を渡すどころか、名声や財産を求める「世渡る僧」ではありませんか。

そんなおまえに、この母はとても悲しんでおります”

源信は泣いた。

迷夢からさめた心地で、ひたすら後生の一大事の解決を求めて、勉学に励むのであった。

母との再会

それから25年以上の歳月が流れた。

ついに後生の解決を果たし、まことの幸せの道を知られた源信は、「今度こそお母様に喜んでいただける」と、郷里の母の元へ急ぐのであった。

その時、年老いた母は病床に伏していたが、枕元で源信の説法を聞き、母もまた、まことの幸福に生かされた、と伝えられている。

迷った人間に褒められるよりも

この母にして、この子あり。

源信僧都のお母様は本当に立派な方であったと感動いたします。

わが子が褒められたら、ふつうは嬉しいものです。世の中の人たちから、ちやほやされれば鼻が高いでしょう。しかし、源信僧都のお母様は、徹頭徹尾、信念を貫かれました。

「迷った人間に褒められるよりも、仏様に褒められる身となれ」と念じ続けられていたのです。

仏の教えは、いつの時代、どこへ行っても変わらない、幸せの真理を教えたもの。そこにこそ、いつでもどこでも変わらない、私たちが求める本当の幸せがあります。

都合によってコロコロ変わる、人の評価を気にしている時間はありません。

人間に生まれてよかった、この身になるための人生だったのか、と心の底から喜べる本当の幸福を、あなたにも知っていただきたいと思います。

もっと仏教を聞いてみたい方は、一度、近くのセミナーに足を運んでみてください。

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この記事を書いた人

仏教講師:山本 真紀



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