こころ

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人生に疲れた時・生きるのに疲れた時・問題を根本解決するたった一つの方法

「あー疲れた」と「人生に疲れた……」のとでは、問題の質がまったく違います。

庭仕事やスポーツ、大掃除などを終え、「あー疲れた」ならば、休憩したり、ジュースを飲んだり、食事したりすれば、元気も回復することでしょう。

もちろん、人生に疲れたと感じたときも、十分に睡眠をとり、適度に運動し、食生活を改善し、ストレスを発散させることは大事です。

けれど、「人生に疲れた」と感じた場合、ジュースを飲んだり休憩しても、それで問題が解決できるわけではありません。これはかなり根っこが深い問題だからです。

生きていると色んなことがあって辛くなり、生きていくことに疲れてしまうのですが、あっという間に過ぎゆく人生、疲れて終わってしまっては誠に残念です。

そこで今日は、とりあえずやり過ごしたり、ごまかしたりするのではなく、根本的にこの問題を解決するにはどうすればいいのか、についてお話ししたいと思います。

どんな時 「人生・生きるのに疲れた」となるのか

まず、人はどんな時に苦しみを感じ「人生に疲れた」「生きるのに疲れた」という心になってしまうのかを知っておくことが大切です。

このことを先回りして知っておかないと「どうして私がこんな目に」「私はついてないんだ、ダメなんだ」と必要以上にショックを受けたり落ち込んだりしてしまいます。

実は、どんな人にも共通した苦しみがあるのです。
そのことを知っておくだけでも「自分だけではないのだ」と分かり、「では、どうすればいいのだろう」と、解決への道を一歩踏み出すことになります。

では、すべての人に共通した苦しみとは何でしょう。
実は、それを教えたのが「シクハック」です。

困難な状態に陥ったとき、「シクハックした」「シクハックする」といいます。四字熟語の試験にもよく出てきますね。
どのように書くのか。答えは、

「四苦八苦」

です。

もともと仏教の言葉で、仏のさとりを開かれたお釈迦様は、「人生は苦なり」と道破なされ、その実態を「四苦八苦」で教えられました。

○生苦
○老苦
○病苦
○死苦
 ……四苦

○愛別離苦
○怨憎会苦
○求不得苦
○五陰盛苦
 ……四苦と合わせて八苦という

それぞれどのような意味か、簡単にお話しいたしましょう。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(1)生苦

初めの「生苦」とは生きてゆく苦しみ。

フランスの思想家、ルソーは、こう言いました。

人生の最初の四分の一はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の四分の一はまたその楽しさを味わえなくなってから過ぎていく。

しかもその間の期間の四分の三は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。
人生は短い。

現在、日本人の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳ですが、日数に換算すると何日生きられるか、ご存じでしょうか?

答えは男性なら約30000日、女性なら約32000日です。

10000日目を、27歳4ヶ月で迎え、
20000日目は、54歳9ヶ月。
30000日目は、82歳1ヶ月で迎えることになります。

ルソーの言葉に当てはめると、女性なら、

「最初の8000日は使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の8000日は、その楽しさを味わえなくなってから過ぎていく。

その間の16000日の四分の三、つまり12000日は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。
人生は短い」

ということになりますね。

この生きていく苦しみ「生苦」を具体的に教えられたのが「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」です。

順番に見ていきましょう。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(2)愛別離苦

「愛別離苦」とは愛する人やモノと別離する苦しみをいいます。

失恋はその最たるものですが、より身近なことでいえば、財布から福沢諭吉も夏目漱石さんも去っていったとか、朝、愛する布団と別れて起きねばならないとか、冷房のきいた愛する部屋から出て仕事にいかねばならないなど、いろいろあります。

子育てがひと段落した時に陥りやすい、空の巣(からのす)症候群というものもありますね。

自分の生きがいだった子どもが独立すると、母親は肩の荷が下りると同時に、言葉にできないような寂しさを感じることがあります。
この、ひな鳥の巣立ち後の「空の巣」状態に例えられた状態を、「空の巣症候群」と言うのです。

ペットロス症候群もあります。
ペットと死別したり、ペットが行方不明になったり、盗難に遭ったりしたことなどを契機に発生する、悲しんだり、落ち込んだりする症状のことです。

ペットに限らず、ドラマが終了した時なども、「●●ロス」という言葉がよく使われるようになりました。

これらも皆、悲しく辛いことですが、何より永年連れ添った伴侶や親、子との死別は言葉にできない悲しみ、苦しみです。

このような愛する人やモノと別れ離れ離れにならねばならない苦しみを、愛別離苦といいます。

別れのない出会いはありませんから、悲しいことですが、皆、愛別離苦を経験するのです。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(3)怨憎会苦

次の「怨憎会苦」とは、怨み憎むものと会わねばならぬ苦しみです。

愛する人とできるだけ一緒にいようと最大限に努力してもなかなか会えないのに、イヤな奴は、最大限の努力をして避けようとしても、なぜか会ってしまう。理不尽な世の中と感じてしまう人も少なくないかもしれません。

統計によると、仕事上の悩みで一番多いのが「職場の人間関係」(41.3%)だそうです。※平成24年 労働者健康状況調査 厚生労働省調べ

最近、夫の在宅がイヤでイヤでたまらず、高血圧やうつなどの症状が出て体調を壊す妻が多くあるようです。
「主人在宅ストレス症候群」なる病名までついています。

一方、NHKの「クローズアップ現代+」によると、”すぐキレる妻が怖い”という夫がなんと47パーセントもあり、ほぼ半数となっています。
妻は自分も働いているのに、家事や子育てを手伝わない夫にイライラしているのですが、夫は妻が何を怒っているのか分からないので会話もできず、退社後も帰宅せずに繁華街を、何時間もさまよう「フラリーマン」が急増中。
ますます妻はキレ、ますます夫は帰らず、互いの悪循環が高速に進んでいるのが、社会問題となっています。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(4)求不得苦

「求不得苦」は、求めているものが得られない苦しみのことです。

就職できない、結婚できない、資格がとれない、才能がない、美貌がない、お金がない……。
人はいつも何かを求めていますが、簡単に求まるものなどほとんどありません。
SNS疲れも、うらやむ生活を見る機会が増えているところからくるようです。
「あの人にはあるのに私にはない。私も欲しい」と求めるのですが、求まらない。
ムリに借金してまで、幸せなフリ、豪華な装いを演出し、借金抱えて後悔している人も後を絶たないようです。

しかも、仮に求まったとしても、

「世の中は
 一つかなえば また二つ
 三つ四つ五つ 六つかしの世や」

七つ、八つ……もっと、もっともっとと、死ぬまで「夢のまた夢」に取りつかれ、私たちは”六つか(難)し”の世界に生きているのです。

このように「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」という苦しみがつきまとうのが人生。「生苦」の実状です。

さらに人生には、すべての人が避けられぬ「老苦」「病苦」「死苦」が必ず訪れます。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(5)老苦

「老苦」は肉体が古びていく苦しみです。

幼い頃、なぜ祖父母が眼鏡を外して小さい文字を見るのか、全く理解できませんでしたが、自分が老眼になるとよく分かる。

「高齢化社会」という言葉はことあるたびに聞かれるようになりました。

総務省統計局のデータによれば、1950年(昭和25年)には500万人(総人口の約5%)にも満たなかった高齢者は、1980年(昭和55年)には1,000万人(総人口の10%)を超えました。

さらに平成に入ると急速に増加し、2012年(平成24年)には3,000万人(総人口の20%)を超えています。

2015年(平成27年)には、高齢者1人を約2.3人で支える計算となり、2065年には、高齢者1人を1.3人で支える時代が到来するだろうと予測されています。

老いの苦しみを、このようにもいわれます。

美貌で世に出たものは、老いの浸透ほどの苦しみはあるまい。
容姿で世に出たものは、容姿の衰えほどの苦はなかろう。
美声で世に出たものは、すりへる声に歌う意欲もなえよう。
豊かな体力で世に出たものは、弱まる足腰は致命傷となる。
博学で出世したものは、認知症に捨てられる。

ますますこれから、社会保障の破綻や老老介護、孤独死など、独り暮らしの気楽さは、加齢とともに心細さにすり替わる。
総理、大臣、会長、社長と言われても、地位を去れば勝手が違う。家庭の粗大ゴミと、哀れを誘うかも知れぬ。

これまた、万人が逃れられぬ苦しみです。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(6)病苦

「病苦」は病の苦しみです。「やまいだれ」に「丙」と書くのは、どんな病気も当事者には甲乙つけがたい苦痛だから、といわれます。

人間は「病の器」とも言われ、命ひとつに、病は幾千とも知れません。

「健康が元通りに回復してくれたら、あとは何も要らない」

重い病に罹った人は、誰しもそう思うのは、病はそれほど苦しいからに違いありません。

辛いトレーニングに励むのも、食べたい物をあえて控えるのも、病苦よりましだと思うからでしょう。

人生に疲れた・生きるのに疲れたと感じる時(7)死苦

「死ぬほどつらい」という言葉がありますように「死苦」は最大の問題です。

この百パーセントの未来が、私たちの人生を巨大な不安で覆っているのです。

 蓮如上人は有名な『白骨の御文章』に、こう言われています。

「未だ万歳の人身を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し」 (白骨の章)

 どこにも千年万年、生きている人を聞かない。人生は実に短い。

「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。既に無常の風来りぬれば、即ち二の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは、六親・眷属集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず」 (白骨の章)

朝元気な人が、夜にはポックリ死んでしまうこともよくあること。次の世に旅立つ時は、妻も子供も兄弟も連れにはなってくれない。この世のもの何一つ、持ってはいけないのです。

五陰盛苦は、五陰とは肉体のこと。肉体あるがゆえの苦しみであり、前の7つを総括されたものをいいます。

「なぜ生きる」がハッキリすれば人生の疲れを乗り越えられる

残念ながら、この四苦八苦は、どんなに金持ちになっても、どんな立場になっても、どこの国に行こうとも避けられません。

しかし、四苦八苦の人生に、生きる目的があります。
そして、生きる目的がハッキリすることによって、苦しみを乗り越えていけるようになるのです。

『なぜ生きる』という本には、こう書かれています。

生きる目的がハッキリすれば、勉強も仕事も健康管理もこのためだ、とすべての行為が意味を持ち、心から充実した人生になるでしょう。病気がつらくても、人間関係に落ち込んでも、競争に敗れても、
「大目的を果たすため、乗り越えなければ!」
と〝生きる力〟が湧いてくるのです。

ニーチェは『道徳の系譜』に、なぜ生きるかがわかれば、「人間は苦悩を欲し、苦悩を探し求めさえする」と書いています。方向さえ正しければ、速く走るほど早く目的地に着きますから、損をする苦労は一つもありません。人生の目的成就のためならば、時間、体力、お金をどれだけ使っても、百パーセントそれらは生かされます。使い捨てにはならないのです。

人生に苦しみの波は絶えませんが、生きる目的を知った人の苦労は、必ず報われる苦労です。人生は素晴らしい、と言う人もいれば、何をやってもむなしい、と言う人もいます。真の「人生の目的」を知るか、否かの違いでしょう。

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