20世紀を代表する物理学者といえば、アルベルト・アインシュタイン(1879-1955)でしょう。
26歳で「光量子仮説」「ブラウン運動」などに関連する斬新な論文を次々に発表し、学会を揺るがしました。
1922年、ノーベル物理学賞を受賞しています。
そんな彼の代名詞ともいえるのが相対性理論です。
それまでの物理学の常識を根底から覆す、「時空がゆがむ」という発見は驚くべきものでした。
その理論をたった1行で表した有名な公式が、E=mc2です。
この式は、「小さな質量が莫大なエネルギーを生む」ことを示唆していました。
この発見により、晩年、彼は大きな後悔を覚えることになるのです。
アインシュタインと原爆|平和主義者の苦悩と深い後悔
アインシュタインの生きた時代は、2度の世界大戦の時期と重なっています。
ドイツのユダヤ人家庭に生まれた彼は、ナチスに追われ、アメリカへ亡命しました。
ヒトラーが政権を握り、ユダヤ人に恐るべき弾圧が加えられるに至り、平和主義者だった彼の考えは揺らぎました。
米国のプリンストン高等研究所の教授に迎えられた彼は、ナチズムを倒すため、アメリカ軍に協力するようになります。
1939年、彼を驚愕させる報告がもたらされました。
ドイツの科学者が、ウランの核分裂を発見したというのです。
それは、アインシュタインの理論が現実となり、「原子爆弾」開発の可能性が格段に高まったことを意味しました。
「ナチスより先に完成させなければ、大変なことになる!」
学者仲間の求めに応じ、アインシュタインは、当時のアメリカ大統領に宛てられた、原爆開発を促す手紙に署名。
かくてアメリカはプロジェクトチームを結成し、人類史上初めて原爆を製造したのです。
原爆が完成した時、すでにナチス・ドイツは降伏していました。
その恐るべき威力を理解していたアインシュタインは「投下はもう必要ない」と強く訴えましたが、その声は届かず、ついに、ヒロシマ、ナガサキの悲劇を生んだのです。
戦後、アインシュタインは、アメリカを訪れていた日本人物理学者・湯川秀樹の研究室を訪ねました。
彼は湯川の手を握りしめると、肩を震わせ、涙を流しながら、こう繰り返したといいます。
「罪もない人たちを原爆で傷つけてしまった。どうか許してほしい」*1
史上最悪の兵器を生み出した自分の研究成果に強く責任を感じていたのでしょう。
晩年、アインシュタインは、76歳で亡くなるまで、核兵器廃絶を叫び続けました。
科学の光と影|アインシュタインが求めた「生きる意味」を示す宗教
アインシュタインは急進した科学の危険性を、「あたかも3歳の幼児が手にしている剃刀」*2だと例えました。
剃刀は、分別のある人が使えば重宝するものですが、分別をわきまえぬ幼児が持つと、自他ともに傷つけてしまう、大変危険なものになります。
生活のあらゆる面で科学の恩恵にあずかっている現代ですが、かつてない大量殺戮にも使われ、人類自体を滅ぼそうとするまでに至っています。
科学の進歩が、イコール幸福とはいえないと示したのが、20世紀だったといえるでしょう。
そのアインシュタインは、一方で、宗教論も著しました。
科学と宗教――。両者は相いれないと、見なされがちでしょうが、彼は、「宗教なき科学は不具であり、科学なき宗教は盲目である」という言葉を残しています。
生きる指針を指し示す、思想・宗教の重要性を訴え、その宗教に3段階あると述べました。
第1は、原始的な「怖れの宗教」で、たたりを与える神を想像し、いけにえを供えて、機嫌をとるものです。
文化的な民族に多いのが、第2の段階、人格神を説く「倫理的宗教」です。
しかし、科学の発達により、病気や遺伝など、種々の因果関係が明らかになるにつれ、神の意思が働く余地は全くないとの確信は深まる一方だ、とアインシュタインは言っています。
さらに、天動説や進化論など科学の領域に、独断的な神話を持ち込む人格神の概念が、宗教と科学の抗争を生んできた、と結論づけました。
第3段階の宗教とは、神の概念のない「宇宙的宗教」だと言い、因果律に立脚し、科学と何ら矛盾しない仏教に、多大な関心を寄せています。
著書『私の世界観』の冒頭には、「われわれはいろいろなことをするが、なぜそうするのかは知らない。(中略)生きる意味は何か?その問いに答えるのが宗教である」と述べました。
また、「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、それは『仏教』だ」と語っています。
道具である科学の危険性を熟知していたからこそ、最も大切な人生の目的を明示する「真の宗教」を、アインシュタインは切実に希求したに違いありません。
[出典]
*1 佐藤光浩(著)『ちょっといい話』 アルファポリス
*2 湯川秀樹(監修)井上健、中村誠太郎(訳)『アインシュタイン選集3 アインシュタインとその思想』 共立出版
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