戦国武将の上杉謙信は「越後の龍」と畏怖された名将で、15歳で初陣を果たしてから49歳で亡くなるまで、その生涯戦績は71戦中、61勝2敗8分。
その勝率たるや、なんと97パーセントというから驚きです。
この数字は、数多の戦国大名の中でもナンバーワンで、当時、京でも話題になるほどだったといいます。
晩年、飛ぶ鳥を落とす勢いで北陸方面に進出してきた織田軍と、石川県の手取川で合戦しています。
上杉軍2万、織田軍4万という圧倒的兵力差にありながら、これを一蹴。
戦後、謙信は家臣に、「“魔王”などというから、如何ほどのものかと思ったら。存外たいしたことはなかったのぉ」と漏らしたといいます。
ところが、圧倒的強さを誇ったその謙信が、天下を取ることはついにありませんでした。
逆に、手取川の戦いで手痛い敗北を喫した信長のほうが着実に「天下」への階段を上っていくことになります。
この差は一体、どこにあったのでしょうか。
無頓着だった「目指すべき方向」
それは、謙信は、一戦一戦には鬼神のごとき強さを誇りましたが、肝心の「目指すべき方向」に無頓着だったからだといわれます。
謙信とて戦国大名として、いずれは上洛して天下に号令することが目標だったはずですが、彼の戦歴を調べてみると、全く「方向性」が見えてきません。
○北条の支配する小田原 (神奈川) 方面( 南東 )に進撃すること43戦。
○武田が進出してきた信濃 (長野) 方面( 南 )に進撃すること6戦。
○織田が進出してきた北陸 (富山) 方面( 西 )に進撃すること17戦。
このように、向いている方向が、見事にバラバラです。
これは例えるなら、水上において、ただ闇雲に手足をばたばたさせているのと同じです。
それでは水柱が立つだけでちっとも前(天下)に進みません。
進まないどころか、あっという間に体力(寿命)が尽き、沈んでいきます。
きちんとした方角(戦略)を示し、これに基づいて手足(軍)を動かせば、着実に岸(天下統一)に向かって泳ぐことができたでしょうに。
「目指すは京都!」を見失わなかった信長
一方、信長はどうだったのでしょうか?
信長の戦績は、68戦中、49勝15敗4分で、確かに謙信に比べれば、勝率はあまり高いとはいえない(77パーセント)かもしれません。
しかしながら、信長は岐阜城を押さえ、「天下布武」という“戦略”を掲げるや、常に京都を見据えていました。
背後の憂いを断つため、徳川家康と同盟を結び、上杉・武田と友好を結んで、その力をできる限り京都に集中させています。
信長は、常に「目指すは京都!」を見失うことなく力を注いできたことで、たとえ勝率は悪くとも、それをカバーして余りある成果となって返ってきたのです。
こうして、信長が一歩、また一歩と天下へ近づいていく中、謙信は連戦連勝を重ねながら、一歩も前に進むことなく、ただ年を重ねていったのでした。
晩年に後悔した謙信
天正5年(1577年)。そんな対照的な2人が、石川県の手取川で一戦交えたのです。
結果はすでに述べたとおり。
恐らくは、この信長との一戦で、謙信、何か感じるものがあったのでしょう。
彼は自国の春日山城に帰還した5日後には、直ちに次なる遠征に向けて大動員令を発しています。
その目標は現在明らかになっていませんが、恐らく、織田軍に触発されて、本格的に上洛を目指すつもりだったと思われます。
「あやつ(信長)にできて、わしにできぬことなどあるものか。わしも若くない。今こそ、永年の夢をかなえようぞ!」
謙信の年は、その時、数えで49歳。
「人生五十年」といわれた当時、感慨深いものがあったのでしょう。
今までの自分の人生が走馬灯のように去来したのでしょうか。
彼が詠んだのが、次の句でした。
「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」
49年の歳月、本当にあっという間だなぁ、という感慨を詠ったものです。
しかし、彼の上洛の夢はついにかなうことはありませんでした。
いよいよ、出陣を6日後に控えた日、便所で倒れている謙信が発見されたのです。
何事も方角を見失ってはならない
どんなに優れた才も、常に方向を見据えて有効に活用しない限り、空回りしてしまいます。
しかし得てして、才能豊かなほど、その才に目を奪われ、自分の犯している致命的な過ちに気がつかないもの。
そして気づいた時には、もう手遅れになってしまうのです。
謙信の人生はそうした教訓を教えてくれます。
何事も方角を見失ってはなりません。人生もまたしかりです。
その私たちの人生に、ハッキリと方角を示してくれるのが、『歎異抄』です。
人生には、やりたいことがたくさんありますが、命あるうちに果たすべき、真の生きる目的は何か。
ムダに人生を過ごしてはいないか。
一度きりの人生、決して後悔を残してはなりません。
人生の羅針盤を、しっかりと学びましょう。
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