幸せとは

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【アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア】田中進一の世界(三月十九日・二十日)『フライザイン~死に対して自由な心を求めた僕と彼女と妹の物語』

【アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア】田中進一の世界(三月十九日・二十日)

 家につくと僕は、八つ当たりするかのように乱暴にイスに腰掛けた。
 しばらく、回るイスを回転させ時間を浪費する。心が荒い息をついているようで落ち着かない。イラつきながらパソコンを立ち上げた。
 ネットに接続し、『春の日記』を開き、荒っぽくパスワードを打ち込む。前回と同じように、一息いれてから力強くエンターキーを押した。


 ページが開かれると、一つだけ新しい記事が書かれてあった。

       ***

●春の日記  
 
 星空を見るのが好きだった私。
 ある日、それは恐怖に変わった。
 あまりにちっぽけな自分に気づいてしまったから。
 大宇宙のチリにうごめく私。
 いてもいなくても何も変わらない。

 変わり映えのしない日常にあるのは、
 支えきれない苦痛。
 出どころ不明な不安。

 人は、なぜ死ぬの?
 ねえ、あなたは答えてくれますか?

 人は、どうして死ぬのですか?

         ***

 僕はイスを思いっきり回転させた。何の解決にもならないけれど、ただ、同じところをグルグル回り続けた。
     
 次の日、僕は日乾し(ひぼし)のようにキャンパスのベンチに寝っころがり、空を見ていた。
 お腹の上で、シロが体を丸めて眠っている。

《ああ、最後の砦が落城してしまった。タイムリミットまで後三週間しかないのに、いったいどうすりゃいいんだ》

 僕はトホホと途方に暮れていく。所詮、一般庶民の頑張りは、ここまでなのだろうか。
 しかし、今までのように投げ出せる問題ではないのだから、ともかく出来ることからやろうと、やっとやっと思いなおし、昼でも食べるかと体を起こした。シロがピョンとお腹から下りる。

 桜舞う時計台の入り口に近づいたとき、腕を組み、大地を踏みしめて足を開き、Aの字のようにデーンと立って、かなり目立っている女性が目に入った。遠目でもそれが誰かはスグに分かった。そう、あのメガネ女性だ! 

 僕の心にビートルズのナンバー『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』が流れる。

 驚きをもって遠くから見ていると、なんとなく目があったように感じた。と、メガネの奥がペルシャ猫の瞳のようにピカリと光るが早いか、僕の方へ速足で歩いてくるではないか! よもやと思ったが、その女性は一直線にドンドン接近してきて、パニック状態の僕の数センチ前で停止した。

 ジッと僕を見つめるその瞳にクラクラになる。僕の息はハアハアと荒くなっている。我ながら非常に怪しい。赤面し、じゃっかん湯気ものぼっているかもしれない。このシチュエーションでは、僕も相当目だってるんだろうなとビクビクしつつ、これから一体どういう展開になるのか皆目検討もつかないでいると、その女性はハッキリした口調で「猫青年」と言った。

 まあ間違いなく、僕のことだろう。しかし真正面から「猫青年」と言われたのは生まれて初めてだ。そんなあまり意味のないことを考えていると、「この前、尋ねそこねてしまったのだが」と前置きし、女性はこう言った。

「そなた、『フライザイン』を知っているか?」

 突然、そう切り出すなんてありえない。自己紹介もしてないのに。

《何それ?》と、誰もが困惑するだろう。 
 でも……。でも、僕は知っていた。『フライザイン』は人類三千年の謎を解く鍵、ということを!

「フ、フ、フライザイン!」

驚いて僕は思わず口に出した。

「そなた」

 美桜さんと思しき女性の眉がピクリと動く。

「 『フライザイン』を知っておるのか?」

 もの凄い、そして名状しがたいオーラを発散させながら、光る瞳で僕の目の奥底を射抜く。
「えと、えと、えとですね、あのですね、知っているといえばですね、知っていますがね、知らないといえばですね、えと、知らないんですよ」
我ながらまたもや変な答えだ。

 ところが、この女性は、髪が逆立ったかと思うほど強い反応を示し、稲妻のように瞳を光らせた。

「それはどういうことだ。もっと詳しく聞かせてはくれまいか!」

 僕の心臓が月面宙返りを繰り返す。どう答えたものかと口がもつれた。

「あの、あの、あのですね。ネネネ、ネットでですね、、ネットでたまたま、ええ、たまたまその、たまたま見つけたんです」

「ネットで? どこでそのサイトを見れるのだ?」

「え、あ、いえ、あの、その、パ、パパパ、パスワードがですね、あの、パスワードがかかってるので、えと、それで、ふつ、ふつ、フツーではですね、その、見れないんですよ、はい」

 メガネの奥から輝く瞳がじっと僕を見つめている。僕は耳たぶまで真っ赤になり、ひょっとしたら湯気をシューシュー出しているかもしれない。

「パスワード……。さすがに、そのサイトは見せてはもらえまいな」

「え、そ、そうですね。でも、そんな大して、大して詳しいことは、かかか、書かれてませんし、えと、その、み、見られてもですねえ、あまりヒ、ヒ。あまりヒントにならないと、思いますよ。あ、あの、うち、うち、打ち出したものなら、あ、ありますけど、み、みみみ、見られますか?」

「よいのか」

 見せていいかどうか分からなかったけれど、もう見せると言ってしまった。

「え、ええ。あ、はい。あの、え、えーと、えーと、確か、確かですね、この、このあたりに……。あ、あった、ありました。ありました! ど、どどど、どうぞ!」

 打ち出した紙を捧げ物のように差し出すと、メガネの女性は食らいつくように見入った、それもかなり長い間。
 やがて、芸術作品のような美貌が僕に向けられた。

「このサイトの管理者は、そなたの知り合いであろうか?」

「え、いえ、あの、あのあの、すみません。ちょっと、ちょーっと、あのじじょーが、事情があってですね、えと、その、僕もですね、ハ、ハハハ、ハッキリ誰が管理者なのか、その、わかわか、分からないんです。ひょ、ひょひょひょう、ひょっとしたらですね、あの、いも、いも、いもーとかもしれません。あ、えと」

「妹? ほう」
「いえ、あのあの、まあ、よ、よく分から、分からな、ないんですけど」
「その妹君に会わせてもらうことは出来ないだろうか」
「え! いもいもいもーとに、ですか。えー、そ、そうですね。い、今は、今はちょっと……」

 女性は、ただならぬ雰囲気で瞬きもせず僕を見ている。僕は段々、身の置き所がなくなってきた。それに、余計なことをいいすぎたかもしれない。いやいや、そうじゃない。これはチャンスじゃないのか? 物凄いコアな共通の話題を見いだせたのだ。

 それにしても、『フライザイン』って一体なんなんだ?
 そんなことを考えていると、メガネの女性が、改まってこう言ったのだ。

「そなた、生きる意味が知りたいといっておったな」
「あ、は、はい。そうです。そうなんです」
「では、この前、言っていた『死に向かって自由、死に際して自由な心』の研究内容をそなたに全て伝えよう。今の段階では、幸福についての研究と言ったほうが適切であるが、生きる意味に直結した内容だ」

「え?」
 僕はあっけにとられた。

「その代わりといってはなんだが、もし、『フライザイン』について、何か手がかりになることがあれば教えてもらえないだろうか。そして、もう少し妹君のことを教えてはもらえまいか」
 メガネの女性は事情を話し始めた。

 知り合いがガンになってしまい本当の幸せについての研究をしている。
 その際、はずせないのが「死について自由な心」であり、答えを見つけ出すキーワードが「フライザイン」だと思われる。事情があって、その知り合いに直接会えなくなったので、ある録音したものを届けてほしい。
 大まかにいうと、こういうことだった。

 僕はしばらく思考停止状態だったけれど、事の次第をようやく理解し、歓喜した。

 道が開けた! 
 道が開けた! 

「この条件で、どうだろう?」
「もちろん、喜んで! ど、どどど、どーか、おきおき、お聞かせください!」

 僕は、思わずメガネの女性の手をとってそう答えた。けれど、手を握る必要はまったくなかったことに気付き、真っ赤になりながら、慌てて手を離した。

 手のもって行き場に困ったけれど、メガネの女性は、そのことには全く意に介さず、
「まことか、それは助かる! 恩に着る!」
と、古風ないいまわしで喜んでくれた。それがなんとも嬉しかった。

 それから、僕はドギマギしながら質問した。

「あ、あの僕は、た、たたたタナキャ、いえ、タナカ、田中進一っていいます。あ、あの、シ、失礼ですが、おおお、お名前は?」

「ああ、すまぬ、自己紹介が遅れた」
女性はニッコリ微笑んでから、こう言った。

「吾輩は、ミオ。ワセダミオだ。よろしく」

( 第一章 了)

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