幸せとは

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【天哲少女】田中進一の世界(三月十五日)『フライザイン~死に対して自由な心を求めた僕と彼女と妹の物語』

【天哲少女】田中進一の世界(三月十五日)

 おめあての教授に会えたのは、夕方になってからだった。
 最後の望みをかけ、突っ込んだ質問もした。けれど期待はあっさり裏切られた。

「生きる意味について考えるのが、生きている意味だよ」
 そう、その教授は言ったのだ。

「じゃあ、答えはないんですか」
「まあ、そういうことになるね。ハッキリした答えなんかはないでしょう」
「では、お尋ねしますが、もし教授の眼の前で自殺しようとしている人がいたとします。教授なら、どういって止めますか?」

 教授は渋い顔をして少しの間、黙り込んだ。

「そんな時はだね、君、難しいこと言っても始まらんじゃないか。心から『死なないでくれ、死んで欲しくない』って言うしかないだろう」
「でも、生きていると苦しいから自殺しようとしているんですよね。頑張って生きても、そのことに意味がなかったら、苦しみが増えるだけじゃないですか。ちょうど、走るために走っている人に、もっと走れというようなもので、それはただ苦しみを増やすだけではないでしょうか」

 いつしか僕は妹から受けた質問攻撃をそのまま教授にあびせていた。

「君ね、だから生きる意味に答えを求めてはいかんといってるんだよ。答えを求めると、絶望しかないんだ。『無知は至福なり』といってね……」
「じゃ、ごまかしですか? 人生は」

 僕はいつになく興奮していた。自分でも驚くほど淀みなく言葉が出てきた。必死に解答を求めていた相手、しかも哲学を専門にやっている大学教授がこの程度の答えしか知らないことに苛立ちを覚えていたのだ。いや、けれど、それは自分自身も一緒なのだ。僕はもっと何も知らないし、知ろうともしなかった。ただ流されていただけなのだ。なのに自分の力で生きてきたと自惚れていたのだ。そのことが一層自分を苛立たせていた。

 教授は、体裁を保とうとして、話題をそらしてきた。
「いや、最近の学生は消極的と思っていたが、感心だね。哲学科でもない君が、こんなに真剣に質問してくるんだからね。勉強していけば、きっと君なりの素晴らしい答えにたどりつけると思うよ」

 上っ面のお世辞なんかいらないとハラワタが煮えくり返るのを抑えながら「いえ」とだけ答えた。
 すると、教授は、少し表情を変えてからこう言った。

「実はね、午前中にも、別の生徒が私のところに訪ねてきたんだよ。そしてね、聞いてきた質問が凄いんだ。どういうのかっていうとね、『ツァラトゥストラに書いている〝 死に向かって自由、死に際して自由な心〟とは、どんな心ですか』って聞いてきたわけ。驚くだろ。ま、彼女は天哲少女って学生たちの間でも評判だから、ちょっと別格だけど。あ、天哲少女って天才哲学少女のことね」

 僕は、《さすが哲学科。そんな質問をする人があるんだ》と素直に感心した。
 同じ年頃の人でも考えている人は考えているものだ。たぶん僕は、妹のことがなかったら、一生、問題にもしなかったろう。
 その時、急にビビッとくるものを感じ、思わず尋ねた。

「で、その心ってどんな心なんですか?」

「それはワシにも分からんね。ニーチェも詳しくは書いてはいないし」
「その質問してきた学生は何という人ですか?」

 答えてもらえないかとも思ったけれど、思いきって尋ねてみた。

 教授は意外にも、すんなりその人物の名前を僕に告げた。

「ワセダミオって子だよ」

タイムリミットまで、あと二十六日。

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