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緊急事態宣言が解除となったとはいえ、外出を避け、自宅で過ごす機会が増えました。
そのためか、読書にいそしむ人が多くなっています。
最近、人気が再燃しているのが、作家・五木寛之さんのベストセラー『大河の一滴』(幻冬舎文庫、1999年刊)です。
紀伊國屋書店全店における週間の文庫ランキングによると、『大河の一滴』は5月6日からの週に7位にランクイン。翌週には2位、1位となりました。
この再ブレイクには、メディアも注目しています。
5月9日放送された日本テレビの番組「世界一受けたい授業」や、5月29日放送されたNHKの「ニュースウォッチ9」に五木さんが出演。
インタビューをした和久田麻由子アナウンサーは「今まさに苦境のなかにある私達に覚悟を与えてくれる言葉でした」とコメントしていました。
22年も前に発刊されたこの本が、なぜ、今、再び注目を集めているのでしょうか。
ここからは、『大河の一滴』が再ブレイクしている理由を、内容を一部抜粋しながら、3つの角度から考察したいと思います。
キーワードは、「共感」「自殺」「激動」です。
改めて読んで目に留まるのが『大河の一滴』に書かれている、こんな記述です。
新型コロナの影響は大きく、おそらく、これまでの状態に戻ることはないでしょう。
コロナを克服したあと、世界は一極集中を避ける「分散」の時代がやってくるといわれていますが、五木さんはそのことをすでに20年前に次にように書いています。
こんな底知れぬ孤独、寂しさを、私たちはオリンピックやカラオケ、麻雀などでまぎらわしてきました。
しかし「3密を避けましょう」の呼びかけにより、今はそれすらも、難しくなっています。
さらには、私たちを楽しませてくれていたエンターテインメント業界も大打撃を受けています。
本拠地がカナダにある世界的なエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」も、ショーが開催できず収入が途絶え、破産申請した、というニュースが世界を駆け巡りました。
これまで求めてきた楽しみが許されない雰囲気の中、言いようのない虚脱感を、五木さんは言葉にしてくれています。
心が萎えたとき、私たちは無気力になり、なにもかも、どうでもいいような、投げやりな心境になってしまうものです。
生きる楽しみを感じられないこの世界で、いったい何のために生きればいいのか。
こんな「心の萎え」に共感する人が、この本を思わず、手に取るのでしょう。
こんな書き出しではじまっていることからもお分かりのとおり、『大河の一滴』の大きなテーマは「自殺」です。
昨年(2019年)の全国の自殺者数は、1978年の統計開始依頼、初めて2万人を下回り、この10年は減少傾向にありました。
しかし、公益財団法人中部圏社会経済研究所(名古屋市)の島澤諭研究部長によると、2020年の自殺者数は経済状態の悪化などを理由に3万351~3万6862人になるだろうと予測しています。
2019年から1万182~1万6793人の増加となり、過去最悪だった2003年の3万4427人を超えて、「最悪の事態」となる危機を指摘しています。
本書の再ブレイクは、死にたくなるような精神の危機を感ずる人が増えている証なのかもしれません。
『大河の一滴』には、自殺について次のように記されています。
辛い人生、なぜ生きるのか分からない。生きる理由が感じられない。
それは、五木さんの言う〈心の内戦〉時代の実感なのです。
『大河の一滴』で五木さんは、この激動の時代を乗り越えるヒントとして、応仁の乱前夜の状況を述べています。
現代の日本とリンクする出来事が、あまりにも多いことに驚かされます。
その後に起こった応仁の乱は、新しい時代へのアプローチでもありました。
中世ヨーロッパでは、ペストがルネッサンスにつながったとよく言われます。
おそらく今度のコロナウイルスも、大きく時代を動かすことになるでしょう。
大きな変化の時代、ブレない心の軸を持ちたい、と思う人が増えてきているようです。
そんな人に、五木さんは「室町時代に学べ」と熱いメッセージを送っています。
闇のなかで自分を照らし、世間を照らし、行く道を照らしてくれる光がいま、欲しいと、みなが本気で願いはじめたのです。(大河の一滴)
当時、民衆に大きな光を与えたのが、「なぜ生きる」の答えを明らかにされた浄土真宗を説く、蓮如上人でした。
五木さんといえば、浄土真宗ファンとして世に知られており、『大河の一滴』にも、浄土真宗で使われる仏教の言葉がたくさん出てきます。
激動の時代を根底で支えた思想に、困難な時代を生き抜くヒントを得ようと、多くの人がこの書を手にとっている理由がうかがえます。
五木さんはウィズコロナ時代を生き抜く上で、「人間の一生とは本来、苦しみの連続なのではあるまいか」という出発点が大切だと訴えています。
考えてみれば、応仁の大乱のころと、令和のいまと、政治、経済、科学は大きく変わりましたが、幸せになったでしょうか。
時代は移り変わっても、変わらず、人は苦しんでいます。
しかし、かつてはブッダ(仏陀)の出発点も、「生老病死」の存在として人間を直視するところからだった。
問題は、そこから出発する、ということではないだろうか。
「泣きながら生まれてきた」人間、「生老病死」の重い枷をはめられた人間、そのような人間のひとりとしての自分が、それでもなお、豊かに、いきいきと希望をもって生きる道があるのか。
「泣きながら生まれてきた」人間が、「笑いながら死んでいく」ことは、はたしてできないものなのだろうか。(大河の一滴)
いつの時代も変わらぬ人生の苦しみを出発点として、真の幸福とは何かを明らかに示したのが、仏典に記されるブッダの教えだと五木さんは言います。
だからこそ、いまも、多くの人びとがブッダの生涯に熱い心を寄せるのではないでしょうか。
コロナウイルスの問題は、「苦しい中、なぜ、生きねばならないのか」という重大な問題を、我々に突きつけています。
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