人間関係

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謝れない人の心理パターン8選。謝らないのではなく「謝れない」だった!

【目次】

「ごめん」の3文字が言えない理由

  1. 謝れない人は、自分の感情に気づけない
  2. 謝れない人は、感情をすり替える
  3. 謝れない人は、人にも要求する
  4. 謝れない人は、想像ができない
  5. 謝れない人は「自分」を脇に置けない
  6. 謝れない人は「関係」よりも「自分」を守りたい
  7. 謝れないのは、「心」を重視するから
  8. 謝れない人は、他人のせいにする

「ごめん」は、自分の自由を広げる言葉
「ごめん」と言える人は、自分の心から逃げなかった人

はじめに

謝れない人

こんにちは、心理カウンセラーの月見草です。

今回はこんなお悩みについてです。

謝れない人は、どうして謝れないのでしょうか。

「ごめん」と、わりとすんなり言える人と、そうでない人がいます。
言える人にとっては、謝れない人に「なぜ?」と疑問に思うでしょう。

謝れば済むことなのに、うやむやに流されたら、納得いきませんね。
もしこちらばかり謝っているとしたら、やりきれないですよね。

今回は、謝れない人の心理を読み解いてみたいと思います。

「ごめん」の3文字が言えない理由

「ごめん」たった3文字。
子どもでも知っている言葉。
言葉が難しいわけじゃない。

この短い言葉が、どうしてこんなにも言えないのでしょうか。

あなたにとっても “ 言えない言葉 ” ってありませんか?
「好き」とか「やめて」とか。
ロボットではない、感情のある人間だから、言えないことはあります。

「ごめん」が言えないのも、さまざまな理由があります。

謝れない人の心理を挙げていきますので、「当てはまる」と思うものを見つけてみてください。

謝れない人は、プライドが高い?

よく「謝れない人は、プライドが高い」と言われます。

自尊心や誇りが高いと思われがちですが、じつは逆です。

その言葉を口にしたときに、直面しなければならない「自分自身」が怖いのです。

誇りをもっている人でも、自分を受け入れている人なら、謝ることができます。

謝れない人は、自分の感情に気づけない

謝れない人の中には、こういう人もいるでしょう。

べつに、怖いとは思っていません。

人に弱みを見せず、グッと堪えて、努力している人は、怖がっていることにも気づいていないことがあります。

・弱みを見せたくない
・弱い人間だと思われたくない
・自分は大丈夫だと思いたい
・安定してしっかりした人だと思われていたい
・自分はマイナスの感情を乗り越えてきた

こういう思いが強い人は、自分の気持ちを封印しがちです。

たしかに、誰にでも弱みを見せていたら、弱みにつけこまれるかもしれません。
不安でも、悲しくても、前に進むしかない時もあります。

ただ、人に見せるかどうかと、自分で気づけるかどうかは、別物です。

A)自分では気づいている。人には見せない。
B)自分では気づいている。人にも見せる。

気づいているなら、見せるか見せないかは、選ぶことができます。

C)自分でも気づいていない。人に見せられない。

気づいていない場合、人に見せることはできません。

自分の気持ちに気づいていない場合、謝れなくなってしまう場合があります。
「謝れない人」になる仕組みを解明しましょう。

謝れない人は、感情をすり替える

「この人は、何でこんな言い方しかできないの?」

そういう人、いますよね。

どんな感情も、本来、嘘はつけないものです。
なのに、ずっと感情にフタをしていると、

素直な感情があることを認めない
   ↓
感情に気づくセンサーの感度が落ちる
   ↓
自分の感情がわからない
   ↓
言葉にできない

しかし感情がわからなくても、無くなったわけではありません。
心の中に、鬱積していきます。

すると、どういう言動になるのか。

・他の感情に、すり替える
・言い訳をする
・他人のせいにする

謝れない人になってしまうのです。

謝れない人は、人にも要求する

謝れない人は、こういう思いを持っていることがあります。

自分はこんなに努力して、我慢して、乗り越えてきた。
あなたもそれくらいのことで、弱音を吐くな。
私は、気持ちにフタをして、うまくやってきた。
あなたも、気持ちにフタをすればいいじゃないか。

だから「なんで謝る必要があるのか?」と本気で思っているのです。

ただ、同じことを要求された人は、重苦しい思いをします。

素直な感情を認めてもらえると、心地いい。
→ 近づきたい
素直な感情を否定されると、重苦しくなる。
→ 離れたい

人は、心地いい人に近づき、重苦しい人からは離れます。

謝れない人は、こういう意味でも、周りから人が離れていくのですが、なぜだかわかりません。
相手が苦しむことをしているとは思っていないからです。

謝れない人は、想像ができない

「ごめん」とは、相手の「怖い、悲しい、つらい」という気持ちをケアする言葉です。

自分の気持ちに気づけない人は、相手の気持ちにも気づけません。
だから、ケアする必要があるとわからないのです。

どうして「相手の気持ち」がわからないの?

人は、生まれてから死ぬまで、自分の感情しか経験することができません。

「相手の感情がわかる」と思うのは、じつは錯覚です。
あくまで自分の経験からの「想像」でしかありません。

でもその「想像」が大切なのです。

自分が経験していないことは、想像すらできません。

謝れない人は、「自分の気持ちに気づく」経験が少なかったのでしょう。

なぜ「自分の気持ち」に気づく経験が少ないの?

生まれたばかりの時は、言葉が話せません。

リンゴを見ても、何と言えばいいかわかりません。
親が「リンゴ」と言うので、「あぁ、これは『リンゴ』って言うんだな」と学習していきます。

同じように、赤ちゃんはまだ、感情の名前がわかりません。
ただただ、泣くばかりですね。

親から「気持ち悪かったんだね」「怖かったね」「悲しかったね」と言葉にしてもらえると、「あぁ、これは『悲しい』って言うんだな」と学習していきます。

学習がうまくいかないと、感情はあるのに、言葉にすることができないまま、成長していきます。

モノの名前、魚の名前、植物の名前、世界情勢を表す言葉。
こういうものに詳しくても、心に浮かぶ「感情の名前」は言えない人がいます。

言葉にできないことは、認識に乗りません。

「経験」とは、言葉にできることと密接にかかわっています。

謝れない人は「自分」を脇に置けない

私たちは、自分を正当化したいものです。

・あの時は仕方なかった。
・相手にも非があった。
・自分だって傷ついていた。

そんな説明を並べたくなります。

「ごめん」の一言は、それらをいったん脇に置くことになります。
「自分」を脇に置いて、「相手のことを思う」作業が必要になります。

謝れない人は、勘違いしている

謝れない人は「ごめん」と言う瞬間、自分の過ちをすべて認めなければならないと感じるのでしょう。
じつは、そうではありません。

「ごめん」は、相手の傷にあてる「ばんそうこう」のようなものです。

そこに、自分を否定する意味はありません。

「ごめん」 = 自己否定、負け

こういう思いが強い人は、「自分」を脇に置けません。
だから、謝れない人になります。

謝れない人は「関係」よりも「自分」を守りたい

「正当化したい気持ち」もあるけれど、「関係」を続けたい。
こういう気持ちがあれば、謝ることができます。

謝るために必要なこと

・言い訳したい
・逃げたい
・相手のせいにしたい

こういう「自分の気持ち」を認めた上で、一旦脇に置く。

そして、「相手の気持ち」を想像してみる。

・相手はどんな気持ちでいるんだろう。
・相手は何を求めているんだろう。
・何をすれば、関係が良くなるんだろう。

相手との関係を大切にしたいなら、「自分の気持ち」を乗り越えなければいけません。

ところが、謝れない人は、

「自分」を守らなければ、壊れてしまう。怖い。

こんな怖さがあって、「自分」を一旦脇に置くことができません。

単に意地を張っているわけではないのです。
謝れない人は、なんとかして「自分」を守りたいのです。

謝れないのは、「心」を重視するから

「はいはいごめん」とぶっきらぼうに言われたり、
「あはははごめん」と笑いながら言われたり、
「謝ったんだからもういいでしょ」と言われたりしたら、腹が立つでしょう。

言葉そのものに価値があるのではなく、「心」に価値があるからです。

まず自分の至らなさを認める。
その姿勢が求められます。
姿勢とは、つまり「心」です。

こんなに簡単な言葉なのに、言えないのは、人は「心」を重視するからです。

自分の至らなさを認めたくない。
だから苦しい。
だから言えない。

・「自分」を守ろうとする殻を破ること。
・「正しさ」にしがみつく手を離すこと。
・強がりをやめること。
・弱さもダメな部分も、受け入れる強さをもつこと。
・「ありのままの自分」であってもいいと思えること。

自分を受け入れている人にとっては、さほど難しいことではありません。

それが、どうしてもできない人がいます。
直面しなければならない「自分自身」が怖いのです。

謝れない人は、他人のせいにする

否定されたくない。
認めたくない。
負けたくない。
傷つきたくない。
嫌われたくない。

その気持ちは誰にでもあります。

「ごめん」が言えない人に、強要することはできません。

本人なりに「恐れ」と闘っているのかもしれないから。

だからといって、言わなくてよいわけではありません。
言えないままでは、大切な人が離れていってしまいます。
すべて自分に結果が返ってくるのです。

大切なのは、言えない理由を「相手のせい」にしないこと。

「わかってくれないから」
「相手が悪いから」

そう言っているうちは、自己受容も成長もなく、年だけを重ねていきます。

みっともない「自分」も受け入れられるようになれば、とても自由です。

「ごめん」は、自分の自由を広げる言葉

「ごめん」は、自分の自由を広げる言葉です。

あなた自身が、スーッと楽になる言葉なのです。

謝れない人にとっては、「ごめん」は怖い言葉です。
自分を苦しめる言葉だと思い込んでいます。

「ごめん」と言ったら、ひどい目に遭った。

こういう経験をした人は、謝れなくなります。

「ごめん」と言ったら、良いことがあった。

こういう経験をした人は、自分から謝るようになります。

幼いころの経験が、体に染みついているのかもしれません。
ですが、不要な思い込みは、塗り替えていったほうがラクになります。

大切なものを失う前に、思い込みを書き換えてもらいたいものです。

「ごめん」と言える人は、自分の心から逃げなかった人

多くの人は、「相手が悪いから」関係がこじれると思っています。

腹が立つ相手がいる。
許せない出来事がある。
思い通りにならない現実がある。

しかし、苦しみは「出来事そのもの」だけではなく、それを受け止める自分の「心」と深く関わっています。

自分の心の奥にある「恐れ」が、苦しみを生み出していることも少なくないのです。

相手のせいにする前に、自分の中にある「恐れ」と向き合う時間をもつこと。

なぜ私は怖いのか。
なぜ私は認めたくないのか。
なぜ私は傷つくことを恐れるのか。

本当に向き合うべきは、自分自身の「心」です。

心の奥にある、恐れや執着、認めたくない気持ちを見つめる。

それは決して楽な作業ではありません。できれば避けたいもの。
けれど、その苦しさから逃げ続けるかぎり、「ごめん」も自由に言えません。

自分の未熟さを認めながら「ごめん」と言える人。
それは、自分の心から逃げなかった人なのです。

おわりに

謝れない人は、います。それは「本人の課題」です。
謝れない人を見て、腹が立ったり、苦しんだりするのは「あなたの課題」です。

相手を変えようとしても、それは不可能。

不可能なことを考え続けて、苦しんでいませんか?

あなたは、あなた自身の心と向き合うのみ。
ただ我慢するとか、考え方を変えるとか、そういう意味ではありません。

どんな選択をとればいいか。

答えは、あなたの心の中にあります。

自分ひとりでは難しいかもしれません。
自分の心の姿と向き合う助けになるのは、仏教を聞くことです。

仏教では、自分の苦しみの原因を「外」ばかりに求めるのではなく、「心」を見つめることが大切だと教えられます。

自分と向き合って、課題を克服したい。自分を変えたい。

そう思う人は、まずここから始めてみませんか。

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この記事を書いた人

ライター:月見 草

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