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武将・小早川隆景に学ぶ、後悔しない「熟慮」のコツ

こんにちは、齋藤勇磨です。

現代はスピードが求められる時代です。

日々の連絡などで「早く決めなきゃ」と焦り、後で後悔した経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

目まぐるしい毎日の中で、私たちが心穏やかに過ごすためのヒントは、今から約400年前の戦国時代に見つけることができます。

群雄割拠の激しい時代にあって、あえて「熟慮を重ねること」を大切にした武将がいました。

深い洞察力で家族や仲間を守り抜き、豊臣秀吉から絶大な信頼を得た武将、小早川隆景(こばやかわ・たかかげ)です。

目先のことに振り回されず、本当に大切なものを守った隆景の示唆に富むエピソードをご紹介します。

「攻め」より「守り」。一族を支え抜いた名将・小早川隆景

1533年に生まれた小早川隆景は、中国地方を治めた名将・毛利元就の三男です。

「1本の矢は折れやすいが、3本束ねれば決して折れない」という有名な「3本の矢の教え」を誰よりも大切にし、兄弟で力を合わせて毛利家を支えました。

戦国武将というと、勇ましく敵を倒すイメージが強いかもしれませんが、隆景は少し違います。

戦いにおいて「攻め」が得意だった次兄・吉川元春(きっかわ・もとはる)とともに、長兄の毛利隆元を支える「毛利両川(もうりりょうかわ)」と呼ばれ、「攻めの元春」に対し、隆景は知恵と調整力で家をまとめる「守りの隆景」として知られる達人でした。

その能力の高さは、戦場だけにとどまりません。

人の心をまとめ、世の中を治める力に長けていたため、あの豊臣秀吉から厚く信頼され、晩年には政治のトップグループである「五大老」の1人にまで上り詰めました。

隆景は10代の頃から、とても人間観察に優れた少年でした。

人質として巨大な力を持つ大内家へ送られた際、トップが政治を人任せにし、耳の痛い忠告をしてくれる人を遠ざけている様子を見て、「この家は必ず滅びる」と見抜いたほどです。

事実、大内家はそのわずか数年後に内部崩壊を起こし、滅亡しました。

組織や人間関係がどうすれば壊れてしまうのか、その本質を捉える鋭い「人間観察力」こそが、のちに隆景がブレのない的確な「熟慮」を重ねるための大きな土台となったのです。

焦らない、欲張らない。観察眼を活かした「負けない戦い方」

隆景の生涯には、深い観察力に基づいた思慮深さを示すエピソードが数多く残されています。

中でも特徴的な3つの出来事を見てみましょう。

1. 怒りや焦りに任せず、先の先を読む

毛利軍が豊臣秀吉の軍勢と戦い、和解しようとしていた時のこと。

突然、京で織田信長が討たれたという大ニュースが飛び込んできました。

毛利の仲間たちは「最大の敵がいなくなった!今こそ背を向けた秀吉軍を攻撃しよう」と勢いづきました。

しかし、隆景は皆を冷静に諭します。

「長く続いた戦いも、もうすぐ終わる。次に世の中をまとめるのは秀吉しかいない。ここで目先の勝ちにこだわって約束を破れば、後で必ず大きな恨みを買う。予定通り和解するべきだ」

カッとなって動くのではなく、秀吉の器量や世の中の動きを客観的に観察し、「この行動が将来どんな結果を招くか」を冷静に判断したおかげで、毛利家はその後も安泰を保つことができました。

2. 焦って結果を求めず、タイミングを待つ

秀吉が小田原城を攻めた際、城はなかなか落ちず、秀吉はイライラしていました。

そこで隆景は、あえて「長期戦の構えを見せること」を提案します。

城を無理やり攻めるのをやめ、陣中で歌を歌ったり踊ったりして、楽しそうに過ごすようアドバイスしたのです。

「こちらはいくらでも待つ余裕があるぞ」と見せつけることで、敵を精神的に疲れさせる作戦でした。

敵の心理状況を深く観察していたからこそ、ベストな時機を見計らって使者を送り、見事戦わずして城を明け渡させることに成功します。

何事も「焦らず、因縁が熟するのを待つ余裕」が大切だと教えてくれます。

3. 欲張らず、本当に大切なもののために手放す

天下人となった秀吉の周辺は、毛利本家に跡継ぎがいないことに目をつけ、秀吉の甥(小早川秀秋)を養子に送り込もうとしました。

これが実現すれば、毛利家は実質的に乗っ取られてしまいます。

相手の狙いをいち早く察知した隆景は、「私には跡継ぎがいないので、ぜひ私の養子に迎えて領地を全て譲りたい」と秀吉に直接お願いしました。

同僚からは「自分の領地が減るなんてもったいない!」と非難されましたが、隆景はこう答えます。

「これ以上、不相応に領地を広げれば、かえって身を滅ぼす原因になる。私が守りたいのは、私の死後の本家の平和だけなのだ」

その結果、毛利本家は乗っ取りの危機を見事に回避しました。

人間の欲が組織を滅ぼすことを大内家の一件などから知っていたからこそ、自分の利益や見栄を手放してでも、いちばん大切なものを守ったのです。

その潔い決断は、周囲の胸を打ちました。

迷ったときは「思いやり」を基準に。熟慮して断行するためのルール

隆景は、同時代を生きた頭の回転が速い天才軍師・黒田官兵衛と、こんな興味深い会話を残しています。

「あなたは頭が良すぎて、すぐに物事を決めてしまうから、後で悔やむことがあるでしょう。私は頭の回転が遅い(鈍い)ので、人の話を聞いてすぐには決められません。だからこそ、心を尽くしてじっくりと考えます。そうやってようやく結論を出すから、後悔することが少ないのです」

「早く返事をしなきゃ」「すぐに白黒つけなきゃ」と焦る必要はないのかもしれません。

隆景のように、人や状況をよく観察し、自分のペースで「深く考え抜き、熟慮の末に答えを出す」ことを意識してみてはいかがでしょうか。

フランスの英雄ナポレオンの言葉といわれる格言に、「時間をかけて熟慮せよ。しかし行動の時が来たら、考えるのをやめて進め」というものがあります。

昔から日本でも、「夕べに熟慮して朝に断行」といわれます。また、「迷えば迷うほど努力がむだになると知ったら、最初に熟慮して決断し、断固努力で突きぬけるがよい」という言葉もあります。

「熟慮」とは決して決断を先延ばしにすることではありません。

深い洞察に基づき、最初にじっくりと思案する時間をとるからこそ、いざ決断した後は迷いやブレがなくなり、一直線に行動できるのです。

隆景の「遅い決断」も、一度決めた後は一切ブレない強さを持っていました。

その熟慮の基準となるのが「思いやり(仁愛)」で、隆景は「思いやりがない決断は、どんなに頭を使っても必ず道を間違える」と語っています。

迷った時は、「そこに相手への思いやりはあるか」を基準にしてみてください。

自分の損得や見栄ではなく、周囲の人の笑顔を思い浮かべて決めたことなら、きっと後悔は少ないはずです。

隆景は晩年、壁に掛けていた「堪忍」という言葉を、「思案」の2文字に掛け替えたそうです。

ただ、嫌なことを耐え忍ぶだけではなく、「どうしてこうなったのだろう?」と状況を観察し熟慮して、解決策を探すほうに意識を向けたのです。

情報にあふれ、誰もが急ぎ足で生きる現代だからこそ、少しだけ立ち止まって、隆景のように「よく観察して熟慮すること」、そして「思いやり」を大切にしてみませんか。

それはきっと、あなたの迷いを消し去り、心をふわりと軽くしてくれるはずです。

この記事を書いた人

ライター:齋藤 勇磨

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