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今回はこんなお悩みについてです。
怒りの心に向き合うことは、大切なことですね。
心のトレーニングは、筋トレ以上に難しいものです。
目に見えず、成長しているのに達成感をもちにくいもの。
「難しいことに取り組んでいるのだ」と、自分を励ましながら、小さな達成を見つけて、ぜひ取り組みを続けてもらいたいと思います。
そのときに、注意すべき点があります。
せっかく筋トレをしても、まちがった方法ではケガにつながります。
同じようにアンガーマネジメントも、まちがった方法ではうまくいきません。
アンガーマネジメント「よくある5つの間違い」をまとめました。
あなたの心が健やかに、鍛えられることをサポートできたらと思います。

「無視、威圧、沈黙」は、相手を追い込む行為です。
怒ってはいけないからといって、「無視、威圧、沈黙」という形に変えると、それはモラハラ(精神的な攻撃)となりかねません。
「あいつが先に困らせることをしてきたから無視している」
この考え方は危険です。
これは心理学でも法的な考え方でも、ほぼ共通しています。
無視は、相手の存在否定です。人権侵害にあたる可能性があります。
怒ってはいけないからといって、無視や威圧で対処しないよう、気をつけましょう。

アンガーマネジメントは本来、
「怒りそのものを消す」ための道具ではありません。
怒りという感情が生じたときに、
そのための技法です。
もし、「アンガーマネジメントをしましょう」と言っている人が、
このようなことがなされているなら、アンガーマネジメントの乱用です。
アンガーマネジメントでも、怒りは「喜怒哀楽」の一つであり、感じなくなるものではないと言われます。
怒りを消そうとすると、喜び・感動・感謝といった感情までも、小さくなって、消えていきます。
怒りだけを都合よく消すことはできないのです。

上司が部下に怒ったとします。
それを即座にコンプライアンス部に通報されてしまいました。
この場合、もちろん、怒りの表現方法は吟味する必要があります。
ですが、
というのは、「怒った」という一点だけが切り取られて、前後の文脈が削除されています。
感情の話をする前に、まず問題となった「行為」の話をしなければなりません。
という単純なラベルを貼ってしまうと、問題が放置されてしまいます。
怒られた側は、すぐに「自分は被害者」と思い込むのではなく、問題となる行為はなかったか、反省する必要はあります。

このルールが固定されるのは危険です。
アンガーマネジメントでは、怒りには幅があると説明されます。
怒りの程度によって、意味が違ってきます。
大きな問題をはらんでいるのに、それでも「怒ってはいけない」というのは不可能です。
怒りは本来、
こういったときに生じる、身体からのサインです。
それはまるで、工場で有毒ガスが発生しているのに、処理もせず、排出もせず、無理やり溜め込むようなものです。
爆発するのは、時間の問題でしょう。
仏教では、怒りは悪だと言われます。
それは、「怒りは無謀に始まり、後悔に終わる」というように、思いもよらぬ恐ろしい結果につながるから気をつけよと教えられるのです。
だからといって、「悪縁」が放置されていいとは言われません。
仏教は、「因縁果の道理」が根幹です。
すべてのものは、「因」と「縁」が合わさって生じる、ということです。
悪因・悪縁となっている両方を正しく見極めるのが、「因縁果の道理」を諦観する(あきらかに観る)姿勢です。
「怒った」のは行為ですが、1つの結果でもあります。
なぜ怒ったのか。背景があります。因と縁を見極めることが大切です。

アンガーマネジメントは「対等な関係」を前提にします。
そういうとき、怒りが生じるのは、人間としては当然です。
それを封じ込めるのがアンガーマネジメントではありません。
「対等な関係」を前提にする、というのは、
意見に耳を傾けてもらえる土壌がある、ということです。
対等ではない関係で、差別や偏見、不当な扱いを受けているのに、
もし、「怒る人」は面倒な人だと放置されてしまったら。
怒りを出されると都合が悪いから、
怒りを封じてしまえ、黙らせよう、とするのは、「支配」に近い状態です。
「支配」は、対等な関係ではありません。
気づかないうちに、「対等な関係」でなくなっていませんか。
それはアンガーマネジメントをする状態ではありません。
怒りの感情は、「こんな扱いをされて、悲しかった」「我慢してたんだ」と気づくきっかけになります。
ただ封じ込めればいいものではありません。
怒りは「大事なことに気づいたサイン」であり、「境界線を守る力」なのです。
その「守ろうとしているもの」が「守られる」環境にしていくことは、大切なことです。
怒りが爆発するときは、「大切にしている何か」が踏みにじられ続けたから、かもしれません。

「怒り」について、別の視点から学んでみましょう。
仏教では、怒りは「瞋恚(しんに)」と言われます。
「三毒」の一つと教えられます。
猛毒のように苦しませるものです。
三毒とは、「欲」「怒り」「愚痴」の3つです。
余裕があるときは他人のことを考慮できる人でも、追いつめられると「自分さえよければいい」という本性が出やすくなります。
そんな心に気づかず、冷酷な「欲」のままに行動してしまうことが、多くの犯罪の原因になっています。
「自分にもそういう心がある」と、認めたくない自分の心にも、向き合うことが大切です。
欲が満たせない状態になると、怒りの炎が燃え上がります。
言ってはいけないことなのに言ってしまい、相手を傷つけてしまいます。
怒りを出せない相手に対しては、うらむ心が出てきます。
うらむ心も、とても苦しいですね。

すべての人は、煩悩によって苦しみます。
煩悩によって罪や悪をつくり続ける「心の悪人」と『歎異抄』などに言われます。
法律を犯した人や、倫理・道徳でいわれる「悪人」とは全く意味が異なります。
心の奥底まで見通されている、仏さまの眼から見られた悪人のことなのです。
怒りの心に苦しんでいるのなら、まず、心をよく知ってみませんか。
自分でも気がついていない「心の悪人」が、幸せになる方法があります。
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