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今回はこんなお悩みについてです。
相手を大切に思うからこそ、出てくる不安ですね。
「傷つけてしまうのではないか」と思うのは、自分の心をよく見つめているからだと思います。
実際、親しいほど、関係は難しくなる側面があります。
心理学には「親密性の逆説」という言葉もあります。
なぜ、もっとも理解し合えるはずの人と、難しくなってしまうのか。
それは、親しい人との関係ほど、深い感情を引き出す場面に遭遇するからです。
深い感情を引き出すと、
心の奥底にあるものと、向き合わなければならなくなります。
それは苦しいことです。
どうすれば、大切な人を傷つけてしまう不安と向き合えるのか。
今回はこのテーマを掘り下げてみましょう。

親しくなるほど、期待が大きくなります。
期待が大きいほど、思い通りにならないときに、悲しみや怒りを引き起こします。
たしかに、期待を裏切られると苦しい。
それなら、期待しなければいい。
そう思うのもごもっともです。
ですが、期待をゼロにするのは、脳の仕組み上、ほぼ不可能です。
人は「関係」を結んだ瞬間に、報酬系の回路(ドーパミンなど)が自動的に動きます。
これは意志の問題ではなく、神経の反射です。
たとえ「期待しない訓練」をしても、期待は消えません。
「感じないフリ」をしているだけです。
感性にフタをすると、後からまとめて痛みが来ることが多いのです。
これらにフタをせず、向き合って、相手にも伝えなければなりません。
そして、
と、不快な気持ちを受け止めてもらうことで、安心感が育まれます。
もし、そのときに、判断や評価を加えられてしまうと、安全な場所ではなくなってしまいます。
これらは、判断や評価です。
こういった扱いを受け続けると、自分の感覚を疑うようになります。
自分の感覚を疑い続けた先にあるのは、「自分らしく生きられない」苦しみです。
大切な関係であっても、自分らしく生きられない関係は続きません。
深く傷つき、やがて関係は終わります。

近くにいると、相手の欠点や、価値観のちがいが目につくようになります。
オープンに話すことができれば、軌道修正が可能ですが、
深い感情に触れると、人は「自己防衛」に入りやすくなります。
その自己防衛から、自己正当化、エゴイズム(自己中心性)へと発展するとき、どんなに大切な人との関係でも壊れてゆきます。
その三段階を学びましょう。

限界を感じたときに距離を取るなど、「今はここまで」「これ以上は引き受けない」という線引きが中心になります。
これは相手を裁く必要も、勝つ必要もなく、自分の神経と生活を守るための行為です。
しかし、自己防衛にも「健全なもの」と「歪んだもの」があります。
1)自分の感情を一次感情として認識できる
例:「怖い」「傷ついた」「限界だ」
2)防衛が一時的で、状況が変われば解除できる
3)防衛の結果が「距離を取る」「助けを求める」「休む」など
自己回復につながる行動になる。
1)自分の一次感情を感じられない
合理化・投影・責任転嫁で処理する
例:「相手が悪い」「誤解させたほうが悪い」
詳しくは後ほど説明します。
2)コミュニケーションが閉鎖的で、防衛が慢性化する
3)防衛の結果が「攻撃」「支配」「被害者ポジション固定」など
関係破壊を伴う行動になる。
これは自分を守っているつもりで、相手との接点を切り落としています。
何度も繰り返されれば、関係は壊れます。

自己防衛がさらに「自己正当化」になると、話し合いができなくなります。
自己正当化は、心の防御が “ 攻撃モード ” に変形したものです。
というストーリーを作り出し、できない理由を強化します。
その結果、相手を変えようとしたり、説明・説得・裁定に向かいやすくなるのです。
自己防衛なら、関係を壊さないことも多いのですが、
自己正当化は、「正しさの証明」が中心となり、戦場と化します。
自分の正当化が優先で、相手の気持ちを無かったことにしてしまいます。
と相手の心を削っても、痛みを伴わなくなってゆきます。
自分では現実を歪めている自覚を持つことができません。
歪んだものが「現実」だとしか思えないのが、恐ろしいところです。

自己正当化は本来、このための心のはたらきです。
人は失敗や痛みに直面すると、自己概念が崩壊しそうになります。
その崩壊を防ぐために、
といった操作が一時的に入ります。
感情的に苦しい言動を、後から「もっともらしい理屈」で正当化すること。
こうした一次感情を、そのまま認めるのがつらいとき、次のような形に “ 翻訳 ” します。
自分では “ 真実を見ているつもり ” でも、世界の見え方が変わる現象。
「相手が困っている」「疲れているだけ」かもしれない場面で、歪曲が入ると、
というストーリーが瞬時に立ち上がります。
歪曲の怖さは、
自分ではちゃんと “ 真実を見ているつもり ” になるところにあります。
自分の行為の責任まで相手になすりつけること。
でも、
に変換された瞬間、自分の手から責任がすり抜けます。
ここまでは “ 誰にでもある健全な防御 ” です。
しかしこれが慢性化すると、事態は悪化します。
この段階に入ったとき、
自己正当化は「エゴイズム(自己中心性)」へと変転します。
エゴイズムとは「自分の快を選ぶこと」のように思われますが、そうとは限りません。
自分の内的物語を守るために、「他者の現実を切り捨てる」ことです。
自己正当化が続く関係では、
という結末に至ります。
と思っていても、相手は傷ついている。それが現実です。

優しい人が突然、離れていくことがあります。
いいえ、突然に感じるかもしれませんが、「長い間、我慢を重ねていた」背景があります。
優しい人はあなたに合わせようとして、自分の感情を抑える傾向にあります。
感情を訴えているように見えても、それが受け取ってもらえない状態が続けば、自分の感情を抑えることになります。
話を聞いているつもりでも、判断や評価を加えていませんか。
その負担が限界に達すると、静かにその場から去ることを選ぶのです。
人が離れていくのは、信頼の欠如によります。
こういうことが続けば、どんなに親しい人でも、やがて離れてゆきます。
改善のためには、原因をまっすぐに見つめなければなりません。
といった言い訳が、自分にとっては正当であっても、相手にとっては関係ありません。
相手が我慢して、不満を蓄積し、やがて崩壊へと向かいます。
自己正当化は、無意識に行われます。
自分自身を客観的に見つめ直すことが重要です。
こう思っているうちは、同じことが繰り返されます。
自己反省を習慣化すること。
自分の課題に向き合うことは、苦しいことです。
でもそれができれば、もっと大きな苦しみを防ぐことができます。
苦しみから目を逸らさず、凝視するようにしましょう。
「傷つけてしまうのではないか」と不安に思うのは、自分を見つめている証です。

こんなとき、感情の爆発、「攻撃性」が出ることもあります。
「攻撃性」とは、怒りや暴力だけではありません。
以下の行動も、「攻撃性」に含まれます。
「相手にダメージを与える行動」であれば、それは「攻撃性」です。
自分にとって正当だと思える行為でも、相手はダメージを受けます。
単発で発生するのは、人間なら誰でも起こりうることですが、
それが「固定化」すると、危険です。
こんなデータがあります。
大切な人ほど、ストレスのはけ口になってしまいがちです。
「もしかしたら、傷つけているのではないか」と、自分を見つめる視点が重要です。

こう思うのは自然なことですが、家族も人間です。
安定している人は、自分の悪い部分を自覚しながら、受け入れています。
これまでの経験で、受け入れる練習ができたのですね。
(自己理解・自己受容)
不安定な人は、自分の悪い部分を自覚できません。
そういうことが続けば、親しい人であっても、やがて離れてゆきます。
もしくは、自分の悪い部分を自覚しても受け入れられず「行動化」します。
つまり、相手と距離を置いてしまいます。
「相手と関わりながら、解決する術を知らない」からです。
また、家族といっても、権力、立場の上下関係があります。
自分は対等だと思っていても、なかなか対等にはならないものです。
立場が「上」である人が、気をつけねばなりません。
「愛情」ではなく、「支配」になっていませんか。
たとえあなたに悪気がなくとも、相手が傷ついている場合、やがてあなたから離れてゆきます。
親しい関係の人には、人間の本性が出ます。
欲の本性は〈我利我利〉と言われます。
「自分さえよければいい」と、相手の気持ちを考えなくなってしまいます。
「傷つけてしまうのではないか」と恐ろしく思うのは、自分を見つめている証拠です。

自分の欲の本性を知らされるのは、苦しいこと。恐ろしいことです。
ですが、自分を見つめることが、大切な人との関係を保ち、あなたのためになるのです。
そんな人のために、どうすれば心の幸せになれるのか、教えられているのが仏教です。
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