
環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したケニア人女性が、環境保護運動家のワンガリ・マータイ(1940-2011)です。
砂漠化の進むアフリカに森林を再生させる緑化プロジェクト「グリーンベルト運動」を展開し、大きく評価されました。
木を植える活動がなぜ、平和活動なのでしょうか。
それは、環境が悪くなると、食料や水の奪い合いで戦争が起きるからです。
地球環境を保護し、資源をめぐる争いを減らすことは、平和を確実にすることと、じかに結びついているのです。
「銃を下ろして苗木を植えよう」と彼女は訴えました。
環境保護の大きな潮流を生み出したマータイは、どんな人だったのでしょうか。
グリーンベルト運動|銃を苗木に持ち替える
1940年、アフリカ東部の国・ケニアの農村に生まれたマータイは、優秀な成績で、ケニア初の留学生グループの一員に選ばれます。
5年半のアメリカ留学後に帰国し、大学内での研究生活を送っていた彼女が、社会活動に立ち上がる転機となったのは、農村部で目にした光景でした。
雨が降ると、一挙にそこらじゅうが泥の川になるのです。
豊かな栄養を含む表土が、川と一緒に流されていました。結果、どんどん土地がやせ細り、作物も育たなくなります。
背景には、森林伐採がありました。
この頃、ケニアはイギリスから独立したばかりでした。
時の大統領は、外国から多くの買い手がつくコーヒーや茶を育て、経済を発展させようと呼びかけていました。
コーヒー畑や茶畑を広げるため、農家は森林を伐採し続け、豊かな森を破壊してしまったのでした。
ある時、家畜の健康状態を調べてみると、あばら骨の形が分かるほど痩せている牛がたくさんいることに気がつきました。
放牧場に、牧草がほとんど生えておらず、栄養失調になっていたのです。
それは、農村に住む人々も同じでした。
多くの農家が、コーヒーや茶の栽培に農地を取られ、自分たちが食べる野菜を育てなくなりました。
それまでの食生活に代わって、食卓に並ぶのはパンやトウモロコシの粉などの加工食品です。
これらは炭水化物こそ豊富ですが、ビタミンやミネラル、タンパク質はそれほど多くありません。
さらに、まきが不足していました。
コーヒー畑や茶畑を広げるため、農家は森林を伐採し続けました。
その結果、調理に使う燃料のまきを手軽に拾うことができなくなり、家庭の食事はまきを使わず調理できるものばかりになりました。
食べ物の栄養のことまで考える余裕は全くありませんでした。
森林破壊が、ついに自分たちの健康も壊し始めている。
そのことに気づいた彼女は、すでに3児の母になっていました。
どうしたらこれらの問題を解決できるのだろう、と彼女は考えました。
「木を植えたらどうかしら」
木を植えれば、土壌を固め、土が流れ出すのを食い止められます。
まきの調達も容易になります。
かつてのような豊かな土地が戻るかもしれません。
こうしてマータイは、農民の暮らしと健康を取り戻し、森を修復するために、荒れた大地に苗木を植えていく「グリーンベルト運動」を起こしたのです。
マータイの活動は、初めから順調に発展したわけではありませんでした。
植樹のために作った最初の苗床の若木がすべて枯れてしまうなど、失敗や挫折の連続だったのです。
しかし、困難を乗り越え、彼女は地道な活動を続けました。
「私にできることを」ハチドリが教えた一歩
マータイが、講演などで好んで話したとされるのが、「ハチドリの話」です。
ゾウもトラもカエルも、みな、一目散に逃げましたが、ハチドリだけが、遠くの池から水を1滴、くちばしに含むと、火の手の揚がる山まで戻り、その水を垂らしました。
小さな体にもかかわらず、それを何度も黙々と繰り返します。
「どうして君はそんなことをしているの? そんな少しの水ではどうにもならないよ」と問う動物たちに、ハチドリはこう答えるのです。
「僕は僕のできることをしているだけさ」
そして最後に、マータイは、こう講演を締めくくったといいます。
「わたしはこのハチドリなんです。私は私のできることをする」※
彼女の呼びかけに応じ、1977年、7本の植樹から始まったグリーンベルト運動は、今日、ケニアを中心に、タンザニアやウガンダなど約20カ国へと広がっています。
世界中で4千万本もの木を植えるまでになり、参加した人々は、約8万人に及んでいます。
この運動によって、アフリカの多くの人々の生活が向上しました。
時に、とても解決不可能と思えるような、大きな問題が立ちふさがることがあります。
そんな時も、決してあきらめず、まず自分のできることから、誠心誠意取り組み続ける。
そんな前向きな心構えが周囲を動かし、大きなうねりにつながることを、マータイの生涯は教えてくれます。
[出典]
* 筑摩書房編集部(著) 『ワンガリ・マータイ――「MOTTAINAI」で地球を救おう』 筑摩書房
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