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今回はこんなお悩みについてです。
まじめに自分の人生を見つめて、考えていらっしゃる悩みだと思います。
現代人は “ やること ” に追われていますね。
仕事、家事、人間関係、健康や不安への対応、子育て、介護……。
毎日が、あっという間に過ぎていきます。
できていないこと、身につけたいアレコレは、挙げればたくさんあるのではないでしょうか。
「あー、やらなきゃ」「いつかは」と思っていることの、いかに多いことか……。
たとえば子育てが始まると、つい子どものしつけで頭がいっぱいになるけれど、「あなた自身」が身につけたいことは何でしょう?
いま35歳の人が、70歳まで生きるとして、
1年に1つ ‘ 本当に ’ 身につけたとしても、増やせるのは35個ほど。
そうはいっても、思い付きで手当たり次第に取り組んでいては、どれも中途半端になりがち。
これからの短い人生、なにを求め、なにを身につけたら、後悔しないのか。
そんなことを一緒に考えてみましょう。

この2つには大きな隔たりがあります。
中学生で英単語は覚えたはず。
ところが……会話で瞬時に出てくるでしょうか?
これは、会話で「使える」形では記憶していないからです。
脂っこいものや甘いものを食べなければ、ダイエットになると知っているはず。
ところが……実際の行動は、守れているでしょうか?
「たまにはいいよね」で、いとも簡単に破られてしまいます。
これは、「例外なく継続して守る」形に落とし込まれていないからでしょう。
相手の言葉を遮ったり、否定したりしないほうがいい、と知っているはず。
ところが本当の意味で、相手の話の “ 意図 ” を聞けているでしょうか?
カウンセラーなど「聞く」専門で訓練された人ほど、「ちゃんと聞く」ことの難しさを知っています。
まして自己流の人は、「できているつもり」になっているだけかもしれません。
私も反省するところです。
実行しなければ現実は変わりません。
あなたは、なにを「使える」ものとして、身につけたいですか?

中学勉強では、たくさんのことを「知る」授業を受けましたね。
テストも受けて、一応「使える」形に身につけた知識もあるはず……
身につけたと思ったことでも、何度も、何年も、くり返さないと消えてしまいます。
中学校で勉強したこと、覚えていますか? たとえば、
「当時から、よくわからなかった」という人もいるかもしれませんが、テストなら書けた人も多いはず……。
ちなみに正解を述べておきますと、
(思い出しましたか……?)
ふだん使わないことは、忘れてしまっていますよね。
できていたことも、できなくなったことに気づく瞬間、「老い」を感じ始めます。

生まれてから、ハイハイして、立って、しゃべって、友達と遊べるようになって。
数えきれないくらい多くのことを、ひとつずつ身につけてきました。
これから先、老いていくと、歩くのも難儀、外出も億劫と、ひとつずつ失われていきます。
晩年の祖母と過ごした時、1人でトイレに行くことさえ、うまくできなくなっていました。
それはいいですね。
やがて失われるからといって、嘆いているだけでは何も始まりません。
仏教でも、因果の道理を教えられています。
できるかぎり成長し続けたいですね。
せめて現状維持を目指したいものです。
最大限、努力した上で、どうしても防ぎきれない喪失はあります。
たしかに、だいぶ先取りした話になりましたが、
やがて老いても、後悔しない人生にするには、今からやるべきことがあります。
先に知っていれば、「今」から心がけて、充実した毎日を送れます。
逆に、知らないと絶対に後悔することがあります。

『死ぬ瞬間の5つの後悔』(オーストラリアの看護師ブロニー・ウェア著、新潮社、2012年12月)には、このような5つの後悔が書かれてあります。
周囲の期待に応えて、自分の心の声を聴かなかった。
常識に染まって、「誰かの人生」を歩んでしまった後悔。
「仕事に人生を捧げすぎた」という後悔。
多くのものを犠牲にしてまで、働く必要があったのか。
「言えないまま」にしてしまった後悔。
感謝、怒りなど、自分の素直な感情を飲み込んでしまうと、深い後悔につながります。
疎遠になっていく人間関係に、孤独や寂しさを覚える後悔。
「幸せ」は “ 条件 ” ではなく “ 選択 ” であることに、人生の終盤で気づきます。
いまこの瞬間にある、小さな喜びにもっと目を向けていれば、人生はもっと豊かだったのに。
どの後悔も、先に知っていれば「今」から心がけることができますね。

その理由は「欲に限りがないから」。
欲は、矛盾するものを同時に求めます。
また、欲は、絶対に不可能なことも求めます。
不可能なことを求め続けると、それは「執着」となり、「イタイ人」と思われます。
こういう現実から目をそらさず、「失っても残るもの」を考えておく必要があるのではないでしょうか。

中学の卒業式を、思い出してみてください。
楽しかった思い出も、後悔もあるでしょう。
しかし、ひとたび高校生活が始まると、「これからどんな生活が始まるのか」で頭はいっぱいになります。
人生も似たようなものではないでしょうか。
第18回毎日出版文化賞を受賞した『死を見つめる心』(岸本英夫著、講談社、1973年3月)には、これから死んでゆくときには、「死後どうなるかという点に集中してくる」と書かれてあります。
ガンと闘病した著者は、死ぬときの後悔は、「生きているときに何をやったか」よりも、「これからどこに行くのか」が問題になる、と主張しています。
明日、事故に遭えば、明日から、次の世界に旅立つことになるかもしれません。岸本氏が、
と書いていることに、考えさせられます。
たとえ死ぬとなっても、満足できる、心の幸せを教えられたのが、お釈迦様なのです。

その気持ち、よくわかります。
「このための人生だ」というものがあるか、考えてみてもピンとこない。
そんな人が多いのではないでしょうか。
短い人生、一本筋が通ると、満足度が上がります。
悲しいときも苦しいときも、迷いながらも、自信をもって、道を選べるようになります。
「このための人生だ」と思って生きている人でも、ハシゴをかけ間違えていたら大変です。
世界で5000万部売れているロングセラー『7つの習慣』には、こう書かれています。
「仕事のための人生だ!」と思って、必死に生きてきたのに、
「働きすぎなければよかった」という後悔になってしまう。
それでは寂しいですよね。
この目的を知ってから、身につけたいものを厳選して、1つずつ力をつけていくと、すべてが役に立ちます。
そう言っているうちにすぐ70歳80歳になってしまいます。十年一日のごとし、です。
「人生の目的」は、たとえ明日、死ぬとなっても、満足できる心の幸せではないでしょうか。
それは、どんな幸せなのか、お釈迦様が丁寧に教えられています。
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