幸せとは

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100年後の恩返し~トルコの旅で知った温かい友情~

こんにちは。ライターの村松です。

何年か前、トルコの世界遺産をめぐる旅をしました。

日本人にはあまり馴染みのないトルコですが、トルコ人は超がつくほどの親日です。

その時にガイドさんから聞いた話がとても感動的だったので、紹介したいと思います。

トルコ 魅惑の世界遺産

東洋と西洋の文化が混ざったエキゾチックな雰囲気が魅力のトルコ。

ヨーロッパともアジアともいえない異国情緒にあふれ、街や自然景観などの多くが世界遺産に認定されています。

イスタンブールの歴史地区

ボスポラス海峡をはさんでアジアとヨーロッパに分かれるイスタンブール

街のいたるところに古代ローマ時代の遺跡があふれ、ビザンツ建築の最高傑作やオスマン様式の美しい建築を見ることができます。

街歩きをしているだけでも見どころが尽きません。

パムッカレの石灰棚

パムッカレは、遠くから見ると、真っ白な雪かと思うほど美しい純白の景色。

温泉に含まれる炭酸カルシウムが長い年月をかけて堆積し、100以上の石灰棚を温泉が満たしています。

近くには、なんとローマ時代の遺跡が沈む露天風呂があり、遺跡の中で温泉を楽しむことができます。

摩訶不思議な奇岩群 カッパドキア

トルコに来たら一番のおすすめが、標高1,000mを超える高原地帯にあるカッパドキアの観光です。

火山灰や溶岩が風雨によって浸食され、キノコのような奇岩がニョキニョキと空に向かって突き出しています。

何万年もの歳月をかけて生み出された絶景は、日本では絶対に見られません。

岩をけずって作られた洞窟の中には博物館やレストラン、ホテルまであり、まさに大自然の作り出した芸術といえるでしょう。

そして、カッパドキア観光のいちばんのおすすめが、気球です!

朝日に照らされた奇岩群を空から眺めると、絵本の世界に迷い込んでしまったかのような不思議な絶景に出会えます。

たくさんの気球が浮かぶ姿は圧巻で、また見たい景色No.1です。

日本人が知らない、トルコ人が親日の理由とは?

トルコの街を歩いていて、トルコ人からいちばんよく聞かれた質問。

「君は日本人か?」

私が、「そうだ、日本人だ」と答えると、どんな怖そうなおじさんもみんなニッコリ。

「そうかそうか!日本人か!おじさんは日本人が大好きなんだよ!」

そう言って、トルコ語でずっと話しかけてくるということが何度もありました。

ツアーガイドさんの話によると、今から100年以上も前に起こったある事件がトルコ人の親日のはじまりだと言われているそうです。

1890年(明治23年)、公務を終えたトルコの軍艦エルトゥールル号は日本からの帰途、強風にあおられて、現在の和歌山県串本町にある小さな村の沖合で座礁してしまいました。

多くのトルコ人が血だらけで海岸に倒れているのに気づいた村の人たちは、嵐の中、必死に救助しました。

貧しい村だったので十分な衣料も食料もありません。

しかし蓄えている食料すべてを提供し、ありたけの浴衣を出し合い、寺や学校、灯台などで必死に生存者たちの救護に努めました。

残念ながら587名は死亡または行方不明という大惨事でしたが、村の住民たちのおかげで69名が無事生還することができました。

救助されたトルコ人たちは、村人の献身的な働きとやさしさに感激したといいます。

その後、日本全国から義援金が集められ、助かった人達を無事にトルコに送ることができました。

さらに、犠牲者を悼んだ民間人の山田寅次郎は、日本各地を一年以上回って義援金を呼びかけ、自らトルコに渡って遺族に届けました。

それから20年、日本との貿易や文化の懸け橋役を務めた彼は、今もトルコの人々の心に生き続けているそうです。

100年後、トルコからの恩返し

「情(なさけ)は人のためならず、めぐりめぐって己(おの)がため」ということわざがあります。

相手のことを思い、人に親切したら必ずめぐりめぐって自分に返ってくるという意味です。

エルトゥールル号が遭難した事件から約100年後、トルコと日本の間で、この言葉を象徴するような出来事がありました。

イランイラク戦争中の1985年、大統領サダム・フセインが、「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶ飛行機を無差別に攻撃する」と宣告しました。

世界各国が自国民を救出するために国外へ脱出させましたが、日本政府だけは素早い対応ができなかったために、216人の日本人がイランに取り残されてしまいました。

取り残された人々は、絶望感でパニック。

何も対策ができない日本政府に代わって、その日本人を救出に向かったのはなんとトルコ政府でした。

しかもトルコ人残留者も多くいたにもかかわらず、日本人を優先して全員を救出したのです。

最終的に在留トルコ人は3日以上車に揺られて脱出することができましたが、日本人を優先したことを非難するトルコ人は一人もいなかったそうです。

決死のフライトに駐日トルコ大使は、「エルトゥールル号の借りを返しただけです」と述べています。

「エルトゥールル号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史の教科書で学びました。トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」

2011年の東日本大地震の時も、トルコ政府は日本に対して真っ先に100億円の援助金を決めました。

100年以上も前に起きた「エルトゥールル号遭難事故」での日本人の親切が、めぐりめぐって返ってきたといえます。

そして100年の間、トルコ人が恩義を忘れずに次の世代に語り継いでくれたからこそ、その恩返しとして日本人を助けてくれたのです。

知恩・感恩・報恩の教え

恩という字は、「原を知る」と書きます。

私たちはいつも誰かに支えられたり、助けてもらったりして生きています。

今自分がここにいられるのは誰のおかげか、その原因をまず知ることが大切であるとお釈迦さまは説かれています。

・知恩(ちおん)・・・まず、自分が支えられていることを知ること
・感恩(かんおん)・・・支えられていることを知れば感謝の気持ちがわいてくる
・報恩(ほうおん)・・・自分を支えてくれた人のために頑張ろうという気持ちになる

受けた恩を決して忘れない温かい心が、人の心を動かし、ときには国を動かす大きな力となることもあります。

トルコの人たちの100年後の恩返しは、この知恩・感恩・報恩の大切さを私たちに教えてくれているのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

会社員:村松 佳苗



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