コラム

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キレる前に自分の心に問いかけたい、たった1つの質問

なぜキレるのは、よくないのか?

こんにちは、仏教講師の大見です。
皆さんは、何かのことでスイッチが入り、怒りを爆発させてしまうことって、ありませんか。

ささいなことで「キレる子供」「キレる若者」「キレる中高年」「キレる老人」が増えている、ともいわれます。……全世代、カバーしてますね。

もちろん人生には、本当に怒るべき場面もあるでしょう。また交渉などで、わざとキレる、なんてこともあるかもしれません。

そんな場合は別として、私たちはいったんキレると、感情のコントロールがきかなくなり、とんでもないことをやったり、言ったりして、取り返しのつかない結果を招きがちです。

なぜキレるのはよくないのか。すぐに思いつくものだけでも、

  1. キレると、人間関係が壊れる
  2. キレると、すぐキレる危険人物とみなされる
  3. キレると、相手に嫌われ、距離を置かれる
  4. その結果、孤独になる
  5. キレると、怒りの感情で自分自身が不愉快になる
  6. キレると、負の感情が脳や神経にダメージを与える
  7. キレた後は、あと味が悪い。自己嫌悪に陥る

など、キレて得することは、ほとんどありません。

キレる原因は何? 4つの立場からの説明

これだけデメリットが多いのに、なぜ人はキレてしまうのか。
キレる原因について、ネットでも、いろいろな立場からの説明がなされています。代表的なものをいくつか挙げてみましょう。

1.脳科学からの説明

・育った環境によって、感情の抑制を司る脳の最前部が未発達だとキレやすくなる
・疲労やストレス、運動不足などで神経伝達物質のセロトニンが欠乏するとキレやすくなる
・食習慣などの影響で、血糖値が乱高下しやすい人はキレやすくなる
(参照 キレる人は、なぜキレるのか?

2.病気からの説明

・心の病気に起因する怒りの発作が起きてキレる

3.性格からの説明

・プライドが高い人はキレやすい
・視野が狭く自分が正しいという思いが強い人はキレやすい
・完ぺき主義でささいなことが気になる人はキレやすい
 ……etc

それぞれに一理あると思わせるものばかりですが、別の角度=心の仕組みからみてみると、キレるということは、「欲が妨げられたとき」に起きます。

4.心の仕組みからの説明

仏教では、人間は「108の煩悩(ぼんのう)の塊」と教えられます。
煩悩とは私たちを煩わせ、悩ませるもの。108の煩悩の中でも、特に私たちを煩わせ、悩ませるのが「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚痴(ぐち)」の3つです。

分かりやすくいえば、「貪欲」とは欲の心。「瞋恚」は怒りの心。「愚痴」とは、うらみ、ねたみ、そねみの心です。

欲のない人はありません。しかし、つねに欲が満たせるとは限りません。

その「欲」が妨げられたときに出るのが「怒り」です。
怒ることのできない相手には「うらみ、ねたみ、そねみ」の愚痴となります。

すべての人は「欲の塊」ですから、それが妨げられれば、いつ「キレる」(怒る)ことがあっても、おかしくありません。

つまり、一部の特別な人がキレるのではなく、全世代、私もあなたも例外なく、きっかけさえあれば、人は「キレる」存在です。

そう自覚したうえで、キレて得することはありませんから、できるだけキレる回数を減らし、キレにくい人になりたいものです。

それには、どうすればいいでしょうか。

どうすればキレやすい人からキレにくい人になれる? おすすめの方法はこれ

もちろん体の疲れをとったり、健康面での改善も軽視できませんが、「心の持ち方」を変えるだけでも、不満を感謝に転じ、キレやすい人からキレにくい人になることができます。

そこで私がお勧めしたいのは、「自分自身に対して質問すること」です。

私たちは誰かに質問することがありますよね。
例えば、あなたに「去年の夏、いちばん楽しかったことは何ですか?」と質問すると、あなたの心は何を考えますか。

「去年の夏に楽しかったこと?何かな?」と考えるようになります。

「質問」というのは、相手の心の方向性を変える力があるのです。

今まで別のことを考えていたのに、「去年の夏、楽しかったことは何か」と質問するだけで、「去年の夏、楽しかったことは何かな~、去年の夏楽しかったことは何かな~」と心が考え始める。

今度は、その質問を自分自身に向けてみましょう。
つまり、自分に質問するのです。

どんな質問をするかといえば、「自分が今、感謝できることは何だろう?」と質問してみてください。すると、あなたの心は何を考え始めるでしょうか。

「自分が今、感謝できることは何かな?自分が今、感謝できることは何かな?」
と心が動き始めるはずです。

そして自分が「感謝できること」に心が向かうことによって、心の中に「感謝の気持ち」が増えるのです。

あなたの状況(立場であるとか、経済的なこととか)が全く変わらなくても、自分に「今、感謝できることは何か?」と質問するだけで、自分が感謝できることを考えるようになり、感謝できることが増えて喜びが大きくなる。

これが「自分への質問」の力です。

逆に、あなたが自分の心に、「あの人の悪いところはどこか?悪いところはどこか?」と質問していると、あなたの心は、嫌いな人や苦手な人の悪いところばかりを考えるようになるでしょう。

すると、どんどん心に喜びが減っていきます。

ですから自分に「どんな問いかけをするか」が、非常に大事です。

自分に、「今、感謝できることは何か?」と問いかける。
また、だれかにお世話になったら、お礼を言う習慣をつける。
だれかにお世話になったら、お礼のメールをする習慣をつける。
だれかにお世話になったら、お礼状を書く習慣をつける。

これらの心がけによって、心が感謝に向かい、感謝の気持ちが増え、喜びが増えるのです。

キレないテクニックとしてではなく、恩を感じられるのはとても幸せなことです

しかし、ただ単に、キレないテクニックとして感謝しましょう、というのではありません。

私が伝えたいのは、事実として、私たちは、いろいろな人や物のおかげによって生かされているということです。

それを見失うと、悲しい、苦しい、つらい思いだけに心が占領され、イライラ、カリカリして、キレやすくなってしまうでしょう。

正直にいえば、このように話している私自身、仏教を聞くまで、恩に感謝するということが、よく分かりませんでした。

仏教を学んで特に知らされたのが、「恩」ということです。そして、自分のために苦労してくれた方のご恩を感じられるのは、すごく幸せなことだと知りました。

その幸せは、何かおいしいものを食べて「ああ、おいしかった」とか、ふかふかのベットにごろんとなって「ああ、気持ちよかった」という喜びとは全く異質の、質が違う、深く長く続く幸せです。

今お世話になっている方への感謝はもちろん、過去お世話になった方に思いをはせることも、そうです。

私にも、こんなことがありました。

子どものころ祖父の家に遊びにいくと、祖父はよくおならをするので、私は子供心に変だなあ、と思っていました。祖父が亡くなったあと、ふと、そのことを母親に尋ねたことがあります。

「なんでおじいちゃんは、よくおならしていたの?」

すると、母が子供のころ、祖父がまだ現役で働いていたときに盲腸になったそうです。
ところが戦争が終わって間もないころ、一家の主人が入院していたら生活していけないということで、祖父は本当は安静にしていないといけないのに起き上がって仕事に出かけた。そのために腸閉塞という非常に重い病気にかかり、腸を切ってパイプをおなかにいれる、生きるか死ぬかの大手術をすることになった。その結果、歩くたびにおならが出る体なってしまったのだと、母は教えてくれました。

まだ何もわからない子供のころは「おじいちゃん、おかしいなあ」と言っていましたが、それを聞いたとき、家族を支える必死な祖父の気持ちがあって、母があり、私も生まれて育つことができたことを知らされ、申し訳なさと感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

あなたも、誰かの幸せのために苦労することがあるかと思います。
苦労するのは嫌ですが、誰かの幸せのために自分が苦労するとき、自分のために苦労してくださった方のことを思い出すと、なんともいえない喜びと感謝の気持ちになることがあるでしょう。

キレやすい人も、キレにくい人も、今日から朝、鏡に向かうとき、あるいは夜、眠りにつくとき、「自分が今、感謝できることは何だろう?」と自分自身に質問してみるのはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

仏教講師:大見 滋紀



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